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9/12

十年を費やした魔術

「う……あ……ここは……?」


 馬車を操作していた壮年の男、レオナルド・ランティーニが目覚めた時、彼は地面に直接横たえられていた。


「うぐ……ぐあっ……」


 身を捩る度に全身に引き攣ったような痛みが走る。目をきつく閉じてその痛みに耐えていると、今度は右腕がヒリヒリとした痛みを訴えてきた。


(俺はいったい何が……そうだ! 王都に向かう途中に襲われて……リディア! リディアは!?)

  

 今年十五歳になる愛娘リディアの事を思い出した途端、レオナルドの意識は急速にはっきりとしてきた。閉じた目を見開き慌てて周囲を見回せば、リディアはレオナルドの隣に寝かされていた。

 リディアの頭の下にはクッションのような物が敷かれてある。見覚えのあるこのクッションは、レオナルドたちが乗っていた馬車の席から取り外したものだろう。

 娘にはクッションを敷いて、自分は地面の上にそのまま寝かされていたことに若干思う所があるが、逆よりは随分マシだ。


(それにしても、どうしてこんなところに寝かされている? 奴らはどうしたのだ?)


 傍らで眠っているリディアを起こさぬように注意しながら身体を起こすと、周囲を見回した。とはいっても、場所は山間を縫うようにして伸びる狭い裏街道。見える範囲にあるものといえば森の木々と、横転して大破した馬車。そして足を折ってしまったのか、立ち上がれずにうずくまっている馬。

 そして少し離れた所に、大人が両手を回しきれないほど太い木へ、数人ずつに分けて縛り上げられている男たちの姿があった。


(クソッ、こいつらぶっ殺してやる!)


 縛られた男たちを見た瞬間、レオナルドは強烈な殺意を覚えた。ただ、彼らはピクリとも身動きをしていない。どうやら皆気絶しているらしい。頭を項垂れたまま微動だにしなかった。


(とりあえず……俺も娘も縛られていない。誰かに助けられたと見るべきか?)


 絶体絶命の状態だったはずなのに、目覚めてみれば襲撃者は全員縛られて自由を失い、負傷こそしているものの命に別状は無さそうな自分たち。

 思いがけない幸運に大きく安堵の息を吐くと、仰向けに大地へ再び寝転がった。

 娘の頭の下にはクッションまで敷かれている事から、助けてくれた者は自分たちに危害を加えるつもりはなさそうだとレオナルドは判断した。

 安堵した所で目が覚める前の事を思い出そうと頭をフル回転させる。


 王都に向かったというエストア市長と会うため、裏街道を馬車で走らせていたレオナルドは、突然襲撃を受けた。

 護衛を務めていたボンツァとルイジオを始めとした部下たちが、自分たちを逃がそうとしてくれたのだが、どうやら全滅したらしい。彼らは誰一人追いついてくることは無かった。

 追いついてきた襲撃者たちから、激しく矢を射掛けられているうちに御者が殺害され、レオナルド自身が手綱を握ることになった。そして大きな曲道へ差し掛かった所で――。


(そうか……確か、二人組の……)


 曲道を曲がりきったところに、旅人らしき二人の人物が立っていたのだ。

 猛スピードで馬車を走らせていたため、止まることは不可能。ならば巻き込んでしまうことになった二人には気の毒だが、そのまま馬車を走らせるしか無いとレオナルドは鞭を入れた。だが、馬は彼の意思に反して人影を避けようとした結果、馬車は大きく転倒してしまったのである。そしてレオナルドとリディアの二人は大きく宙へ投げ出されたのだった。


「お、気がづいたみたいだ」


 その時、声がした。

 首だけを動かしてみると、若い――もしかしたらリディアとさほど歳が変わらないくらいの少年と、彼よりも少し歳上といった感じの若い娘が立っている。


(ガキはともかく……こっちの娘は堅気じゃないな)


 少年のほうは金髪に蒼穹を思わせる青い瞳に、どこか優しげな風貌で育ちの良さそうな顔をしている。だが、黒髪の娘のほうは目つきも鋭く、レオナルドたちを油断なく観察しているような目で見ていた。

