第22話
<虹の背中22>
「綺麗や・・・」
鳴海は思わずつぶやいていた。
美奈子はその言葉を聞いて、何かを吹っ切ったように鳴海の胸の中に飛び込んできた。
鳴海は、躊躇しながらも美奈子の背中に手を回した。
美奈子の暖かな体温と高鳴った鼓動が、鳴海に伝わってくる。
「俺なんかでええんか?」
そう言いかけた鳴海の唇は、美奈子の唇で塞がれた。
二人はもつれ合ってベッドに倒れ込んでいった。
淋しい魂と淋しい魂は、慰め合うようにいつくしみ合うように交差していく・・・。
第4章
昨夜の激しかった嵐はおさまり、西の空には青空が顔を出し始めている。
今日が日曜日でしかもクリスマスイブという事もあって、もう午前10時になるというのに人通りは少なく、静かな朝を迎えていた。
ここは梅田にほど近い一ノ瀬町のホテル街、けばけばしい建物から若いカップルが出てきて、顔を隠しながら大通りの方へ歩いていくのが見受けられる。
そのいつもの静かな町の光景を、パトカーのサイレンの音が切り裂いた。
何台ものパトカーが『ホテル・サンタフェ』の玄関前に停車し、制服警官が立ち入り禁止のテープを張り巡らせた。
このホテルは8階建ての比較的新しいもので、駐車場が大きい事や多種多様の部屋がある事で人気が高いラブホテルである。
少し遅れて到着した覆面パトカーの中からは、二人の刑事が降り立つ。
小太りの中年刑事とスリムな若い刑事の二人組は、ホテルのエレベータに乗り込み305号室に入っていった。
305号室は、一種独特の部屋だった。
真っ赤の壁と絨毯、壁には派手な色の縄やろうそくが吊してあり、妙な形をした拘束椅子や檻まで備え付けられている。
一目で、そういう趣味の人が愛用する部屋だと解った。
部屋の中では、何人もの警察関係者が作業を行っていた。
「塚さん、ご苦労様です」
そう言われたのは、中年刑事の方だった。
彼の名前は、塚口和雄。
昇進試験を全く受けようとせず、逮捕実績だけで警部補になった梅田北署の名物刑事だ。
「代理、ちゃんとやれよ」
若い刑事は『代理』と呼ばれていた。
「代理て言わんとってください。僕の名前は小川です」
本名は小川和宏だが、塚口の相棒の女性刑事が産休をとったために交通課から応援に来ている関係で、周りの先輩刑事からは『産休代理刑事』と呼ばれている。
「ガイシャの身元は?」
「免許証から木下健司・32歳です。ただ財布には手を付けてないようですんで、物取りの犯行ではないようですわ」
塚口の質問に別の刑事が答えた。
「太股を刺されてるんか・・・。死因は?」
「検死官の話やと失血死のようです。死後12時間ぐらい経ってるそうですが、解剖の結果待ちですねぇ」
塚口は被害者の傷口を興味深そうに見ていた。
「塚さん、殺すのに太股刺すて珍しいんちゃいますか?」
塚口に訊いたのは小川だった。
「まぁそうやな。SM愛好者のプレイということもあるかもしれんなぁ」
塚口は、被害者の手首の縛られたような赤い傷ときちんとした服装に、アンバランスな印象を持っていた。
「塚さんこれ見て下さい。ガイシャの携帯のようなんですけど、119番に3回も電話してるんですわ。そんでも、救急車はここに来てへんそうです」
「ほぉ、どういうことやろな。後で通信記録調べてみてくれや」
その日の午後、梅田北署に『一ノ瀬町ホテル殺人事件捜査本部』が設置された。
捜査の指揮は山倉甚一署長自らが取り、捜査員30人体勢が組まれている。
大阪府警からは、清水政孝管理官がアドバイザーとして参加していた。
山倉署長が捜査状況の報告を要請する。
「現在の捜査状況を報告してくれ」
「被害者は木下健司、32歳。東亜電機勤務です。現住所は大阪市中央区。本町ガーデンシティという高級マンションに一人暮らしです。実家はかなりの資産家で、マンションは父親名義ですね。父親は西多摩市の市会議員で、地元ではかなりの名士のようです。最近、小田切妙という女性と婚約してます」




