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裏街道での遭遇

 後方より次々と矢が飛来すると、馬車の天蓋へハリネズミのように次々と刺さる。そのうちの一本は天蓋を越えて、馬車を操作している壮年の男の右腕を掠めた。


「お父様!」

「黙っていなさい! 口を閉じていないと舌を噛むぞ!」


 父親の右腕のシャツへ鮮明な赤色が滲んでいくのを見て、悲鳴を上げた娘を叱りつける。

 馬車を走らせている裏街道は、ろくに整備もされていないため至る所に大きな石や窪みがあった。そのため父娘の身体は宙に浮かんでしまうほど上下に激しく揺れていた。下手に口を開いけば、父親の言うとおり酷く舌を噛みかねない。

 しかし、矢が次々と飛来してくる以上、父親は馬車の速度を緩めるわけには行かなかった。


「おら! 観念して停まりやがれ! ランティーニ!」

 

 声と共に再び矢の雨が降り注ぐ。

 カッカッカ! という矢が天蓋に突き刺さる音に、客車で震える娘が小さく悲鳴を上げた。

 父親として怯える娘を慰めたいが、今馬車の操作を放り出すわけにもいかない。本来の御者はとっくに背中から胸を矢で貫かれ、はるか後方の大地へ転がっている。

 襲撃者から己と娘の命を守るためには、手綱を操る自分の腕に掛かっている。だが、重い客車を引いた上に足場の悪い裏街道を走るのと、人だけを乗せて走る馬とでは圧倒的に後者が早い。

 なりふり構わず馬へ鞭を入れて走らせているため、いまだ追いつかれてはいなかったが、それも時間の問題。


(くそったれ……せめて正規の街道に出るか、それか最悪村でもいい。とにかく誰か他人のいる場所へ。それともこのまま追いつかれて嬲り殺しにされるくらいなら諦めて投降し、娘の命だけは助けてくれるように頼むか――いや、ダメだ! クソ汚ねぇ奴らが、娘を生かしておくはずもない。生かしたところで弄ばれて、奴隷として売り飛ばしかねない。どうする? どうする?)


 考えている間にも矢は降り注ぎ、追いかけてくる馬の蹄の音が近づいてくる。


「ちくしょうが!」


 どうしても逃れ切れない事実に父親が悔しげに吐き捨てて、大きく曲がった道を曲がりきった所で前方に二つの人影。

 

(旅人か!? 間が悪かったな! 悪いが止められん!)


 どのみち今から馬車を止めようとした所で間に合わない。

 父親はそのまま二人の人影を跳ね飛ばす意思を固めた。だが、父親の意思とは裏腹に馬の方はそうもいかなかったようだ。突然目の前に現れた人影に驚いて、嘶きと共に後ろ足で立ち上がって避けようと身体を捻ろうとして――。


「うおおっ!」

「きゃあああああああああ!」


 馬車は激しく横転。馬車に乗っていた父親と娘は、宙高く投げ出された。



 ◇◆◇◆◇



 足を止めて様子を窺っていたジークとゼロの目の前へ、馬車が勢い良く突っ込んでくる。

 馬車の手綱を握っている男の顔は凄まじい形相に歪んでいて、その御者席の後ろにある客席では手すりへ必死に捕まる女の子の姿が見えた。

 ただ、あまりにも早い速度で馬車が突っ込んできたため、確認できたのはそこまで。いつまでもぼーっと眺めていて馬車に轢かれはたまらない。

 幸い、ゼロがかなり早い段階で行く手で揉め事が起こっていることに気づいていたため、二人はさっさと道を開けるつもりで避けたのだが。

 

「うおおっ!」

「きゃあああああああああ!」


 ジークとゼロの出現に驚いた馬が無理矢理二人を避けようとしたため、馬車は激しく横転。乗っていた二人が勢い良く空中に投げ出されてしまった。


「危ない!」


 咄嗟の事態にジークは反射的に二人を助けようとした。

 魔術の発動。

 大木の幹へ背中から叩きつけらそうになっていた娘が、頭から大地へ突っ込みそうになっていた壮年の男が、その直前で何かに身体を掴まれたかのようにピタッと空中で止まった。


(これはっ!?)