 それに、彼女の歩き方は極力足音を消す独特の歩法を用いている。

 

(とはいえ、助けられたことには間違いないか)


 レオナルドは身体のあちこちから訴えてくる痛みを無視して身体を起こすと、精一杯表情を取り繕いながら立ち上がった。


「どうやら助けられたらしいな。私の名前はレオナルド・ランティーニ。この子は娘のリディア。エストアで事業をやっているものだ」

「僕はジーク」

「ゼロという」


 レオナルドの格好は、黒いベストに白いシャツ。それにスラリとした黒のズボン。襟元にはタイを締めて、袖口にはルビーのカフス。馬車から投げ出されたせいで髪が乱れ、シャツの右腕部位には血が滲み、黒いベストとズボンが土まみれになっているが、身に着けている服装はオーダーメイドの高級品である。

 裏街道という場所には似つかわしくない服装だったが、事業家だと言うのなら納得できる服装だ。


(事業家ねぇ……裏街道を利用している事から、まっとうな事業じゃなさそうだな)


 握手を求めてきたレオナルドの手を握り返し、ジークは内心でそう思っていた。

 表面上はにこやかに握手を求めてきたレオナルドだが、その琥珀色の瞳は笑っていない。まるで二人を値踏みしているような目つきだ。それに普通の事業家にしては鋭すぎるように思う。


「とりあえず右腕の治療を。よもぎを幾つか採ってきた。こいつの汁には止血効果がある」

「ジーク君にゼロさんか。改めて礼を言う。それにしてもこの人数を君たち二人で倒したのか? 私の部下たちは全員殺られたというのに、その若さで随分と腕が立つ。大したもんだ」


 右腕の矢傷をゼロに処置してもらいながら、レオナルドが周囲を見回す。


「彼らは執拗にあなたの命を狙っていたように見えました。襲撃者に心当たりは?」

「もちろんある。というよりも、私がやっている事業のライバルが送り込んできた刺客だろう。ところでその連中、まだ息があるようだが?」

「ご心配なく。半日は目を覚ましませんよ。目を覚ました所で、きっちりと縛り上げてありますので、簡単には身動き取れないでしょう」

「そうか? だが、自由を取り戻せば報復を考えるかもしれない。始末しておいたほうが安全ではないかと思うが?」


 レオナルドとしては、自分と娘の命を狙い部下たちの命を奪った連中だ。殺しても飽き足らないくらい憎らしい。それに報復を考えるかもしれないとジークには言ったが、生かしておけば、ほぼ間違いなく連中は報復しようと考えるだろう。

 一度の敗北で尻尾を丸めて逃げるような事をすれば、周りから侮られて己の立場を危うくする。レオナルドも縛られている連中も、そういう世界に生きている。

 後々に禍根を残すくらいなら、この場で始末しておいたほうが楽である。

 ただ、ジークはその意見に嫌そうに顔をしかめた。


「……一度決着がついた相手に何かするっていうのは、趣味じゃないんですよ」

「………………(甘いな)まあ、連中を倒したのは君たちだ。助けられた私が、何か言える立場ではないな」

「マスター。人を殺すのに抵抗があるなら、私が殺めますが?」

「いいよ、そういうのは趣味じゃないんだ。それにあいつらはちょっとやそっとじゃ解けないくらいに、きつく縛り上げてある。獣に襲われる前に誰かがこの道を通れば助かるかも知れないけど、餓死する未来だってあるくらいで許してやろうよ」

「マスターがそう言うのなら……」

(ほう……ゼロという女はジークに雇われているのか?)


