第14話
<虹の背中14>
「婚約してから、木下さん変わりはったような気がしますわ」
多美子の言葉に、鳴海も同感だと感じていた。
焼鳥屋で婚約者・小田切妙の事を饒舌に語った事、会議室で「親父が干渉しすぎる」と一気に鬱憤を噴出させた事、新しいプロジェクトに向けて「親父だって利用してやる」と言った事、そして今回臨時組合委員会で会議の流れを変えるような発言をした事・・・。
どれもが、イケメンで金持ちの息子でありながら目立つ事が好きではなく、普段は黙ってコツコツ仕事をするタイプの木下にしてはらしくない発言だった。
確かに良い仕事をする木下だが、今までは消極的な姿勢だけがが欠点だったのである。
その木下が積極的になりつつあるのは間違いない。
(結婚というものは人の性格をも変える、それほどの大きな転機になるものなのか?)
鳴海は驚きと一種の嫉妬を感じながら、
(結婚を機に、木下は一気に伸びるかもしれん)
という期待を感じずにはいられなかった。
今年度で退職して起業しようとしている鳴海は、後任に木下の推薦を考え始めていた。
第3章
地球温暖化の影響なのだろうか、暖冬でコートの必要がない日が続いた。
12月になってやっと、本格的な冬の到来を感じる気候になって来ていた。
師走ももう半ば、ついに冬将軍が到来し西高東低の気圧配置、朝から北西の風が強くサラリーマンがコートのポケットに手を突っ込み、肩をすぼめて出勤する姿が目に付いた。
会社に出勤した鳴海は、席に着くなり部下の若い社員を呼んで出図が遅れている事を叱責した。
叱責された若い社員は、困惑した表情で席に戻って行く。
そんな事で叱責されたのは初めてだったからだ。
鳴海はいらついていたのである。
例のプロジェクトは順調だった。
木下の父親のお陰で西多摩市長を接待する事も出来、入札で3番手以内なら受注出来るという密約を取り付けていた。
鳴海がいらついているのは、美奈子に会えていないからだった。
結婚式場の前で偶然会ってから、もう1ヶ月以上も会っていないのだ。
いつも淋しさを普通の事だと耐えてきた鳴海が、偶然とはいえ美奈子との楽しい時間を過ごした事で、淋しさを受け入れられなくなっていた。
(もう偶然会えることはないだろう・・・)
そう思うと、その気持ちを何処へぶつけたらよいのか解らず、若い社員への叱責になってしまっていた。
昼休み、たまたま一人で喫煙室にいた鳴海に、木下が声をかけた。
「鳴海さん、どうかしました?何かいらいらしてて、鳴海さんらしくないですよ」
鳴海は迷っていた。
美奈子の連絡先を知ろうとすれば、木下の婚約者・妙に聞くのが一番早い。
しかし、鳴海は部下である木下にそれを頼むのが照れくさかった。
自分で探そうかと考えた事もあるが、五味銀行の各支店に片っ端から電話するしかない。
個人情報保護に厳しくなったご時世であるため、各支店に電話する男を警戒して教えてくれない可能性もある。
ほんの一瞬で色々な場合を想定し考えを巡らせてた結果、鳴海は木下に頼んでみようと決めた。
「えっとな木下、すまんけど五味銀行の都築美奈子さんという女性がどこの支店に勤めているか、フィアンセの妙さんに聞いてもらえんやろか?」
言い終わると、鳴海はゆっくり煙草を吸い込んだ。