第15話
<虹の背中15>
「えっ?・・・ 都築美奈子さんという人ですか?解りました、妙さんに聞いておきますよ」
木下は、視線を合わせそうとしない鳴海が照れている事を察知して、それだけ返事した。
「悪いけど、よろしくな」
鳴海はそう言いながら、顔は窓の方を向いており肘を抱えるように煙草を吸っている。
「実は妙さんは先月で銀行を辞めて、花嫁修業を始めたんです。料理・花・お茶・洋裁・和裁と毎日忙しく通っています。今日は料理の日かな?だから鳴海さんへの返事は明日以降になると思いますが、いいですか?」
「それでええわ」
鳴海は相変わらず素っ気なかった。
しかし、鳴海が木下に頼み事をするのは殆どなく、木下はその女性が鳴海にとってどんなにか大切な女性なんだろうと思っていた。
昼休みが終わると直ぐ、営業の岩田が図面を抱えて鳴海のデスクへやって来た。
「鳴海君、お疲れさん。ついに例のプロジェクトの図面を貰ってきたよ」
岩田は満面の笑顔で鳴海に図面を手渡す。
「それもこれも木下君と彼のお父さんのお陰だよ。えっと、来週の月曜日迄に見積をしてくれないかな?大丈夫だよな?」
プロジェクトも入札の時が来たようだ。
図面の表紙には『西多摩中央下水処理場 新設電気工事』とあった。
「はい、やりますよ。事業部長に恥をかかせる訳にいきませんからねぇ」
鳴海は午前中のいらつきが嘘のように、岩田に笑顔で返事した。
岩田が鳴海の所へやって来たのを見つけた木下は飛んできた。
「ついに来ましたか」
木下は嬉しそうに図面を撫でた。
「木下君、営業の手伝いまでさせて申し訳なかったけど、これからが君の本当の仕事だ。いつものようにきっちりやってくれよ。3番手でいいだからな」
岩田は木下の見積スキルを高く評価している。
「はい、頑張ります。北島さんや岩田さんに恥をかかせる訳にいきませんから。ねぇ、鳴海さん」
木下は言った。
「君達、同じような事をいうなぁ。何か似てきたんじゃないか?あははは」
岩田は既に会議室を予約しており、その会議室で見積に専念するように伝えて営業へ戻って行った。
夕方までに手持ちの仕事を片づけ、鳴海と木下は会議室で見積作業に没頭していく。
その週の土曜日は、冬の割には暖かい陽光に包まれた爽やかな日だった。
見積に没頭する余り帰宅時刻が夜中の12時を過ぎる日を送っていた鳴海だが、まだ木下から美奈子の情報を返事して貰っていないので内心苛立っていた。
しかし、木下に返事を催促する事も出来ないでいた。
見積は最後のまとめの段階に入っていた。
「鳴海さん、今日は早めに終わりそうですね。終わったらちょっと付き合って貰えますか?」
そう言う木下に、
「そやな、行ってもええで」
鳴海は無造作に答えた。
「できましたね。これならきっと大丈夫ですよ」
ハードウェア・ソフトウェアを含めて電気関係トータルで1億円に届く様な金額が出ている。
「ご苦労さん、あとは北島さんに任すとするか」
鳴海は一仕事終えた充実感に包まれていたにもかかわらず、胸に支えた物をいつ木下にぶつけようか悩んでいた。
そんな鳴海の気持ちを解っていないのか、木下は鳴海をこう誘った。
「あの~、今日は妙さんが大阪に来てるんですよ。是非、鳴海さんにお目にかかりたいと言っていますので一緒に来て貰えませんか?」
鳴海は気が進まなかった。
二人が仲良くしているのを見ても、自分が楽しくなる事はない。
ただ、部下の奥さんになる人がそう言うのなら、上司として断るのは失礼になる。
まだ午後3時過ぎで時間も有る事だし、鳴海は内心渋々了解した。
妙と待ち合わせをしているという、梅田の『プラザホテル大阪』へ二人で歩いて向かった。




