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港湾都市エストア

勇者様のお師匠様第VII巻が4月28日に発売されます! この巻で完結です!

どうぞよろしくお願い致します!

 王都の市壁の外には、廃材や布を利用して作った小屋が立ち並び、市民税を払えない民たちが不法に居住する貧民街が広がっている。

 その王都と同じように、この港町エストアも市壁の外まで町が広がっていたのだが、エストアが王都と異なっている点は、市壁外にある建物が煉瓦や石灰岩など材質も色も高さなどもまちまちだが、市壁内と遜色ない建物が建ち並んでいる点だ。多くの建物は一階が店舗として利用されていて、木製の看板や布で作られた旗が吊るされて、大いに活気に満ちている。

 通りの道は王都と違って土がむき出しになっていて、雨も降っていないのにところどころ水溜りができている。それを不思議に思って見ていると、往来を忙しく行き来している馬車の一台が、ジークに答えを教えてくれた。

 馬車に積まれた樽からバッシャバッシャと盛大に水がこぼれ落ちていて、水溜りを作っているのだ。そして馬車が水を飛び散らす度に、なぜか後ろをついて歩いている子どもたちがキャイキャイと楽しげに騒いでいる。

 

「港から魚を運んでいるんだ」

「へぇ」


 ジークの腰に捕まって馬に乗っていたゼロが耳元で教えてくれた。

 あの樽の中には、生きた魚が入っているらしい。

 なるほど。

 馬車の後ろをついて歩く子どもたちは、樽の中から魚がこぼれ落ちやしないかと期待しているのだ。

 大きな傘を通りに出して、木製の机や椅子を置いて食べ物を出している店もある。新鮮な魚介類が、焼かれ、スープになって煮込まれていて、良い匂いを周囲に撒き散らす。

 ちょうど昼時なせいか、そうした店には多くの人々が群がっていて食欲を満たしていた。


 王都とは違って雑多な雰囲気。

 だが、ジークにここが王都ではなく、初めて来る町なのだと本当に実感させてくれたものは、市壁を潜った途端に鼻をくすぐった匂いだった。


「ジーク君は、エストアは初めてだったか。これが潮の香りだよ」

「潮の香り?」


 初めて嗅いだ匂いが何なのか見当がつかず、眉根を寄せて考え込んでいると、隣で馬を進ませていたレオナルドがそう教えてくれた。


「この大通りをまっすぐに進みますと、海に突き当たりますの。そこには港があって、大きな船もたくさん停泊していますわ」

「それは見るのが楽しみですね」


 ジークの答えにレオナルドの娘、リディアが微笑みを浮かべて頷いた。

 襲撃を受けて馬車が横転した衝撃で意識を失ったリディアは、一晩眠り続けた後で目を覚ました。

 リディアが意識を取り戻すのが遅れたのは、頭を打った衝撃などではなく、どうやら極度の恐怖を味わったことによる精神的疲労の影響が大きかったらしい。目覚めた時にちょっと恐慌状態に陥りかけたものの、父親が慰めているうちにすぐに落ち着き、助けてくれたのがジークとゼロだと知ると二人へ丁寧にお礼を述べてくれた。

 その物腰からリディアの育ちの良さが窺えた。

 そしてレオナルドの操る馬に同乗して、エストアまで帰ってきたのである。


 市壁の門前には馬車が連なり、脇道にも多くの徒歩の者たちが列をなして身分証と荷物を検められていた。


(マスター、身分証とか持っているのか?)

(身分証?)

(商人なら商業組合が、職人なら各職人ギルドが発行している証明書だ)

(そんなの僕が持っていると思う?)

(………………)


 ジークの返答にゼロはどうしたものかと思案する。

 確かに本来のジークの身分からすれば、身分証なんてものは必要ない。

 エストアはラトベニア王国の都市の一つで、王族たるジークに対して門を閉める事など絶対にありえない。 

 ただ、それはジークが王族として訪れたならであって、身分を隠している今は身分証がなければ門を通ることは適わない。

 暗殺者ギルドに属していたゼロには、薬商という偽造した身分証を持っている。毒にも薬にもそれなりに通じていて、実際荷物として幾つか薬類を持ち歩いているので、何かあったときに言い訳しやすいからだ。

 精巧に作られたその身分証があれば、ゼロは門を通るのに何も問題がないのだが――。


(どうしようか?)