 その様子を見ていたゼロは、ジークベルトの仕業だと直感した。

 果たしてジークを見てみれば、僅かに腰を落として二人の方を凝視している。おそらくはゼロが一方的に殴打された時と同じ魔術を使っているのだろう。


(いったいどんな魔術なのだ? 目に見えないということは、大気を操る魔術なのか?)


 魔術を発動させる時に呪文を唱えない事から、ゼロはジークの魔術を、予め術を発動させておいて長時間持続させるタイプのものだと推測していた。

 そして不可視ということから大気を操る系統の魔術ではないかと考えていたのだが、対象へ殴打したようなダメージを与えた上に、身動きできないように拘束してしまう魔術など聞いたこともない。

 危うい所で致命的な怪我を負う前にジークの魔術で受け止められた二人は、ゆっくりとジークの立つ場所付近へ横たえられている。

 その様子を眺めながらゼロはジークの魔術を考察する。これで少なくともジークの魔術には、相手に打撃系のダメージを与える効果と、拘束、そして移動させるという三つの現象を起こせることがわかった。ゼロは正規の魔術師というわけではないので、彼女の知らない魔術のほうが多いのだが、それでも一つの魔術で三つもの現象を起こす魔術は珍しいものということはわかる。


(『才無し』という話はどこから出てきたんだ。こいつはとんでもない化け物じゃないか!)


 ゼロが頭の中で、死んでしまった暗殺者ギルドの幹部たちへ文句を言っている間に、数頭の馬に乗った男たちが道を塞いだ。

 馬の数は全部で六頭。それぞれ一頭に二人ずつ男が乗っている。

 前に乗る男が手綱を操り、後ろに乗った者が弓矢を使っていたのだろう。

 横転した馬車へ目を向けると、天蓋や客車の板材に彼らが放ったものと思われる矢が何本も刺さっていて、まるでハリネズミのような状態だ。

 男たちは馬からバラバラと降りると、周囲を取り囲んだ。


「ククク、おいおい手間かけさせてくれてんじゃねーよ、ランティーニ! てめえがおとなしく投降してりゃあ、ボンツァもルイジオの奴も、てめえのために命を落とすことは無かったんだ」

「まったくだ。命がけでてめえを逃した部下共も、結局は犬死だったというわけだ。さっさとてめえが降参してりゃ、あいつらも命を落とすことはなかったかもしれねーな……。なんてな、どっちにしろ殺してた気もするけどな」

「それでランティーニの奴はここでバラすとして、娘とそこにいる通りがかりの連中はどうする?」

「まあ、見られちまったものは仕方がねぇ。気の毒だが死んでもらうしかねーだろうよ。ああ、女は別だ。娘はランティーニを殺す前に目の前で嬲ってやって、その女は娘と一緒にいつものように売り飛ばすか」

「娘はまだガキじゃねーですか。犯るなら俺はそっちの女の方がいいっすね」

「娘はともかく女は商品にするんだからな! 手を出すんじゃねぇぞ。ボスに殺されるぜ?」

 


 そう言ったのは男たちの中で唯一身なりを整えている男だった。襟付きのシャツにスラリとしたズボン。口ひげはきちんとカミソリをあてて、髪も整髪料で整えている。明らかに周囲のチンピラと違って見える。彼らこそが男たちのリーダーなのだろう。

 しかし、そのリーダーの言葉を聞いても、男の中の一人は諦めきれないのか、ゼロを指差して訴えた。


「だがよぉ。これほどの上物だぜ?」


 その男の声にもう一人が頷いてみせた。


「そうだぜ? それによ、ランティーニの奴はもう終わりだ。奴を捕らえた俺たちゃ、ボスからたんまり褒美を貰えるだろうよ。だからちょっとくらい、いいんじゃねぇか?」

「それにここは裏街道だ。こんなところを通るような女が、初物とは思えないしな」


 その声にあちこちから賛同の声が上がる。


「そうそう、犯した後で女も始末しちまおうぜ? どうせ最初から計算外だった通りがかりの連中だ。ちょっとしたボーナスみたいなもんだ?」

 

