第16話
<虹の背中16>
ロビーに入った二人を、巨大なクリスマスツリーが出迎えた。
高さ15mくらいあるだろうか、本物のモミの木全体に赤・青・オレンジなどのイルミネーションで飾り付けられたツリーが、吹き抜けのロビー正面に置かれており、その前にはサンタクロースとトナカイの像が並べられてある。
奥のショップからは『ジングルベル』の音楽が漏れ聞こえて来る。
クリスマス・ムードで溢れかえるロビーを、二人は奥に進んだ。
すると、ロビー中央の椅子に腰掛けていた髪の長い女性が、突然立ち上がり二人の方へ手を上げた。
それは、鳴海が一度写真で見た事のある小田切妙だった。
「初めまして、小田切妙です。宜しくお願い致します。いつも健司さんがお世話になっています」
妙は鳴海に会釈しながら、はっきりした口調で挨拶した。
写真では『清楚なお嬢さま』としか思わなかったが、妙はしっかりした現代っ子という感じで、快活な笑顔に好感が持てる。
「初めまして、鳴海です。この度はおめでとうございます。木下君にはいつも助けられてますよ」
鳴海は笑顔で妙に挨拶し、婚約を祝った。
挨拶を終えた鳴海は、木下がこれからどうしようと考えているのかが気になっていた。
木下のほうを向いた時だった。
妙のテーブルを挟んで向いに座っていた女性がこちらに近づいて来ると、妙が鳴海と木下に向かってその女性を紹介した。
「こちら、私の友人で都築美奈子さんです。五味銀行の水島支店で融資の仕事をなさっています。鳴海さんはもうご存じですよね」
鳴海は驚いて「ええ・・・、まぁ・・・」と間を置いて答えた。
そんな鳴海の気持ちを知ってか知らずか、木下は
「僕たちは買い物がありますので、行ってきます」
と言うなり、妙と二人で腕を組んで出口へ向かおうとした。
2~3歩歩いた所で、振り向いた妙が鳴海に声をかけた。
「美奈子さんは見たい映画があるらしいので、鳴海さん、連れ行ってあげてくださいね」
木下と妙は、あっという間にロビーの外へ出て行ってしまった。
(あいつめ!)
鳴海は木下に騙された一種の悔しさと、美奈子に会わせて貰った嬉しさの真ん中にいた。
美奈子は、鳴海と同じくあっけにとられたようにたたずんでいる。
どうやら美奈子も、本当の事を知らされずに連れてこられたようだ。
「美奈子さんは、何て言われて来たん?」
鳴海は妙につられるように、初めて彼女を『美奈子さん』と呼んでしまっていた。
「え?ああ、小田切さんに映画に誘われたんですよ」
美奈子はそう言うと、クスッと笑う。
前会った時とは違って、悲しそうな笑顔ではなく心からの笑顔に見えた。
「何がおかしい?」
「私達、何でロビーの真ん中に立ってるんでしょうね?」
美奈子は、またクスッと笑った。
「ああ、そうやね。兎に角座ろか」
鳴海が美奈子を促し、二人はロビーの長椅子に腰をかけた。
「さっき妙さんが言うてたけど、ホンマに映画行きたいの?」
「ええ。古いフランス映画を名画座でやってるんです。どうしても見たくて・・・」
鳴海は、
(オレと一緒でええの?)
と訊こうとして、その言葉を飲み込んだ。
梅田名画座は駅から5分の場所にあり、ここからは歩いて直ぐの距離である。
「そんなら、直ぐ行こか」
鳴海と美奈子は、二人並んで梅田の街に歩を進めて行く。