(この町の盗賊ギルドが管理する抜け道があるはず。そこからなら、マスターも町へ入れると思う)


 堅牢な市壁に囲まれた町であっても、大抵地下を掘って作られた道や、壁を一部壊して作った道が存在する。その入口は裏社会を牛耳る盗賊ギルドが管理していて、定められた金を払えば自由に通行できる。

 門で身分証を持っていないことを見咎められる前に、レオナルドたちと別れて裏道から町へ入ったほうがいいと二人は決めた。

 ところが。

 別れを切り出す前にレオナルドとリディアを乗せた馬は、並んでいる馬車や人を無視してさっさと門まで歩いて行く。

 当然、門を守る役人たちも近づいていくる馬に気づいたが、レオナルドが片手を挙げて挨拶すると、役人たちは居住まいを正しさっと敬礼をした。

 レオナルドも役人たちの態度をさも当然といった感じで、他の人が検められている横を抜けて門の中へと入っていく。そしてジークとゼロも、レオナルドの連れとしてあっけなく通行を許された。


「少しは……恩返しになったかな?」


 門を通過して少しした所で先を行っていたレオナルドが振り返って言った。


「ああ、なるほど。僕たちが身分証を持っていないこと、わかっていらしたんですか?」

「わかっていたというか、まあそうではないかと思っていたんだ。ジーク君は、エストアは初めてなんだろう? 見たところ下層階級の出身という感じでも無さそうなのに、街道を行かずに裏街道を通っていたということは、身分を偽っているのではないかと思っただけだ」

「……正直助かりましたよ」


 レオナルドの推測を特に肯定も否定もせず、ジークは礼を述べる。


「いや、この程度の事。命を助けてもらった恩に比べたら、小さなものだ。私と娘がエストアに帰りつけたのは君たちのおかげだよ。本当にありがとう。ところで、君たちは本当に腕が立つ。もしよければこのまま私の所で働いてみないか? 給金はかなり色を付けてもいい」

「いえ、ありがたいお言葉ですが……この辺りで僕たちは失礼させてもらおうかと」

「うちも手練れの部下を失ってしまって、君たちの腕ならばと思ったのだが……そうか」


 ジークがレオナルドの申し出を断ると、残念そうな表情を浮かべて見せてレオナルドは軽く笑った。


「ではここでお別れだな。もしもしばらくこの町に滞在するなら、何か困ったことがあれば私の屋敷に来てくれたまえ。私はこの町では多少顔が利く。ランティーニの名前を出して人に聞けば、私の屋敷はすぐわかるはずだ」

「ありがとうございます。では、もしもというときは遠慮なく頼らせてもらいます」


 ジークはレオナルドと固く握手を交わした。


「ジーク様、ゼロ様。旅の間、本当にお世話になりましたわ」

「リディアさんもお元気で」



 ◇◆◇◆◇



「これからどうするのだ? マスター」

「ひとまず、仕事探しかな?」


 ゼロの問いかけに、人混みの中へと消えていくランティーニ親子を見送っていたジークはそう答えた。


「マスター、仕事ならランティーニの所で良かったんじゃないか?」

「考えがあるんだ、でも仕事の前に海が見たいぞ」

「海?」

「ああ、見たこと無いんだ。港に行くくらいの時間はあるし行こう」


 そう言ってジークはさっさと歩き始める。

 仕方なくその後を追ってゼロも歩き始めた。

 ゼロはジークに聞きたいことがあった。

 それは以前、ジークが口にした一言。


 ――盗賊ギルドって奴を一つ、手に入れてやろうかと思って。


 その後、エストアを目指すことにしたのだが、あれからジークはあの一言について何も語ることは無かった。


(盗賊ギルドを一つ、手に入れるとはどういうことだ?)


 盗みなどの行為はもちろん、詐欺、誘拐、密猟、殺し、盗品や人身の売買など、様々な不法行為に携わる者たちを保護する非合法組織。それが盗賊ギルドだ。

 非合法の組織なのだが貴族や商人といった町の有力者が、盗賊ギルドへ契約料を支払って保護や情報の売買、違法な物品の売買といった取引きをしていることもある。

 そして組織の傘下には盗賊はもちろん、暗殺者、傭兵などを抱えていて、個人では立ち向かうことは不可能といえる大きな軍事力を持った組織だ。


(盗賊ギルドを一つ手に入れるとは、組織を乗っ取るつもりなのか? どうやって? 相手は組織。王国軍を指揮してというなら話は別だが、その場合はギルドの壊滅が目的であって手に入れるとは違うだろう。どうするつもりなのだ?)


