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ゼロの住む世界

「姫様、姫様! いったいどうなされたのです? お顔の色が優れない。陛下は何を仰せになられたのですか?」

「皆様、(わたくし)の事を心配してくださってありがとうございます。少々悲しい出来事がありましたので。ただ、陛下からお聞きしたことを(わたくし)の口から言うわけには参りません」

「いったいどうなされたのです? 私どもでは麗しい姫様の悲しみに沈んだ心を、お慰めすることもできないのでしょうか?」

「皆様の心遣い、とても嬉しく思います。陛下の御言葉は遠からず皆様の耳にも届くでしょうから、それをお待ちになられてください」

「姫様、本当にお身体は大丈夫なのです?」

「大丈夫です。しばらく休めば、きっとすぐに良くなるでしょうから」

「そうですか。では姫様が一刻も早く笑顔を取り戻せますよう、私どもは神に祈りつつお待ちしましょう」

「ありがとうございます」


 ドレスの裾をつまみ、ユイリアはチョコンと一礼をした。

 貴族の若者たちはユイリアへそれぞれ会釈をすると、踵を返して戻っていく。その後姿を見送ってから、ユイリアはやっと自分の部屋へと入りほっと息を吐いた。

 やっと取り巻きを追い返した事で、今朝からの出来事で疲労の極みにあったユイリアは、扉を閉めた途端、ベッドへ走り寄ると身を投げ出した。


 ドレスにシワができるし、何よりも淑女としてはしたないこともわかっている。普段のユイリアなら絶対にしない行動だった。

 ポフンと柔らかくユイリアの小さな身体を受け止めたベッドの中で、王女は顔を伏せたまま大きなため息を吐いた。


(疲れた……)


 体力も精神力も、恐らくユイリアは同年代の子どもたちに比べて、格別に優れている。それでもまだ十歳の少女なのだ。

 義兄ジークベルトが王宮から自分の足で王宮から出ていった事に、強いショックを覚えていた。

 父はジークが重い病に掛かり、しばらく静養させる事にした表向き発表するつもりのようだった。


(いつからだろう? にいさんと話さなくなったのは……)


 昔はよく遊んでもらっていたことを覚えている。ユイリアはジークの事が大好きで、事あるごとに兄の後を追っかけていたように思う。

 物心ついた頃、ユイリアは王女がどういったものか周囲の大人たちの態度でなんとなく理解し始めていた。父と母、そして周囲の期待に応えるべく、一生懸命勉強した

 唯一、ユイリアが身体の力を抜いて素の姿に戻れたのは、ジークの前でだけだった。一日の勉強を終えてご飯を食べた後、眠くなるまでジークに遊んでもらっていた。


 それが何時の頃から、自分の周りに貴族の若者たちの姿が一人、また一人と増え始めた。ユイリアは王女として相応しい振る舞いを、彼らの前で続ける必要があった。そしてその取り巻きの人数が増えていくごとに、ユイリアが王女として振る舞わねばならない時間は増え、代わりにジークと接することのできる時間は減っていった。

 その上、どうやら自分の周りの人たちが、自分と義兄の接触を極力少なくさせようとしているらしいことに気づいた。

 気づいていたのだが、ユイリアにはどうすることもできない。彼女を囲む貴族の若者たちは、国内でも有数の力を持った家の子息ばかり。そんな彼らを王女のユイリアが蔑ろにしては、国王である父が困る。幼くして、その事を理解していたユイリアは、表情を取り繕い、彼らの事を受け入れざるを得なかった。

 そうしているうちに、ついには義兄自身もユイリアとの接触を避けるようになってしまった。


 ユイリアの安息の場所が失われてしまった。


 それでも月に数度、廊下で、庭で、ジークの姿を見かけることはある。

 同じ王宮に住んでいるのだから、いくら取り巻きの者たちがジークとの接触を避けようとしたところで、限界はある。

 決して声を掛けられる距離でもないが、ジークが視界に入ったとたん、ホッと心が軽くなるのに気づいた。

 本当に一瞬、周囲の誰にも気づかれないくらいに僅かな時間だが、ユイリアはその瞬間だけは素の表情を出せることに気づいた。

 その表情は決して笑顔でもなく、泣き顔でもない。ただ、目だけでジークへ訴えるだけ。


 寂しい、と。


 だが、ジークはユイリアの心に気付かず、すぐに立ち去ってしまう。その態度に悲しく切ない気持ちを覚えていたが、それでもユイリアはほんの僅かな時間でもいいから、ジークの姿をひと目見たいと思うようになっていた。


