第18話
<虹の背中18>
「私は、山陰の浜中市という漁業の街に生まれました。父は小さな船で漁業を営み、母は水産加工の工場に勤めていて、裕福ではなかったけど親子3人幸せに育ちました」
美奈子の素直な性格そのままの生い立ちに、ほほえましさを感じる。
「ところが、私が12歳の時に突然父が蒸発したんです・・・。それからは、母が父の分まで働いて私を育ててくれました。高校を卒業したら働くつもりでいた私に、母は『大学だけはどうしても行きなさい』と言って、夜居酒屋のパートまでして、私を大学に通わせてくれたんです」
(彼女のどこか悲しげな表情の理由は、こういうことなのか・・・)
鳴海は、苦労して生きてきただろう美奈子親子の生き様を思っていた。
「大学卒業の少し前『父を大阪で見た』と言う人がいて、今の銀行に就職を決めていた私は、大阪で働く事を希望しました。運良く大阪で働けるようになったので、今更ですが父を捜す事もあるんですよ」
美奈子は視線をテーブルに落としながら話した。
「美奈子さんこそ、苦労したんやぁ」
そう言った鳴海の言葉を美奈子は否定する。
「いえ~、苦労したのは母ですよ。私は何も・・・。でも、最近その母の体調がすぐれないらしくて心配しています」
「それは心配やねぇ。たった一人のお母さんやから大事にせんとなぁ」
両親のいない鳴海には、親の大切さが身にしみる程解っている。
「何か心配事があったら、オレに電話して」
鳴海は名刺の裏に携帯番号とラインIDを書いて、美奈子に手渡した。
酔いが手伝ってか、余り躊躇せずに自然な感じで手渡せて安堵の胸をなで下ろす。
「私のはこれです」
美奈子も同じように携帯番号とラインIDを名刺に書いて渡してくれた。
「あ、そうそう。前にお渡ししたのは偽物ですから、もし持ってはったらほかしといてくださいね」
そう言えば、最初に美奈子と会った時に貰った名刺は、鳴海の名刺入れの一番下に入れてある。
「あれは、もうほかしたよ」
それでも、鳴海はそう返事した。
「ほな、家まで送るわ」
二人はタクシーに乗って、南へ向かっていく。
五味銀行・水島支店というのは、大阪市の南端の住宅地にあり、地下鉄御堂筋線・我孫子駅近くである。
美奈子は、その支店の近くのマンションに住んでいるらしい。
タクシーが我孫子駅前を過ぎた所で、美奈子はタクシーを停車させた。
「ここでいいです。ここから近いですから」
と言う美奈子に、
「家の前まで送らせてよ。心配やわ」
鳴海は彼女の一人歩きを心配していた。
「あのクリーム色の建物が、私の家です。女性専用マンションなんですよ」
美奈子は、50mばかり先にある3階建てのビルを指さした。
「それなら大丈夫か。今日はありがとうね」
鳴海は握手の手を差し出した。
「こちらこそ、ご馳走様でした」
美奈子は快く握手に応じてくれる。
初めて触れた美奈子の手は、小さくて柔らかで温かい。
鳴海は、どうしても次の約束を取り付けないといけないという、焦りに駆り立てられていた。
「また会えるかなぁ?クリスマスイブにでもどやろ?」
「そうですねぇ・・・。来週は忙しくなりそうなんで、2~3日前に電話くれはります?」
正直な返事なのか、美奈子はそう答えた。
「解った。ほな、電話するわ。おやすみ~」
「おやすみなさい」
手を振って見送った鳴海は、美奈子の笑顔と手の感触を思い出しながら、駅の方向にゆっくり歩き始めていた。




