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王都脱出

 とある商会の倉庫で火災が発生していた頃。

 ジークは以前に町へ出た時に隠しておいた金貨や宝石類をまとめて担ぐと、ゼロと共に王都ラトルの外壁門から急いで出ようとしていた。

 夜中の王都外壁門は固く閉じられている。

 門の内側と外側もちろん、高い城壁の上、物見塔の上にも警備兵が夜番に立って警戒に当たっていた。

 

 つい先日、ラトベニア王国は警備が厳重なはずの第一王子の寝室まで、暗殺者に忍び込まれてしまったのだ。ジークは暗殺こそ免れたが姿を消した。その事実を公表はされていないものの、この事件は王宮や王都の警備を預かる者たちの心胆を寒からしめることとなった。

 すぐに各部隊で綱紀の粛正が行われたばかりで、厳重な警備体制が整えられることになった。

 

 だが、ある日の深夜に発生した倉庫の火事は、ここのところ空気が乾燥していたためか、大火となって燃え盛った。

 寝静まった王都で、夜の火事は目立つ。

 特に火元となった倉庫には、油でも大量に保管されていたのか、近年覚えの無いほどの大火となって夜空を真っ赤に染め上げた

 そうなると嫌でも人間、好奇心に負けてそちらへと目を向けてしまう。

 夜番に立っていた警備兵の多くが謹厳実直に職務に励む者ばかりだったが、どうしてもチラチラと火事を見てしまう。その上、深夜ということで兵士は少ない。

 とにかく人手が必要ということで、外壁門を警備している警備兵たちも応援に人数を割く事となった。

 おかげで外壁門の警備体制に僅かな綻びが生じ、ジークとゼロの二人はその隙を突いてまんまと王都を脱出することに成功したのだった。


 脱出する際、ここでもゼロの音を消す魔術が役に立った。

 城壁の内側にある石造りの階段を物音一つ立てずに昇ると、赤々と夜空を染める大火に気を取られている警備兵たちの一瞬の隙を突いて、城壁の外へロープを垂らして伝い降りた。


(本当に侵入するにはうってつけの魔術だな)


 城壁の外へと降りたジークは、ゼロの手際に感心していた。

 ジークという素人を抱えつつ、警備兵の目をいとも簡単に掻い潜って素早く移動する。

 移動する間、一度だって発見されるような危険を感じる事はなかった。

 ゼロの実力は確かに一流と呼べるものであろう。


(ま、当たり前か。だからこそ僕の暗殺任務は、彼女に与えられたんだろうしね)


 門を出てすぐの場所は昼間に検問のため、馬車を停車させるための広場があった。そこから港町エストアへ向かう街道が伸びている。

 そしてその街道に沿う形で、市内にある家々とは比較にならない程の小さな小屋が幾つも建ち並んでいた。

 小屋は適当な大きさの丸太や、廃材を組み合わせた粗末な造り。市民税を払うことのできない者たちが暮らす貧民街だった。


「ここまで来れば、後は身を隠す場所には困らない。貧民街を駆け抜けて、王都から一刻も早く離れよう」

「暗い上に、こんなに入り組んでいるんだけれど、道に迷いそうだね」

「心配ない。ここら辺りには土地勘がある」

 

 ゼロに促されて貧民街の入り組んだ細い路地を駆け抜けながら、ジークは貧民街の眺めを目に焼き付ける。

 比較的政情も安定していて豊かな国と呼ばれるラトベニアだが、どうしてもその富の分配から漏れてしまう者たちも出てしまうのだ。


(そういえばユイの奴、エストアの市壁拡張工事に関わっているんじゃなかったかな?)