 そしていつか、以前と同じように二人で話せるようになりたい。

 そう願っていた。


 今はまだ、ユイリアと違ってジークは政務に携わっていない。だが、王族である以上はジークもいつか政務に携わる日が必ずやって来る。

 公務となれば取り巻きなど気にすることもなく、王族として互いに協力しあい、事にあたる日も来るはずだ。その日を楽しみにしていたのに。

 

 まさか、ジークが王位を譲るために王族であることを辞めて、王宮を出てしまうとは思わなかった。


(私は王位なんて全然望んでいなかったのに……)


 ベッドから起き上がる。

 ユイリアの部屋は王宮の高い位置にあって、部屋からは王都の様子が一望できる。


(この眼下に広がる王都の風景の何処かに、義兄はいるのでしょうか?)


 見えるはずもないとわかっているのに、ユイリアはジークの姿を探し求めた。



 ◇◆◇◆◇

 


 王宮でジークが姿を消した事が発覚する少し前。

 暗殺者ゼロの手引きで、ジークは王宮から抜け出すことに成功していた。


「おお! 久しぶりだなあ!」


 真夜中なので人気はなく暗闇に包まれていたが、目の前に広がる町並みを見てジークは思わず声を漏らしてしまった。

 この数時間後、ジークの姿を探し求めてユイリアが今いる辺りを眺めることになるなど、今の彼には知る由もない。


「おい、マスター。あまり大きな声を出すな。見張りの兵士に気づかれる」

「あ、ごめん。それよりもマスターって何だよ?」

「今の状況で、迂闊に名前で呼ぶわけにはいかないだろう? 私の雇い主だからな。そう呼ばせてもらおう」

「……まあ、いいや。確かにそうだね」


 王宮の前は大きな広場になっていて、その広場から伸びる街路に沿って立派な門構えをした大きな屋敷が立ち並んでいる。貴族街だ。

 当然、その門の前には夜番の警備兵が立っている。

 ジークとゼロの二人は、できるだけ濃い陰を伝うようにして街路を急ぐ。


「驚いた、足音が全然しない……」


 王都の主要な街路は全て石畳。ジークの履いている上等な革靴で走ったなら音がするはずなのに、まるで音がしない。


「私の魔術だ。『音無し』の二つ名は、この魔術から来ている」

「……なるほど、暗殺者向けだね。でもどうして会話はできるんだ?」

「術者と術の対象者との間だけ会話が可能になるようにしてある。でも音は消せても姿は消せないからな。兵士の多いこの辺りからは一刻も早く離れたい」

「うん」


 王宮の門から離れていけば、やがて門を構えた屋敷の数は減ってくる。通りの幅も狭くなってきた。平民の住む区域だ。

 

「ひとまず何処かに身を隠し、明るくなるまで待とう。それから服を買わねばな……」

「服?」

「マスターの服は、目立ちすぎるからな」


 ジークは自分の格好を見下ろし、納得した。

 ジークの身に着けているシャツとズボンは、一見して上等な布が使われているとわかる。何度か町へと出た時に見た平民の姿は、簡素なシャツにズボン。それにローブやマントといった外套を羽織った者が多かった。

 彼らの中に紛れ込むのなら、当然同じような出で立ちが必要になる。

 

「こっちだ」

 

 ゼロに連れられて幾度かの角を曲がると、やがて街路が石畳ではなく剥き出しの土となった。

 

「まさかとは思うけど、もう暗殺者のギルドへ殴り込みに行くわけじゃないよね?」

「まさか」

 

