回想2 その光景を見る三人
昼食時間も近づき、兄さん達と合流した。
兄さんと柳君がさっきから色々と声高に、言い争っている。
どちらが山菜を多く? 採ったのか、採るのかのポイントを付けあっているらしいのだけど、山菜採りをやりながらルールを決めていたので、摺り合わせがうまくいかず、両者とも自分が多く採った種類のポイントを高く設定したいようだ。
だけれど、兄さん達は知らなかった。
その様子を香がチラチラと様子を窺っている。
お手伝いをする集中力が切れかかっている。
五分前に、香は、遊んでおいでと伝えたが、柳君という、香には知らない人がいるので背伸びをして、私とリズ様、トキさん同様に、昼食の手伝いを申し出たのだろう。
大家さんは家ではあまり手伝いをしないと嘆いているし、貫一家に来た時もお手伝いは五分として続かない。
いてもたってもいられず、香は楽しげに議論する二人の元へと駆けだした。
二人はこちらに背を向けながら山菜を分ける作業をしながら言い合いを続けているので、香に気付いていない。
香も二人の話の終わるタイミングを見計らっているのか、背後をウロウロとしているだけだ。
平和な光景だっと杏子は思った。
香がマスターにタックルするようにして自分への注目を集めた。
杏子や時ちゃんも私と同じようにその様子を笑いながら見ている。
マスターは白熱していた議論から我に返って、香の相手をしだした。
柳クンも同様のようだ。香はもう柳クンに対しても壁を作らないようだ。
違った。柳クンが会話に加わると、少し香が怯んだようだ。乱入者の香が再びちょっと離れた。
そしてまたマスターと柳クンが議論に戻る。
なんにせよ、マスターが楽しそうなのはいい事だ。
ついには仕分け作業の手を止め、二人は相対して熱く議論しだした……
あぁ、きっと………やっぱり。
ほらっ香が、アタシも混ぜろ~~!と言いながら、マスターに体をぶつけながら割り込んだ。
勢い余った香をマスターと柳クンが慌てて支える。
照れた香は、ちょっと赤くなりながらマスターの方へと身を寄せた。
マスターと柳クンの敗北が決定した瞬間だった。
これからはどうがんばっても二位。優しい二位と三位。
フフフッ。
私は楽しくなった。
香はやっぱりいい子だ。
喧嘩じゃないのに喧嘩になるかもって思って動いたのだろう。
貫一様が困っている。ご学友の柳さんも困っていた。
私達、貫一様の下僕達が昼食の準備をする間に、貫一様達が議論し、停滞していたルール設定が、ゆっちゃんの手によって、次々と決まっていく。
ポイント最上位は、私達が多く採った物になり、最下位のポイントは貫一様と柳さんがいた所に群生する品のようだ。
二位以下のポイントは、ゆっちゃんの思うままに決められていった。
柳さんが弱々しい抵抗を試みているようだが、すでに貫一様の目には達観しているように見える。
優しく微笑みながら香の言うことにいちいちウン、ウンと相づちをうっている。
その優しい横顔がまた愛おしく、貫一様から目が離せなくなる。
杏子さんが、トキさん、手が止まってますよ!っとポーッとなって貫一様に見惚れている私をその都度、再起動させてくれる。
貫一様は柳さんへ味方する事もなく、時々ゆっちゃんの方へと、味方している。
今度は小学生だし、女だから四人で一人分とか、香が言いだした。
これで兄さん達には、質でも量でも勝ち目は無くなった。
あ、折れた。柳君は心も折れたのが、私には見えるようだ。
柳君がムリゲーだ! と、意味のわからない事を兄さんに言い出し、兄さんはその柳君が試合の終わった相手を称えるように肩を叩いた。
ムリゲー? 英単語だろうか?
