柳という男
七号室へ戻ってきた。
おれ、カイリス、杏子、時子、香ちゃん、そしておまけの柳。
賭け事の勝者としての来宅を望んだとはいえ、『柳は、ゲームを置いて帰ってくれ』と言いたいのだが、ゲームっ子のカイリスはゲーム下手な四人よりも柳との対戦を楽しむフシがあるので、言い出せなかった。
今日、柳が持ってきたのはカーレースゲームだ。
……この野郎、学んでやがる。
カイリスは対戦型格闘ゲームとかアクションゲームを好むが、杏子や時子、香ちゃんは楽しめない。
負けず嫌いのカイリスは二人に接待プレイをすると言うことをしないし、杏子や時子も負けず嫌いの為手加減されるのを好まない。
柳は当初、杏子、時子、香ちゃんに対しては接待プレイを心がけていたが、おれから見ててさえ、杏子と時子が不快に思っているとは感じさせなかったが、イケメン男特有の嗅覚によってか、接待プレイは香ちゃん以外にはする事をやめた。
その、柳が抱えたジレンマを、今日はどうするものかと思っていたら、なるほど、カーゲームならワイワイとみんなで楽しめる。
ひとしきり小さなモニターを見つめながらみんなでゲームをした。
居間では狭すぎるので、大人であるおれと時子はおれの部屋から、遠くのモニターを見ながら遊び、ガチ勢であるカイリスは最前線。その隣に香ちゃん、その後ろに体を半分おれの部屋へ入れながら、杏子。柳は台所へとはみ出している。
画面の見やすさからすると、柳の場所を替えさせ、女部屋のフスマを開放すべきだが、あの部屋のカイリス、杏子、そして時子のいい香りが染みついた部屋の香りすらかがせたくないし、ましてや部屋に足を踏み入れさすなどあり得ない。
一時間ほど興じていた後、時子が菓子を買いに行くというので、それに杏子と香ちゃんがついていった。
おれから見てもゲーム下手の三人が抜け、残った三人はカイリスが望むままにゲームを続けた。
画面がほとんど見えなかったと言う柳が、本気の勝負を求めるカイリスに応じて、カイリスの隣に座り、おれはその後ろからプレイする。
柳など庭からででもプレイすればいいのにと思ったが、カイリスが楽しむことを第一に考えると、この配置がベストであった。
頭にくるほど、二人にはまったく歯が立たない。
「あ~~~~、カイリスさんは強いなぁ、俺結構やり込んでるんだけどなぁ。……まぁ、ラッカンは弱すぎるけど」
おれを振り返りながら、現在我が家の異物と化している柳が、そう挑発して賭け事をふっかけてきているのを無視した。
こんな条件の悪い勝負、誰が受けるか。
「カイ子、しばらく一人で遊んでてくれ。おれは柳とジュースでも買ってくる。何がいい?」
「ん~~~~~、いらない。柳クンと貫一の分だけ買ってきなよ」
「全部柳のおごりだから気にするな」
「アップルジュース」
モニターから目を離しもせずにカイリスが答えた。
「……、お前ら兄妹って、俺への遠慮なくなってきたよな」
柳が、そう嬉しそうに言ったのが腹立たしい。
坂のちょっと上にある自販機からリンゴジュースとコーヒーそしてコーラを買う。
「おい、柳。格ゲー持って来いよな。余計な学習なんてするな。これからはゲームを持ってくるときはおれが指定してやる」
「ギャルゲーとかしか持って来させない気だろ? アホか、くたばれ」
柳を土日や平日の午後に、アヒル荘へと近づかせないために口実としていた人見知りの激しすぎる香ちゃんと、仲良くならせてしまったのは失敗だったと、おれはコーラを開けながら思った。
その結果、柳は時子とも面識ができてしまった。
柳がその仲良くなる事態へと繋がった、おれの三つの失敗を思い出す。
最初の失敗はそもそもこいつに体育で百m走で負けたことにある。