 先に立って歩くゼロが笑う。


「この先に私だけが知る潜伏先がある。そこへ向かうだけだ」

「なるほど」

「第一、私はギルドがどこにあるのか、そしてボスの顔すら知らないんだ」

「え? そうなの?」

「所詮、私は実行部隊に所属するただの駒に過ぎないからな。繋ぎ役を仲介して暗殺の依頼を受ける」

「そうなんだ……」

「だから拷問されたところで、依頼主が誰か吐きようがなかったわけだ。騙して悪かったな」

「それは別にいいんだけど……それなら、どうやってギルドを潰せばいい? 人を雇って刺客を返り討ちにしても、ギルドのボスが無事だったらいつまでも刺客に追われることになるぞ?」

「そのとおりだ。だからまずは、ギルドの本拠地とボスの正体を突き止めなければならない。だから、そのために一度繋ぎ役と連絡を取る必要がある」



 ◇◆◇◆◇



 それから数時間後、ゼロの姿は王都ラトルの地下に張り巡らされた下水道の中にあった。

 地下の下水道は、地上にある通気口の蓋から漏れる光しか光源が無い。そのため、ゼロのような訓練を積んだ人間でもなければ、歩くのは難しい。水路沿いに作られた道は(ぬめ)っていて、ほんの僅かでも足運びを間違えれば、全身で水浴びをしてしまうことになる。

 汚水から漂う臭気には慣れたが、かといって全身からその臭気を発したくはない。


 ゼロは慎重に、それでいて素早く下水の中を歩く。

 時折、立ち止まっては下水道の壁をナイフで削る。その作業の最中に、ピチャピチャと水の跳ねる音がした。

 暗闇に僅かな光でもあればその影を捉えられるゼロの目は、小さな影が幾つも行く手を横切っていくのを捉えた。

 ネズミだ。

 まっとうな人間であれば顔をしかめたくなるどころか、嘔吐したくなる環境の中にあっても生物はいるのだ。


(そんな場所に潜むことが当然のような暮らしをしていた私も、ネズミと変わらない生き物か)


 そう思い口を小さく歪めるようにして笑う。

 途端に唇あたりに痛みが走った。

 ジークにこっぴどく殴られてからまだ半日程度しか経っていない。

 あの後、腫れに良く効くという薬をあの変わった王子と一緒にいた老人から貰って塗り込んでいたが、完全に痛みが引くことはなかった。ただ、あれだけ殴られたなら、時間の経過とともにパンパンに顔が腫れ上がっていただろうから、今の顔の状態なら腫れに良く効くというのは本当のようだった。


(変わった王子様だ)




 ゼロは孤児だ。

 幼かった頃は、襤褸(ぼろ)を身にまとい、街中の残飯を探し回っていた。

 ラトベニアは豊かな国で、残飯は結構な量が出ていたが、それでも裏通りに捨てられた孤児たち全てを賄えるだけの量はない。

 時には子どもたちで残飯を奪い合い、殺し合いにまで発展することだってあった。殺し合いやっとの思いで得られた物は、しなびた野菜のヘタに皮。食べ残しの鳥や魚の骨。それでも常に飢えと戦っていたゼロにとっては、何物にも代えがたいご馳走だったように思う。

 そして生きる糧の奪い合いの戦いで、ゼロは強かった。

 同年代はもちろん、少し大きな子どもを相手にしてもゼロに敵う者はいなかった。

 ゼロの強さは子どもたちの間で少しづつ広まっていき、やがて大人たちの世界まで届いた。

 そしてゼロは裏の世界に身を置いた。

 裏の世界でゼロは技術を身に付け、やがて最も闇の深い場所で生きていくようになる――暗殺者の世界だ。


 その世界でも、ゼロは無敵だった。

 平民、貴族、軍人、商人、身分を問わずに幾人も殺し、時には敵対した同業者のギルドとも殺し合ったこともある。

 そして生き残ってきたのだ。

 だが、いくらゼロが凄腕の暗殺者として名を上げたところで、所詮は使い捨ての道具。一度でも失敗したならば刺客を送り込まれ、廃棄されてしまう立場だった。


(その私が、お城の奥でぬくぬくと暮らしていたはずの王子に負けた。しかも恩情を受けて、雇われの身となるとは……)