「用意できました。香、柳君、兄さん、手を拭いてください。リズ、お茶持ってきて」
我が家からは、おかかと梅と中身なしのおにぎり三種と、だし巻き玉子にカツカレーと我が家で呼んでいるカレーの入ったミルフィーユ状のカツ。
香ちゃんの持ってきた、牛肉の時雨煮、夕食だったというチンジャオロース、カボチャの煮付け。とプリン人数分。
トキさんの持ってきた、洒落た籐製の大きなバスケットには色とりどりの人数分以上のサンドウィッチ各種と唐揚げと小さなミートボールが沢山。そして人数分の食器類、ナプキン、盛りつけ用の美しい木目のボールと、大きな木製のスプーンとフォーク。お洒落なピクニックバスケットだ。
そして柳君が魔法瓶に入ったコーンスープ、スープ皿として使う紙コップ。それに色々な野菜サラダ。
サラダはトキさんの木製ボールに入れ、ドレッシングをかけてある。
「はい、姉さん。もう、コップに注いでおこうかな」
「そうして。………ん? どうしたの」
「フフフッ、ちょっと………ね」
リズ様はそう言って、湯気立つ魔法瓶からボコボコのブリキのカップに麦茶を注いでいく。
香が駆けてきて、私の手を引いて隣に座らせる。
私の横に兄さんが豪華な昼食に目を輝かせながら座ろうとした所で、柳君が先に座った。
兄さんは頭をフリフリ、香の横に座った。その横にトキさんが勢い込んで座った。最後に柳君とトキさんの間にリズ様が座って輪ができた。
皆が料理を囲んでいる。
「貫一くん!! 早く!!」香が急かす。
柳君も急がすように、兄さんにあごで合図する。
こういう場では、我が家では兄さんが口火を切る事を付き合いの深い二人は知っている。
「いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」兄さんに続いて皆が唱和する。
「じゃ、柳は時子ちゃんの事、あんまり知らないんだ? もうずっとピソ・アヒルに泊まりに来てるんだよ」
香ちゃんが、ようやく柳に馴染んだのか、優越感を滲ませるようにして、柳に時子の近況の説明をしだした。
……まずい!!!!!!
へぇ~~~とかほぉ~~~とか柳はうなずいている。
それに気を良くしたのか、香ちゃんはペラペラと喋り続けた。
「………設楽? ここしばらく、俺らの間でお前の従姉妹のこの『時子さん』。もう一ヶ月位からピソ・アヒルに出入りしてるんだ? お前、学校でそんな話した事ないよな? そう言う事無しにしようって、去年の暮れ辺りに、話合ったよな? だから俺も、毎週海岸で会う秋田犬を連れた美人三姉妹の情報をお前に話したんだけどな!?」
「メッチャ上手いな。この昼飯!」
無視をする事に決めた。
だけど香ちゃんが時子の話をし始めた瞬間に止めるべきだった!!
「柳君も感じてると思うけど、時子ちゃんもめっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ美人だよね!!!!!!」
「まぁ! ゆっちゃんったら、嬉しい事言ってくれちゃって」
と、タコさんウインナーの爪楊枝を手にとっておれのふとももに手を置いて香ちゃんの方へと差し出した。それを香ちゃんはパクリと食べた。
「………」
問いかけられた柳は時子を目の前にモゴモゴしていた。美人だと、素直に言えばいいのに。
「それに、めっっっっっっっっっっっっっちゃ大人っぽい!!!!!!!」
サンドウィッチを頬張りながら、香ちゃんは時子を褒め称える。
「………」
「それからなーー」
「お!!! 香ちゃん、チンジャオロースって冷えてても、うまいな」
柳のシャイな無返答に対して、微妙な空気になっていたので、助け船を出した。
「だろ!? お母さんの自信作なんだよこのおかず!!」
「本当だ、おいしいね、時子さんは中華料理作ったり、てか、料理するの?」
話題が変わったためか、柳が結城をだして、時子に直接話しかけた。
まぁいいか。
杏子やカイ子の時と同じだしっと思った。
いずれは仲良くなってしまうのなら、別に無理矢理止めるつもりはない。
おれはたどたどしく会話をし始めた柳を尻目に、料理に舌鼓をうった。
さっきのマスターは、柳クンとトキちゃんが仲良くなるのを阻止しようとしているかのように見えた。
独占欲の強いマスターらしいなぁと、杏子と目配せを交わした。
マスターはいつも、柳クンが私たちに近づくのを阻止している感じだ。
別にそんな心配する事なんて、ないのにと思ってるけど、そんなマスターの態度が、杏子も私も毎度の事で嬉しくて、面と向かっては言ってはいない。
なんかマスターが一生懸命になって、私の事を考えてくれてるって感じが大好きだ。
だから柳クンが来ると、ちょっと嬉しい。
マスターがいつもよりも、もっともっと私や杏子、今はトキちゃんの事を考えてくれるからだ。
トキちゃんもきっと同じ結論に達するか、もしくはもう気づいているだろう。