 ジークが主人でゼロはジークの雇った護衛役。

 二人のやり取りを聞いていたレオナルドはそう推察する。

 見るからに育ちの良さそうなジークは、一応鍛えているように見えるが、レオナルドの目から見てあまり修羅場を潜ってきたようには見えない。一方のゼロという娘は、まだ歳若いのに隙と呼べるような隙が無く、会話中でも周囲に気を配っているように見える。

 見たところゼロの実力は、死んだレオナルドの部下の中で有数の手練れだったボンツァやルイジオに匹敵する――いや、二人を殺した連中を返り討ちにしていることから、その二人を上回る実力を持っていると考えた。

 

「失礼。二人共この道を通っていたなら、目的地はエストアだろうか? もしもそうなら私と娘も同行させては貰えないだろうか?」

「構いませんよ」

「ありがとうございます。本当に感謝します」


 もう一度ジークの手を握って深く頭を下げつつ、レオナルドはほくそ笑んでいた。

 襲撃者たちが戻らなければ、レオナルドの命を狙った者は襲撃が失敗したと考えるだろう。再び、刺客を差し向けてくるかも知れない。部下を失い己と娘だけで次に襲撃されれば、確実に殺される。

 襲撃者を退けた彼ら――もといゼロという女と共にいれば、少しは安全になるだろう。


「マスター、奴らの馬は全部で六頭いた」

「そいつを貰っていこう。レオナルドさん、馬は?」

「私は乗れるがリディアは無理だな」

「じゃあお嬢さんが目を覚ますまでは、出発は無理っぽいですね。目を覚ましたら、レオナルドさんがお嬢さんを乗せるということで」

「うむ」

「マスター、私はどうすれば?」

「あれ? ゼロは馬乗れないの?」

「乗馬の経験など無い」

「そっか。じゃあ僕の後ろに乗ってもらうよ。馬四頭ももったいないから連れて行こう」

「馬車の中にある私の荷物を載せていって貰えると嬉しい」

「僕たちの荷物も載せよう」


 ただ、馬車を引いていた馬は足を骨折してしまい、かわいそうだがこの場で殺す事にする。

 ここへ置いていった所で餓死するか、肉食の獣に襲われて死ぬだけだ。


「いいですか? レオナルドさん」

「仕方がない。楽にしてあげてくれ」


 持ち主であるレオナルドの許しを得てから、ゼロが骨折した馬にとどめを刺した。



 ◇◆◇◆◇


 

 会議は長引き、全ての予定が終わった頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。

 夕食を取り湯浴みをして疲れた身体を癒やしたユイリアは、一人の付き人も付けず、こっそりと部屋を出て王宮のとある場所へと向かった。


 常にユイリアの周囲に侍る貴族の若者たちも、さすがに湯浴みを浴びた後は遠慮する。

 湯浴み直後の未婚の王女の側に侍るなど論外であるし、どのみち普段のユイリアは、湯浴み後は少し読書をした後で眠るだけ。有益な会話を交わすような機会は無いと彼らも知っているからだ。


 火照った身体に当たる夜風を心地よいと思いつつ、ユイリアが向かった先は、ジークが人知れず十年間もの長い間通い続けていたという、老魔術師ハンネマンの住む庵である。

 前からユイリアは、義兄が王宮を出てから一度、ハンネマンの庵を訪ねたいと思っていたのだ。

 古めかしい木の扉をコンコンと叩いてしばらく待つと、ギギギという建て付けの悪い音をさせつつハンネマンが顔を出した。


「これはこれは、姫様。なにゆえこのような場所へ?」

「夜分遅くに申し訳ありません、ハンネマン先生。少しお話を伺いたくて……」

「ふむ……構いません。狭いところですがどうぞ中へ」


 ハンネマンの庵の中は、紙とインクの匂いがした。

 とにかく目立つのは大量の書物。

 庵の窓には日除け用の分厚いカーテンが閉められていたが、そのカーテンが無くても積み上げられた書物で窓は完全に隠されてしまっている。

 この様子では日中も中は暗いに違いない。

 