 一応、ジークが金銭を払いゼロは自由と王子に技術を渡すという契約が結ばれていたが、ゼロはただ恩情を掛けてもらったのだと考えていた。

 ただ、今の自分の身の上が不快かと言うと――面白いとしか思えなかった。


 あの変わり者の王子、ジークの誘いに乗った理由は、ただ命が惜しいからという理由だけじゃない。

 国中の者たちから才無し、ミソッカスと呼ばれていたはずのジークは、自分を圧倒するほどの力を持っていた。その上で、己の評価を貶めてまで優秀だという妹のために泥を被り、そして王族の地位すらも捨てると言う。さらに、その妹を守るための力を得るため、ゼロに暗殺者としての技術を教えてほしいと頼み込んできた。

 ゼロは今まで常に命令される立場だった。それが生まれて初めて頼まれるという立場を味わった。

 この瞬間、ゼロの心に王子の行く末を見てみたいと思いが沸き起こったのである。




 前方に明かりが見える。

 地上にある通気口の蓋から差し込んでいるような、頼りない光ではない。

 ランプか魔術による明かり。その明かりの場所こそゼロの目的地だ。

 明かりは下水道の壁を長方形の形にくり抜いた入り口から漏れている。中は正方形の形の部屋で、大昔、この下水道が造られた時に作業員たちが寝泊まりしていた部屋だった。

 部屋に近づくと、下水の臭いに混じって嗅ぎ慣れた匂いが鼻を突いた。血の臭いだ。

 部屋の中には男が二人。二人ともに黒い服に身を包み、部屋の奥にしゃがみ込んでいる。

 

「おい」


 声を掛けると、二人とも一瞬身を固くする。


「何だ、ゼロか」

「ちっ、驚かすんじゃねーよ」


 声を掛けて部屋に入ってきたのが仲間のゼロだと知って、二人はすぐに緊張を解いた。

 この男たちはゼロが所属する暗殺者ギルドのメンバーだ。

 しかしゼロと男たちが交わす視線には、好意や仲間意識といった色合いはひとかけらも混じっていない。

 

「ち、相変わらず気配の一つも感じさせない女だな。気味が悪いぜ……」

「音無しとはよく言ったものだ。おい、ターゲットは殺ったんだろうな?」


 唐突に現れたゼロの気配にビビってしまった事を隠すため、二人の男は必要以上に高圧的な態度を取っているが。

 

「当然だ。今まで私が仕留め損ねたことなどあったか?」


 ゼロはサッと軽く一瞥をしただけで、淡々とした口調で吐き捨てた。


 この二人は、ゼロの殺しの見届け人兼監視役。そして、ゼロが所属する暗殺者ギルドのボスとの繋ぎ役でもある。

 ボスは用心深い。

 当然だ。

 依頼主が別に存在しているとはいえ、殺しを実行するのは暗殺者だ。被害者の恨みは依頼主だけでなく、暗殺者へも向けられる。そして時には依頼主ですら、秘密を守るために、暗殺者の口封じを画策することだってある。

 ボスの正体と居所を知るものは、暗殺者ギルドの中でもごく一部の者たちだけの最重要機密。

 当然、使い捨ての道具に過ぎないゼロは、ボスの素性も居所も知らなかった。

 暗殺者ギルドをジークと組んで潰すには、まずボスの居所を探る必要がある。

 そのためにジークが生きていることが露見しているかもしれないという危険を承知で、わざわざ繋ぎ役と接触を図ったのだ。

 

 男たちの足下を見る。

 漂う血の臭いから予想していたとおり、そこには僅かな衣服すらも剥ぎ取られ、身体をずたずたに斬り裂かれて血に(まみ)れた年端もいかない若い娘が横たわっていた。

 薄い胸は――動いていない。

 どうやらすでに事切れているらしかった。

 ゼロは娘の遺体から直ぐに目を背けると、すぐにフンッと息を吐き出した。


「その股間の粗末な物をさっさとしまって、ボスと依頼人に連絡をつけてくれ。依頼人へターゲットを殺ったと報告しなければ、金を貰えないんだろ?」

「報告するのは、ちゃんとターゲットを始末したことが確認取れてからだ」

「確認を取るだって? なあ、私が王子を始末したのは何時(いつ)の事だと思う?」


 バツが悪そうな顔をしてズボンを履き直していた男へ、ゼロは嘲笑を浮かべてみせた。


「場所が場所だ。依頼人の耳にはもう届いているかもしれないな。だがボスの耳に届くには早い。万が一、追跡されないようここへ戻るまでに時間を要したが、ターゲットを仕留めたかどうか、確認を取れるだけの時間はあったはずだな?」