 ジークが急にそんな事を思い出したのは、街道の先にある港町エストアも、王都ラトルのように市壁の門の外に町が広がりつつあると聞いたからだ。

 エストアはラトベニアでも一、二を争うと呼ばれる大きな港町だ。 

 近年、盛んになった外国との貿易に伴って、人口が急激に膨れ上がってしまい、今ある市壁の外にも町が溢れてしまっている状況らしい。

 そこでエストアを治める領主とエストアの市長は市壁の拡張工事を計画していて、国にも予算の支援を求めていた。

 その予算案の編成にユイリアが関わっていると、ジークは王宮内で働く者たちの口から聞いていた。


(エストアか。ユイリアがどんな仕事をしているのか見てみる良い機会だ。それに海も見たことがない。せっかく王都を出るんだ。将来、ユイリアの仕事に力になるためにも、色々と見て回っておいたほうがいいだろうな)


 ジークは生まれて以来、何度か王宮を抜け出してラトルの市街を歩いたことはあったものの、王都から外に出たことは無かった。

 暗殺者ギルドを襲撃して、今は王都から一刻も早く離れなければならない状況のはずなのだが、王都の外へ出られるという期待感は抑えることができなかった。

 ただ、そんな風にジークが心を浮き立たせていられたのも、貧民街に入って十分くらいまでの事。

 十分を過ぎた頃には、ジークは肩で息をするようになっていた。

 無理もない。 

 王族のジークが長時間走り続けるような事はない。

 その上道は細くて暗く、更に足下には時折ガラクタのようなものがあって、お世辞にも歩きやすいとはいえない。また、王都外壁門を突破するまで、ジークは心身を緊張で張り詰めさせていた。

 それらの要素が一気にジークの体力を奪っていったのである。


「すまない、マスター。貧民街を抜けて街道に出るまで、頑張ってくれ」


 ゼロも王子が疲労困憊になっている事に気がついていた。

 だが、その事に気づきつつも、ゼロはここで休息を取る選択肢は取れなかった。

 なぜなら貧民街は細い道が入り組み、物が散乱していて、逃亡する者にとって身を隠しやすい。しかし、逆を言えば追っ手や刺客もまた身を隠しやすい場所なのだ。

 それに貧民街はお世辞にも治安の良い場所とはいえず、その上深夜となれば安全な寝所を確保できていない限り、様々な危険が溢れている。


 王宮から町に出た時、ジークに平民がよく身に着けているシャツとズボンに着替えて貰っていたが、その本来貧相と呼べるような服ですら、ここ貧民街では上等な部類の服となってしまうのだ。

 ヘタに休息を取って、万が一にでも眠り込んでしまったりすれば、あっさりと身ぐるみを剥がされてしまうに違いない。

 

 以上の懸念からゼロは急いで貧民街を抜けたかったのである。

 

「マスター、もう少しだ。頑張ってくれ」


 時折、遅れがちなジークに声を掛けた。

 ジークも文句の一つを言うわけでもなく、ゼロの指示に従い足を前に運ぶ。

 そして夜空が白み始める頃に、二人はようやく貧民街も抜け出せて、ラトルと大雑把に括られた場所から脱出することができたのだった。




 街道の横にちょっとした空き地を見つけて、二人はようやく休息を取ることにした。

 この空き地はどうやら、旅人たちが野営や食事を採る際に頻繁に使われている場所らしい。広場の真ん中には薪の燃え滓が残されていた。

 疲れ果てた様子のジークへ座って休んでいるように言いつけると、ゼロは手早く枯れ枝を集めてきた。そして荷物から火口箱を取り出し、枯れ草へ火を点ける。

 空気が乾燥しているのか、火はたちまち枯れ枝へと燃え移って大きくなった。

 ゼロは次々と火の中へ枯れ枝を放り込んだ後、適当な長さの木の枝にソーセージを差して炙り始めた。


「それにしてもゼロには、随分と力を貸してくれる仲間がいたんだね」


 飛び散る火の粉を見つめていたジークが口を開いた。


「仲間?」

「商会の倉庫を本拠地にしていた暗殺者を、ゼロが雇った仲間たちで襲撃したんでしょう?」

「ああ、いや……」

「彼らを雇うのにいくらかかった? 彼らの報酬をゼロが立て替えてくれたんでしょう? 僕が金を出してゼロの仲間を雇うって話だったからね。建て替えてくれた分、支払っておくよ」