 その言葉にどうやら気が変わったのか、ゼロも捕らえて売り飛ばそうと考えていたリーダーの顔にも厭らしい笑みが浮かんだ。

 

「――というわけだ。悪いな兄ちゃん、今日この道を通って俺らと出くわしちまったのが運の尽きだ。どのみちこの道を通っていたって事は、どうせ堅気ってわけでもないんだろ? 悪いが、諦めて死んでくれや」



 ◇◆◇◆◇ 

 


「――悪いが、諦めて死んでくれや」


 黙っていたジークとゼロを他所に、勝手に話を進めていた男たちは、リーダーの言葉を合図にそれぞれ武器を手にした。弓を持っていた者は矢を(つが)え、そうでない者たちはナイフや短剣などの思い思いの刃物を弄ぶ。

 ニタニタとした笑みを浮かべて、嬲るような目をして近づいてくる男たちをジークは冷静に見ていた。

 弱者に対して絶対的な強者にあるという、驕りと自信に満ち満ちた醜い顔。王宮内では決して見られない類の顔だった。


「たまたま通りがかっただけの僕たちも殺すのか?」

「気の毒とは思う。フン! まあ、せめてお前さんら二人は別に恨みも何も無いからな。そっちの姉ちゃんには、せめて天国を味あわせてやった上で、殺してやるよ」


 その言葉が合図だったのか、矢を番えていた男たちがジークに向けて矢を放とうと弓を引き絞る。

 次の瞬間。


「がっ!」

「うおっ……」

「っ……」


 弓を構えていた男たちは、突然手を強烈な力で叩かれた。弓を取り落とし番えていた矢は明後日の方角へ飛んでいく。


「何だ!?」

「何が起こっている?」


 突然の事に男たちは動揺を隠せない。

 その隙を見逃さずジークの横に佇んでいたゼロは飛び出すと、男の一人の懐へ素早く潜り込むと掌底で顎を突き上げ、スラリとした長い足で近くにいた男のナイフを蹴り飛ばす。


「クソッ、てめぇ魔術師か!」


 目に見えない不可解な攻撃を見たリーダー格の男は、すぐに魔術が使われたことに思い至る。そして魔術を使ってみせたのが、おそらくこの目の前に立っていた少年だと。


「ちぃ、油断したぜ。まさか魔術師がいたとはな……。てめぇ、まさかランティーニのボディーガードじゃねぇだろうな?」

「違うよ。僕たちは偶然通りがかっただけだ。別にこの人たちを助ける義理も無かったけど、まああれだけ下衆なセリフを聞かされては、見過ごすわけにもいかないよね。悪いけど……」

「フン、やかましい! 魔術師がてめぇだけだと思うなよ!? 何を隠そう、俺も魔術師だ。見せてやろう! てめぇには俺様の――あがっ……ぐほっ……ぐえっ……」


 しかし、リーダー格の男は右頬を張り飛ばされ、鳩尾を鉄塊のようなもので殴られ、とどめにこめかみを鉄棒のようなもので横殴りにされ魔術を使うこと無くその場に崩折れた。


(これは……私がやられた時と同じものか!) 

 

 チンピラがナイフを振り回して突っ込んできたところを軽々と捕らえ、腕の関節を極めてへし折っていたゼロが戦慄を覚えながらその様子を見ていた。

 一瞬の出来事だった。

 普通殴られると分かれば、人は殴られるであろう箇所を予測し、ガードを固めるか力を入れるなどして防御しようとする。しかし、ジークの振るう魔術の力は不可視なため、どこを防御すればいいのかもわからない。

 無防備なところに為す術もなく攻撃が叩き込まれては、今のリーダーの如くあっという間にボロ雑巾のように横たわる事になる。


(あれを受けて私は、よく生きていたな……)


 リーダー格の男を沈めた後、ジークはすぐに別の男へターゲットを移す。そして数秒後にはその男もリーダー格の男と同じような姿となって地面に転がる羽目になった。


「次は誰?」

 

 ジークが静かにそう告げて顔を上げると、ついさっきまで強者として驕りと自信に満ちた表情をしていた男たちの顔は、恐怖に引き攣ったものになっていた。

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