「今、お茶をお持ちしましょう。どうぞそちらの椅子に腰掛けられてお待ち下さい」

「あ、お茶なら(わたくし)が……」


 ハンネマンは齢百歳を超えたと聞く。

 お茶くらい淹れられると思い手伝いを申し出たユイリアだったが、ハンネマンにやんわりと断られた。


「ありがたい御言葉なれど、少々我が家は散らかっておりましてな。初めて訪れたものには、茶器がどこにあるかわからないでしょう」


 言われてみればその通りで、ここへ初めて訪れたユイリアでは、茶の葉、薬缶、茶器のある場所など、いちいちハンネマンに尋ねなければならなくなる。それではハンネマン自身が茶を淹れる手間を掛けるのと対して変わりがない。それどころか逆に手間を取らせてしまう。

 素直に頷いて、ユイリアは床に置かれた書物や紙を踏んだり崩したりしないよう注意深く歩き、部屋の中央にある椅子へと座った。

 椅子はテーブルを囲むよう三脚あった。その中で一際重厚な雰囲気を漂わせているロッキングチェアが、きっとハンネマンの席なのだろう。

 その対面にある素朴な木製の椅子を選ぶと、ユイリアはチョコンと座った。


「来客用の茶器など準備しておりませんのでな。ジークベルト殿下がお使いになられていたカップでお茶を出す無礼、どうぞお許しくだされ」

「おにいさまの?」


 カップを取り上げて一口飲む。


「美味しいですわ」


 隠居とはいえ、使われている茶葉はさすがに高級な物が使われていた。

 

「それで姫様。この年寄りにどのようなご用件ですかな?」

「はい。(わたくし)がハンネマン様をお訪ねしたのは、こちらでおにいさまが勉強なされていたと伺ったからです」

「なるほど。確かに殿下はわしのもとで、およそ十年もの長きに渡って勉学に励んでおられました」

「あの……もしよろしければ、おにいさまがどのような魔術を学んでいたのか教えてもらっても?」

「そうですな……」


 ユイリアの問われたハンネマンは、なぜか少し面白そうに笑ってみせた。


「本来魔術というものは、自分がどんな術を使えるか他人へ軽々と教えるものではない。このことは姫様もご存じですな?」

「はい……存じております。やっぱりダメでしょうか?」

「いえ、大丈夫でございます。実は王宮を出られる前に、殿下からは姫様が訪ねられた際には、包み隠さずお話しても良いと許しを頂いておりました。きっと殿下は、姫様がわしのもとを訪ねて来られることを、予見されていらしたのでしょうな。それでは殿下の魔術がどういったものか、お教えしましょう」



 ◇◆◇◆◇

 


「僕の魔術?」

「相変わらず、マスターの魔術は凄まじいと思って……私がやられた時と同じ術なのだろうが、傍から見ていても、どんな術なのかさっぱりわからない」


 薪となる枯れ木をしゃがんで拾っていたジークは、パンパンと手を軽く叩いて木屑を払うと横に立つゼロを見上げた。

 レオナルドの娘、リディアの目が覚め次第出発しようと思っていたのだが、彼女が目覚める前に日が傾き始めてしまった。

 山の夜道を歩くのは危険が多い。

 そこで縛られた男たちから見えない場所まで移動すると、野営の準備に取り掛かることにした。

 ジークとゼロの二人は薪となる枯れ木を集めに森へと入り、レオナルドはまだ意識を取り戻さないリディアを看ている。

 

「いや、別に教えてくれなくてもいいんだ。マスターだって、自分を殺そうとした私に手の内は明かしたくないだろうし――」

「いいよ、別に」

「え?」

「『見えざる八蛇の手(インビジブル・エイト)』――それが僕の魔術だよ」

「『見えざる八蛇の手(インビジブル・エイト)』……」


 あっさりと魔術名を口にするジークに、ゼロは少し面食らったような表情を浮かべる。

 

「えっと……あの、いいのか?」

「構わないよ。ゼロだって自分の得意とする魔術を教えてくれたしね。僕の魔術は名前の通り見えない八本の腕を操る術なんだ。そうだね……」


 ジークは立ち上がって辺りを見回すと、少し離れた場所にある蔦を指差した。


「あの辺りまでがだいたい射程距離かな」


 ゼロの目の前で、ジークの腰のベルトに挿してあったナイフが、手も触れずに抜かれて空中に浮かび上がった。そしてそのまま、スーッと宙を滑るようにジークが指差した蔦の所まで飛んでいく。すると今度は木の枝から垂れ下がっていた蔦が、何かに掴み取られたように持ち上がって、そこへナイフの刃が差し込まれて切断された。