「待ってくれ、マスター。違うんだ」


 持ち出してきた金貨、宝石類が詰まった袋を取り出すジークへ、ゼロは小さく笑って首を振ってみせた。


「暗殺者ギルドを襲った連中は、私が雇った者たちじゃない」

「……どういうことだ?」

「私はただ、繋ぎ役の後を追跡して、暗殺者ギルドの本拠地とボスの居場所を探り、その情報を流しただけだ」

「情報を流しただけ?」


 ゼロは頷いてみせた。


「暗殺者ギルドは一つじゃない。王都にはいくつも存在している。それぞれのギルドは大体商売敵の関係にあってね。中には友好関係を結んでいるギルドもあるけど、ほとんどが対立しているギルドばかりなんだ。隙さえあれば、互いを潰したいと考えている。そんな所へ対立するギルドの本拠地とボスの居場所の情報を流してやれば、後は勝手に別のギルドが潰してくれるというわけだ」

「なるほどね」


 ゼロは、十分に炙られて脂が滴り始めたソーセージをジークに渡す。遠慮なくソーセージを受け取ったジークは、思いっきりかぶりついた。


「あつっ! 熱いけど、美味いな」

「そうか? 王宮で出る食事に比べたら貧相だろう?」

「王宮ではすっかり冷めてしまったものばかり食べていたからね、こんなに熱々な食べ物を口にしたのは、久しぶりなんだよ」

「……マスターって、本当に王子なのか?」


 本当に美味そうにソーセージを囓っているジークを見て、ゼロは戸惑うような声を出す。

 ソーセージなんて王都の少し裕福な平民ならよく食べる物。

 実はジークと同行することを決めた時、ゼロが最も心配していたのが食べ物のことだ。

 次いで宿。

 王宮の贅沢な食事に慣れ親しんだジークが、石のように固いパンや、クズ肉を詰めて作ったソーセージ、薄い塩味だけのスープなどを食べられるのだろうかと思っていたのだ。だが見る限り、どうやら問題無さそうだ。ちなみに次に心配だった宿の件も、ここ数日で何度か野宿をしているので大丈夫なことはわかっている。


「まあいい。ただ、さっき言った方法には一つ問題がある」

「問題?」


 ジークは指についた脂を舌で舐め取りつつ、今度は自分でソーセージを取り出すと、ゼロを真似て焚き火の火で炙り始めた。


「誰が情報を流したのかと調べた場合、すぐに『音無し』――つまり私の名が浮上する。暗殺者ギルドは大抵、何らかのギルドの傘下に入っていることが多いんだ。上位組織の者からしてみれば、小さいとはいえ傘下のギルドが潰されて良い気はしないだろう? 

追っ手が差し向けられたかもしれない」

「へえ……そういうことか」


 ジークは火に炙られているソーセージを見つめて考え込んでいる。ソーセージから滴り落ちた脂が薪の上に落ちて、火花がパチッと散った。


「どうする、マスター? 今ならまだ、王宮へ引き返せる。私との契約を、反故にしてもらっても構わないんだぞ?」

「そのつもりはないよ、ゼロ。言っただろ? 俺はユイ……妹を守るための力を得るために、お前の技術が欲しいんだって。それに少し思いついたことがある」

「思いついたこと?」

「ああ」


 ちょうど良く焼けた頃合いのソーセージを火から外して、ジークはゼロを見た。


「ゼロの話だと、暗殺者ギルドってのは複数あるんだろ? 王都にいくつかって言ってたけど、それはラトベニアの他の町にもあるんだよな?」

「ああ」

「それって全部でどのくらいの数があるんだ?」

「さあ、私は所詮使い捨ての駒だからな。正確な数など知るはずもない。それに私が属していた暗殺ギルドもそうだが、大抵の暗殺者ギルドはどこかの大きな組織の傘下にある。盗賊ギルドが上位組織になっていることが多いな」

「ふーん」


 ジークは相槌を打つと、ソーセージを一口囓った。

 

「それがどうしたというのだ?」

「いや、その盗賊ギルドって奴を一つ、手に入れてやろうかと思って」

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