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二体の恒星は衝突をくり返していた。爆発的な衝撃波が四方へ不規則にはしりくだる。怨念と狂喜がたがいに交錯し、大気を満たすのは壮絶な殺気である。
ついに視界全体を染めあげた、両者をとりまく妖気の“美しさ”に白夜は思わず放心した。乱舞するのは命を食いちらす死の光彩であるのに、空恐ろしいほどの妖艶な色調で見る者を魅了する。自然界にはけっして存在しない、神秘と精神のスターダストである。
――このほの暗い光輝は三界に行きとどくだろうな
銀髪の長老は胸のうちで頭をかくと、頬がちりと“溶けた”のを合図に乗り物をはるか後方へ蹴りとばし――避難させ、単身、殺到する業火の花吹雪のなかへ身を投じた。
戦術の比率は両者、攻が200、防は無し、といったところだろう。だいたい戦術と呼ぶには頭が悪すぎる。銀髪の知将に言わせれば「エネルギーをただぶつけ合っているだけ」となる。しかし、両者のそれは量で圧倒的、質はまさに失神級といえる・・・
情動の温度が沸点に達して脳を動物返りさせたのか、それとも、わざとそうしているのか――いずれにせよ部外漢には知るよしもない。
突如として出現した予期せぬ訪問者に、理性の廃人達は一瞬攻撃の手をゆるめ、その妖しい紫の光明をちらりと見た。
しかし、緊迫した空気がやわらいだのは数秒にも満たなかった。互いを切り裂くような視線は再びまじわり、乱射撃の集中豪雨はたてつづけに疾走していく。
双方のゆがんだ精神内部を垣間見て、白夜の背筋を伝うものがあった。
「もはや魂を見失ったか」
答えぬ愛弟子の死滅した横顔は、なお美しい。
老年の心臓に、鉛を沈めた重々しさがある。
代償は大きそうだが、他に手段がない――
白夜は目蓋の裏に結論を迷わせた。だが、時は秒殺されていく。のんきに老後の安泰などとふざけて、しょせん身のほど知らずの戯れ言だったのだ。この特異な一族と関わった時点で、否、そもそも天界の守護神として生を受けた時点で、隠居生活の極楽など、とうに葬式をあげたも同然だった。
一度でよいから、神からも死神からも放たれ、宇宙の緩やかな運行だけに呼吸をゆだねて、そうして生きてみたかったものだ――
「俺は潔癖でな。愛する者の“堕落”していくさまを見るくらいなら――」
“帰らぬ”弟子の横顔にむけて師は沈々と語りかける。
「――天刑に平伏すほうがましだ」
次の半瞬、白銀の竜が天空を踊っていた。
長大であった。
きらびやかな紫がかった白銀の鱗に、真珠の玉露がたわむれて輝く。すぐに天候が変貌し、突如として快晴の星空がひらけた。のしかかる暗黒の雲海と噴煙の幕は一掃され、無秩序に錯綜していた気流は完全なる天竜の支配下に入ったのである。
下界の小空間で、理性への生還者がひとり棒立ちしていた。
「白・・・竜だと」
生涯二度目の神との遭遇は、黒髪の陰陽師に強烈な印象で迫ったようである。蒼白な顔色と血走る三白眼が、彼の心境をしめしていた。
荘厳な怒号が地底までおののかせ、竜神は踊るように天空を一蹴りした。風の高波がまっさかさまに下界を目指す。軌道上の二人は左右に散って全神経を回避の一点に集中する。その判断は正しい。大気の刃は地上に衝突し、円形に衝撃波が広がった。地表を燃やしていた二色の妖気は跡形もなくさらわれていた。