「…………」

「報告が遅れた理由が、女を連れ込み、犯し、殺し、玩具にしていたため――か。ボスが納得してくれると良いな」

「………………くそっ、わかった。ボスに報告しよう。でも確かにターゲットを始末したんだろうな?」


 再度の確認にゼロは鋭い目に冷たい光を宿らせたまま、唇の端を上げただけで答える。それを見て、声を掛けた男は身を翻すと、部屋の外へと出ていった。

 ゼロとは違って、バシャバシャと水音混じりの足音が下水道内に響く。

 やがてその足音が小さくなり聞こえなくなった頃、ゼロは静かに椅子から立ち上がった。


「おい……」


 立ち上がったゼロへ男が声を掛ける。


「どこへ行くつもりだ? ここで待っていろ」

「用足しもここでしろ、と?」

「そうだ。お前も知っているだろう? ボスと俺たち繋ぎ役が接触を取る時は、監視役の指示がない限りその場で待機。それがギルドの掟だ」

「知ってるさ」

「ふん。第一、恥ずかしがることもないだろう。別に綺麗な身体と言うわけでもないんだろう? 用足しならここでしろ」 

(ふん、下衆が。顔に考えが丸出しだ。これでギルドの幹部の一人だって言うんだから笑わせる)


 ゼロのあられも無い格好を期待してか、顔に下卑た表情を浮かべた男へ内心で罵倒する。


「用足しというのは冗談だ」

「冗談?」

「ああ、やっと連れが到着したみたいでね。出迎えようとしたところなんだ」


 そう言うと同時に、部屋の中へ一人の人物が現れた。


「暗いし、足下は見えないし、天井から水が滴るし、臭いはとんでもないし……、まったくとんでもない場所だ」

「そのとおりだ。でも、私の技術を学びたいというのなら、まずは私たちが住む世界を知ってもらわなくてはならない」

「そのとおりだね」

「おい……」


 男が二人の会話を遮った。


「これは何の冗談だ? ゼロ、こいつは……」


 ゼロと親しげに会話を交わす人物、男たちの標的だったはずのラトベニアの第一王子ジークベルト・ラ・ラニ。


「貴様! まさか裏切りを……!」

「私はボスへ報告に行った奴をすぐに追う。あまり距離を離されてしまっては、私でも追いつけなくなるからな」

「うん、了解」

「待て! ゼロ! クソアマぁ! そのまま生かすと思うか!」


 ゼロの後を追おうとした男の前をジークが遮る。


「……何のつもりだ? 王宮の中でぬくぬくと過ごしていたガキが、俺の相手になるとでも? 舐めるな!」

「言っておくが」


 男の言葉に部屋の入り口を出たところで、振り向いたゼロが愉快そうに笑った。


「その王子様は、私を圧倒してみせた。舐めているのはどっちかな?」

「……なに?」

「君は見逃してあげる理由は無さそうだね」


 その言葉が聞こえると同時に、男は顎を跳ね上げられて――そのまま意識を失った。




 その日から数日後。

 とある商会の倉庫から火が出た。

 その倉庫に火の気配は無く、時間帯も人気の無くなる深夜。だというのに、焼け跡からは幾つもの死体が見つかった。

 当然、死体は倉庫の持ち主である商会の関係者だと思われたが、商会の従業員たちに失踪者は一人もいなかったという。

 やがて死体は路地裏にいる浮浪者のもので、夜の寒さを凌ぐため商会の倉庫に忍び込み火を使った結果、誤って失火をしたのだと結論付けられた。

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