完璧超人である柳は、足も速いだろうとは思っていたが、こっちは術の行使やヴィシャスボードの使い方を徐々に覚え始めていた事で、わずかながらの身体能力アップの術を使えるようになっていたので、その力を行使するつもりであったが、カイリスや杏子や時子があれ程簡単に行っている、体を動かしながらの行使があれ程難しいとは思わなかった。
まぁ、負けた。
体育の授業の後に、杏子が飛んできて、校舎裏へと連れ出され『兄さん、体育中に力を行使しようとしてましたよね!? 異常があればそちらに向かおうと、見ていましたが、何かあったのですか!!』と言われて、『百m走で柳に勝とうとして……』と杏子の顔色を窺いながら釈明すると、ホッとされた。
そして自分の思いこみかもしれなが、多分呆れられた。
百m走の勝者であった柳は、杏子との昼食を要求してきた。
敗者に権利はない。身の程を知らない要求なら、反故にして、今後は賭け事自体をやらない気で満々なのだが、完璧超人で小狡い柳は、その見極めが実に上手い。
おれと杏子、そして柳、そして柳がいるときに限り、遠巻きながら寒空だろうと校庭で昼飯を食べる杏子ファン達との昼食となった。
その時に、
「兄さん、今度の日曜日の事ですが―――」
「―――杏子、その話は後で二人の時にしよう。ほら、うどんはまずお前が食べていいよ」
そう言ってうどんを杏子に渡して、口を封じた。
柳の野郎に別段、変化は見られなかった
そして、ダラダラと世間話に華を咲かせつつ食べ終えた時、柳が自分のスマホを取りだし、ちょっといじくってから、弁当箱入れに戻し、その後『トイレ行ってくる』と席を立った。
その時何も考えずに、ああ、杏子。日曜日がなんだって?と切り出した自分が憎い。
これが二つ目の失敗。
スマホを持ち慣れていないおれは、まさか柳がスマホを録音状態にしていたなどと露も思わなかった。
そして日曜に予定していた。山菜採りの会話をし続けた。
柳の姿が遠くに見えたので、会話を切り上げ、その後三人でまた予鈴の鐘がなるまでダラダラ過ごした。
最後の失敗は、それから短いスパンで、妙に柳が賭け事を挑んできた事だ。
その時にやつの目論見に気づいていればと、今も歯がみしている。
奴からの賭け事は、贔屓目に見てもおれが得意とする勝負ごとの数々だ。それら全ての戦績は十七勝一敗。やつの小遣いや貯金をこれでもかというほど、我が家の家計の足しとなって消えていった…………のだが、その一敗が、柳の作戦であった。
人のいいおれは十七連勝していたこともあり、十八戦目の柳、超有利の賭け事を、憐憫から承諾し、予想通り負けた。
すると柳は
「今度の日曜日の山菜採り、それに俺も参加する」
っと言いやがったのだ!!!!!!
ニヤッと勝ち誇った笑みを浮かべながら、スマホから聞こえるおれと杏子のあの時の会話が聞こえた時、こいつには一瞬でも気を許してはいけなかった事を思い出し、後悔した。
柳は敵ながら、パーフェクトな男だ。
容姿がよく、おれと違い、女子人気が極めて高い。
会話もこいつとはまぁ楽しめる。勝負を選ぶ内容や、勝負心が疼くようなチョイスで、賭けの勝敗条件に対する好みも一致する。
奴がフェミニストなのもまぁ褒めよう。
おれと違って、真のフェミニストだ。そこは尊敬に値する。
勉強もでき、会話も楽しく、社交性もある。
そうすると人望もできる。そして何より柳の双子の美人の妹の存在も大きい。
彼女は他の女子とは違い、おれを毛嫌いしていないのも大きい。
でも柳には致命的な欠点があった。
それは男というただ一点だ。
それさえなければ、大嫌いじゃないのになっと、残念に思う自分を素直に認めよう。
かくして、その日曜日。
おれ、カイリス、杏子、香ちゃん、宿敵柳というメンバーが寿太郎さん所有の裏山の麓に集まった。