(仮)
「とりあえず、このエストアは町を仕切る盗賊ギルドと近辺の海賊団による激しい争いが行われている。そんなところに新しい勢力を築き上げるにはどうしたらいいと思う?」
「まずは人だな……私たち二人ではどうしようもない。それには結構な準備金も要るのではないか? 拠点を作るにも、食事を得ることも、抗争に備えて武器を調達するのにも、何をするにもまずは金だ」
「そうだね。その資金に関しては心配ない。僕が持ち出してきた財はそれなりのものだ」
「人を集めても、組織として運用するには時間も必要だぞ?」
「そのことに関してもちょっと考えがあるんだ。だからそれはひとまず置いておいて、今度は立ち上げたギルドを存続し続けることはできると思う?」
「難しいだろうな」
ゼロは即答した。
「エストアにはランティーニの『偽りの灯火団』を始めとした幾つかの既存の盗賊ギルドが存在している。彼らが新しいギルドの設立なんて認めるはずもない。すぐに潰されるのがオチだと思う」
「そうなんだ。ギルドを設立するのはそう難しい話じゃない。でも、そのギルドを存続させ続けるのが難しい。じゃあ、ギルドを存続させ続けるためには何が必要だと思う? 金? それとも人?」
「……いや、違う」
資金があれば確かに人も集められるし、武器だって揃えられる。だが、備えた武力以上の暴力には抗えない。資金を奪われてしまえばどうしようもない。人だって、脅してしまえば金を幾ら出した所で寄り付こうとしない。
必要となるものは――。
「戦力、自衛力――そのギルドに属している者に手を出したなら、ギルドが黙ってはいない。必ず報復を招くと思わせる力」
「つまり手を出せば互いに無事ではすまないと相手に思わせるだけの力を持てばいいんだ。そうすれば僕たちの庇護下に入りたいと望むものたちをギルドとして守ることができる」
「マスターの言うことはわかる。でも現状、私たちは二人だけ。私も戦闘技術には自信があるし、マスターの魔術も大したものだ。だがそれだけでは、ギルドを設立し存続できるだけの力になるとは思えないのだが?」
「なら自衛できるだけの戦力を集めればいい」
ジークは何でもない事のようにさらりと言ってのけた。
「集めると言っても……それもまた金で人を集めるのか?」
だが、金に釣られて集まっただけの人材では戦力と呼べるだけの力を持つことができるだろうか。
確かにエストアの町の盗賊ギルドは、王都にあるギルドに比べてそれぞれが規模も小さい。が、それなりに抗争にも慣れている。暗殺者ギルドだって抱えているだろう。
とても他の盗賊ギルドに対抗できるとは思えない。
「まあ、お金で人を集めることには間違いないんだけど、わざわざお金を出して素人を集める必要は無いよ」
「どういうことだ?」
「最初から戦闘の専門家を雇ってしまえばいいのさ」
「まさか傭兵を……?」
「明日からゼロの目から見て腕利きだと思える傭兵を探してきて欲しい。それもこの町周辺に拠点を置いた傭兵団ではなくて。誰か心当たりは無いかな?」
「それなら丁度、数日前に帰港した交易船の護衛に『荒鷲』のオーウェンがいたという噂を聞いた」
「『荒鷲』のオーウェン?」
「昔ある貴族を暗殺してくれと組織が受けた事があったが、目標の貴族を護衛していたその男と率いていた傭兵団の前に、暗殺者たちは全員殺された」
「へえ」
ゼロの所属していた暗殺者ギルドの刺客を返り討ちにしたとあれば、腕前は期待できそうだ。
「じゃあ、その彼に接触してもらえる?」
「承知した」
◇◆◇◆◇
「ここか?」
酒場を兼ねた宿屋の扉を開けると、昼間から酒を飲んでいた男たちの目が一気に集まるのを感じた。
客の多くは船乗りたちだろう。
誰もが肌は赤銅色に焼けていて、シャツから覗く腕は太く、胸板は厚い。
腰には船上用の刀カトラスを帯びているもの多く、酔いが進んで喧嘩でも始まれば、血を見ることがあっても不思議ではない者たち。
