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◆ 4 ◆
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星降る夕闇に雷鳴がとどろくなか、万希は“空”を疾走していた。
遥か下方の、雪の降りたような花園に、巨大な影が走り抜ける。地に落とした黒い輪郭は、長大な両翼、分厚い三つの尾を持った鳥の姿だ。
白銀の衣をまとった万希は、鳥の背で叫び声をあげた。
「カルラ、私達追われているわ!」
「数は幾程か」
足元で荘厳な声が答えた。
「50・・・いえ、30騎に満たない」
「おそらく本軍ではない。だが、見つかるべきではなかった」
黄金の巨鳥は、身におびた目の眩むような光輝をいっそう激しく放出したと同時に、一気に加速した。
戦禍の咆哮はやがて遠のいていき、眼下の花園がついに切れると、荒涼とした岩肌の大地が現れた。生温い風が不気味にうなり、低くたなびいた雲から、煙雨が降りそそいでいる。
霞が視界をぼやかす先に、すらりと伸びた楼閣が出現した。その外観は五重の塔を想起させるが、あでやかさは皆無である。
万希を乗せた巨鳥は、目的の場所へ向けて緩やかに高度を落としていく。
楼閣の頂に降りたつと、目前には「世界の果て」とでも形容したくなる光景があった。そこで岩地は途切れており、見下ろすと、切り立った岩壁の遥か遥か下を、もやのかかった黒い波がうごめいている。
万希が慣れた動作で鳥の背から降り、哀惜の意をこめ、すがるように身体を寄せると、案内者はそっと翼を広げて、小さな少女をやわらかく抱き包んだ。
「お前をここへ連れて来たくなどなかった」
万希は温もりに心もうずめて、静かに首を振った。
「お兄様を宜しくね」
二人は最期の別れではないことを目語し、力をこめた眼差しを交わし合った。
「核宝珠は、必ず私が守ります」
ひらりと身を投げると、白銀の少女は流星のように降下していった。
待ち受ける海原を、まっすぐにとらえて。
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鼓動の緩やかなリズムにあやされている。
このまま永遠にこうしていたいとさえ思った。
天国がどういう場所かは知らないが、多分この温もりに勝る安堵など、世界中を探しても見つからないだろう――そう思った。
誰かの腕の中。
ここを――
永遠の宿り木にしても、いいですか――?
――そして、夢は途切れてしまう。