 その間、ジーク自身は自然体のままで、魔術を操作するために何らかの仕草をしてみせるどころか、術に何がしかの念を送るなどの行為は一切しているように見えない。

 ナイフは蔦を切り取り終えると、再びスーッと宙を滑るように蔦と共にジークのところまで飛んできて、ベルトへと収まった。蔦はジークの足下にトサッと落ちる。


「一本目の腕を構築するのはそんなに難しくなかった。意識を集中して自在に動かせるようになるのも、半年も掛からなかった。でも、八本の腕を構築して、自分の手足のように動かすには十年掛かったよ」

「十年……」

「王族の僕は魔力容量(キャパシティ)が大きかったらしいけど、この術一つで全容量使い切ってしまったからね」

「そうか……だから『才無し』と呼ばれるようになったのか」


 ゼロの言葉にジークは頷いた。


 人が生涯に覚えられる魔術の数は、魔力容量(キャパシティ)によって決まる。

 ある魔術の必要魔力容量(キャパシティ)を十とした場合、魔力容量(キャパシティ)が百ある人間は、その魔術と同じ必要魔力容量(キャパシティ)十の魔術を十個覚えられる。

 そして魔力容量(キャパシティ)が限界になれば、それ以上の術を覚えることはできない。

見えざる八蛇の手(インビジブル・エイト)』を習得したジークは、必要魔力容量(キャパシティ)が一とされる『明かり(ライティング)』すらも覚えることができなかった。つまり、この『見えざる八蛇の手(インビジブル・エイト)』という名の術を習得しただけで、ジークの魔力容量(キャパシティ)は限界値に達したこととなる


「それにしても、見えない手が八本か……なるほど、初見の私ではいいようにやられるわけだ。ほとんど無敵に近いんじゃないか?」

「それがそうでもないんだよね」


 ゼロの言葉にジークは小さく首を振って、また新しい枯れ枝を一本拾い上げた。


「手足のように自在に操れるけど、まだ対象を確実に捉えるにはやっぱり目で見る必要があるんだ。そうすると、目の動きや空気の流れを感じて戦える達人暮らすを相手に戦えば、勝てるかどうかわからない。第一、僕は戦闘経験が少ないしね。ゼロと戦うまで、僕の実戦経験はゼロなんだよ?」

「それはつまり……私は初陣のマスターに手も足も出なかったわけだ……」


 ジークの言葉にゼロは若干落ち込んだ。

 裏の世界では『音無し』と呼ばれて、暗殺者として少しは名の通っていた自分を倒した相手が、まさか初陣だったとは。


「簡単に負けるわけにはいかないよ。この術のために僕は『才無し』って呼ばれた上に、十年もの時間を費やしたんだからね」

「……そうだけど」

「そういえばゼロは音を消す以外にも、他の術は覚えていないの?」

「私は平民だぞ? 魔力容量(キャパシティ)は少ない。それに術を教わる機会も無かった」

「そうなんだ」

「それにしても……フフ」


 急にゼロがクスクスと笑いだした。


「何?」

「いや……何でもない。ところでジークはタコという生物を知っているか?」

「タコ? いや、知らないと思う……」

「そうか。海に棲む生物なんだけどな……ちょっとそれを思い出してしまっただけだ」

「ふーん……面白い生き物なのかな? 何だよ、教えてよ」

「そうだな。説明してもいいが、実物を見たほうがいい。エストアは港町だからきっとタコもいるはず。その時に私が笑った理由がわかると思う」

「そうか。じゃあ楽しみにしてるよ」

(でも八本の見えない腕と本当の二本の腕で合わせて十本なら……イカのほうが近いかも?)

 

 エストアでジークがタコとイカを見た時、どんな表情を浮かべるか。その時のことを想像して、ゼロはクスクスと笑い続けるのだった。

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