エストアの近海では凶悪な海賊団が多く出没するが、交易船に乗る船乗りたちとて時には海賊どもを返り討ちにしてしまう、彼らに負けず劣らず腕っ節に自信を持つ海の男たちなのである。
そんな彼らをして、今しがた酒場に入ってきた男には瞠目せざるを得なかった。
歳は五十に近いが、老いを感じさせない二メートル近い体躯に無駄を一切感じられない筋肉。
灰色の目は穏やかだが、その眼には強い意志の光が宿っている。
背に担いだ大剣を見れば陸を得意とする傭兵のようだが、その隙の無い身のこなしを見れば船乗りたちの土俵である船上であっても相当腕が立つだろう。
下手に関わらないほうが良い。
血の気の多い船乗りたちをしてそう思わせるこの男こそ、傭兵団『荒鷲』を率いる男――オーウェン・ウィルソンだった。
ある交易船の護衛として三月に及ぶ航海を終えてエストアの町に上陸、骨休みをしていたオーウェンに一人の娘が仕事を持ちかけてきた。
黒髪黒目のまだうら若く美しい娘。
その娘の『ゼロ』という名前にオーウェンは聞き覚えがあった。
『音無し』のゼロと呼ばれる、近年ラトベニア王国を中心に名を聞く凄腕の暗殺者。
護衛任務を受けることの多い傭兵は、裏の世界の事情にももちろん通じているが、裏の世界のさらに闇に潜む暗殺者たちについての情報はさすがに乏しい。
そんなオーウェンの耳にも届くほどの実力を持つ暗殺者、『音無し』のゼロが接触をしてきたこと、そしてその正体が美しい娘であったことにも驚いた。
興味を抱いたオーウェンは、ゼロの持ってきた話を聞いてみることにした。
美しい娘とはいえ暗殺者。
油断はできない。
『荒鷲』のオーウェンといえば、近隣諸国に知れ渡る大物傭兵の一人で、その首は一国の将軍格にも匹敵する。
オーウェンの首を取って名を上げようと考える愚か者の罠かもしれない。
しかし『音無し』のゼロを見てオーウェンは、腕は立つが自分には及ばないだろうとひと目見てわかった。
彼女程度であればいくらでもあしらえる自信があった。
暗殺者は闇に潜んでいてこそ脅威であって、正面から戦えばオーウェンの敵ではない。
そこで堂々とゼロに指定された宿屋へと、足を運んできたのだ。
宿の主人に指定された部屋の番号を尋ね、二階へと上がる。
部屋の扉はありふれた宿の部屋に見える。
人の気配を窺うと、部屋の中には人が一人だけいる様子だ。
オーウェンの気配感知をかい潜れるような猛者はそうはいない。
(いや、『音無し』ならできるか? もしも待ち伏せだったら面白ぇんだがなぁ)
そんなことを思いつつ、ドアをノック。
「オーウェンという者だが、入ってもいいかね?」
「ああ、待ってたよ」
部屋の中から返ってきた声は若い男の声。まだ少年くらいのもの。
訝しみながら部屋に入ると、そこには十代半ばの少年が椅子に腰掛け、その傍らにはゼロが立っている。
(やはり一人じゃなかったか)
気配を感じ取れなかったのは『音無し』だろう。
自分の予測が当たったことに満足しつつも、その高名な暗殺者がどういうわけかその少年に対して恭しく接しているのを見て好奇心が頭をもたげた。
この少年こそが依頼主なのだろう。
「あんたかい、俺を雇いたいってのは。護衛かい? それとも戦争かい?」
そうオーウェンが尋ねると、ジークはニヤリと相好を崩す。
「戦争かな。この町の周辺に蔓延る海賊を潰す。そのためにあんたたちを雇いたい」
「ほう?」
エストア近海の海賊どもの凶悪ぶりはオーウェンの耳にも届いている。
その手口には死を身近に感じる傭兵たちであっても眉をひそめたくなるもので、海賊どもを潰すという話に別に依存は無い。
ただ――。
「奴らは狡猾だ。この町の連中はもちろん、ラトベニアの海軍にも殲滅はできなかったと聞いたが? 確かに俺と俺の部下たちは腕は立つと自負している。そこらの海賊どもに負けるはずもない。だが、それは戦うことができればの話だ。奴らの拠点に襲撃を仕掛けても、いつだって逃げられていたと聞いたぞ」
「噂に聞く傭兵団『荒鷲』なら、ね」
「ふん、大層な自信だな。話を詳しく聞こうじゃないか」




