第17話
<虹の背中17>
梅田新名画座は最近オープンした映画館で、名画座と言えばカビくさい映画館というイメージを持っていた鳴海は、その近代的な建物の雰囲気や清潔で充実した設備に目を見張りながらチケットを買った。
上映作品は『新・個人教授』。
入場の時に手渡された資料では、1973年の作品らしい。
鳴海と美奈子は、中央少し前寄りの特等席に並んで座る事が出来た。
既に予告編が始まっている。
椅子のフカフカ感、重低音の音響システム、封切館に何の遜色もないようだ。
上映が始まり、美奈子は食い入るようにスクリーンに見入っていた。
鳴海はというと、隣の美奈子を意識する余り映画に集中出来ずにいた。
若い時なら暗がりに紛れて女の子の手を握っただろうが、中年になった今、年齢が一回り以上も離れた美奈子の手に自分の手を伸ばす勇気が残っていなかった。
(嫌がりもせずに一緒に映画を見るんやから、少なくとも嫌われてないやろ?)
と思いながら、
(何とも思ってないのかもしれん。もし変な事をしたら嫌われるに違いない)
というマイナス思考のほうが大きかった。
そんな鳴海を椅子の下から暖房の心地よい風が包んでいく。
残業の疲れと隣に美奈子がいる安心感もあったのだろう、鳴海は睡魔に襲われた。
目を瞑ると、フランス語の台詞がまるで子守歌のように優しく囁きかける。
「鳴海さん、鳴海さん」
肩を叩かれて目を覚ました鳴海に、美奈子の顔が微笑んでいた。
「疲れてはるんですねぇ。映画、終わりましたよ」
思いがけない程、美奈子の顔は鳴海の顔の近くにあった。
「え?終わった?オレ寝てしもたんやねぇ」
「ええ、始まって直ぐから寝てはりました」
鳴海は自分の犯した失態で、美奈子が気分を害してないかを気にした。
「ごめん、ほんまごめんね。最低の事してしもたねぇ」
慌てて手を合わせて謝ってみたが、後の祭り、取り返しがつかないのは明らかだった。
だが、
「気にせんとってください。小田切さんから聞いたんですよ。遅くまで仕事してはったんでしょう」
美奈子は一応言葉の上では許してくれた。
それでも自分が許せない鳴海は、
「お詫びに、一緒に来てくれるかな?食事ご馳走するわ」
笑顔で遠慮する美奈子をタクシーに乗せ、ミナミへ向かわせた。
二人で最初のデートらしいデート・・・。
お詫びにご馳走するなら、フレンチやイタリアンが妥当かも知れないが、鳴海はそういうのが得意ではない。
それに自分らしくないと思っている。
それで、自分らしい店へ行こうと思っていた。
美奈子を案内したのは、ミナミのど真ん中にある『串カツ 宮路亭』という店だった。
二人用の席に座るなり、鳴海は注文をする。
「ビール3本と、おまかせコース2人前」
美奈子は、店の中を興味深そうに眺めていた。
「こういう店、初めて?」
鳴海が訊くと、
「初めてですよ。女の子はなかなか入りづらいですからね。そやけど、1度来てみたかったんです」
と嬉しい返事をしてくれた。
この店の『おまかせコース』は、エリンギ・海老の大葉巻き・ホタテのアボガドソース乗せ・牛筋など18種類が順番に出てくるシステムで、1周終わるとまた初めからと、「ストップ」をかけるまで延々と出てくる。
それに、最後にはデザートがあるのが店の売りでもある。
二人はビールを飲みながら、美味い串カツを心ゆくまで堪能した。
酔いを冷ますために、二人は喫茶店にいた。
赤い顔が向かい合っている。
両手で火照った顔を扇ぎながら、美奈子が言った。
「串カツて、美味しいですねぇ。びっくりしました」
「気に入って貰えて良かったわ」
鳴海は美奈子の様子で、映画館での失態を取り戻せた実感を持った。
そこで、
「前にオレの話したから、今日は美奈子さんの事話してくれる?」
鳴海の言葉に、美奈子の顔は一瞬曇ったように見えた。
「あんまり楽しい話じゃないけど、いいですか?」
美奈子はそう前置きして、話し始める。