 頭の中で考えを巡らせるが、さっぱりわからない。

 前をのんきに歩いているジークに問いかけようと何度も思ったが、周囲は人が多く、迂闊に口を開くわけにはいかなかった。

 盗賊ギルドは、どこに耳があるのかわからないのだ。

 その辺を歩く通行人、商人、旅人の中に変装した盗賊ギルドの構成員が混じっているかも知れない。物乞いなどには間違いなく盗賊ギルドの息が掛かっている。

 彼らの耳に万が一、盗賊ギルドを手に入れるなどと話が入れば、即殺されはしないまでも探りを入れられることは間違いない。

 そしてゼロは王都にある暗殺者ギルドを裏切った者で、ジークは失踪したこの国の第一王子。

 このエストアの盗賊ギルドがどの程度の規模にあって、王国へ喧嘩を売るような真似をするかまではわからないが、何らかの利用価値を見出して利用しようとは考えるかもしれない。

 最低でも監視は付けられるだろう。

 そうなるのは避けたい。


(せめて私が堅気でない事を見破られないよう、気をつけて行動しておこう)


 良いとこのお坊ちゃんにしか見えないジークはともかく、ゼロは暗殺者という職業柄、常に周囲の気配を探ってしまう癖がある。

 出来る限りその癖を無くし、周囲を歩く一般人に紛れるようゼロは己に言い聞かせたのだった。




 エストアの市壁内は市壁外とは違って、通りが全て王都と同様石畳で作られていた。

 道の真中をほんの僅かだけ高くして傾斜を作り、道の両端にある側溝へ水が流れるようになっている。

 市壁外で見たように、港町ということで魚を運ぶ際に海水が(こぼ)れることが多いのだろう。溢した水が側溝へ流れやすいようにしてあるのだ。

 また、波が高い時には町まで潮が上がってくるのかも知れない。実際、通りの両端に隙間なく建ち並んだ建物の壁には、幾本かのラインが残されている。

 これは高潮でそこまで潮が来たという痕跡だと話を聞いた。

 ちなみにその話をしてくれたのは、タコの足を鉄板の上に油を引き、ニンニクと焼いていた店主の親父。


「タコってこれか。なるほど、八本の腕ね……。ゼロが笑っていた理由がわかったよ」


 まだ生きているタコを見せてもらって、ジークは口元を抑えて笑っているゼロを半眼で見た。


「確かに本物の腕みたいに関節があるわけじゃないし、僕の魔術はウネウネと動かせるけど……あ、これ美味い」


 食べてみると心地よい歯ごたえと一緒に、ニンニクの香ばしさにタコのわずかな甘みが口の中へ広がって美味しい。


「タコは獲物を腕で絡め取ったり、固い貝殻をこじ開けたりするのだそうだ。マスターの術そのものじゃないか」

「僕は別に貝殻をこじ開けたりはしないよ」


 ゼロも焼けたタコが盛られた皿を受け取ると、タコを串に差して頬張る。


「ちなみに俗語で相手をめちゃくちゃに殴り続けることを、『タコ殴り』とも言う。まさにマスターの術そのものだろ?」


 ジークを暗殺しようとした時、ゼロは見えない腕で四方八方から全身を殴打――それこそタコ殴りにされたのだ。


「うーん、そこなんだけどさ。僕の術って君が言うように殴りまくって相手を無力化することはできるんだけど、即死させるような殺傷力はあまり無いんだよね。どうしたら良いと思う?」

「殺傷力……?」


 ゼロにしてみれば、今のジークの術であっても十分殺傷力はあるように思った。例えば、首の骨を折るなど。四肢を押さえつけられて、首に負荷を掛ければ折ることは容易くできそうだ。


「例えば、大きな肉食性の動物や大型の魔獣だと、押さえつけることも難しいし、首の骨を折ったり締めたりするのも難しいでしょ?」

「では、刃物を持ってみるとかどうだろう? マスターの術は本物の手のように扱えるんだろう?」

「刃物を持つと、見えないっていう利点を捨てることになるよ」

「なら刃物に糸を繋げればいい」

「糸?」

「頑丈な糸を刃物に結ぶんだ。それで糸の逆側をマスターの手に結ぶ。そうしたら敵は、マスターがまるで糸を使って刃物を操っているように思うのでは?」

「なるほど。糸か……ちょっといいかも。考えてみることにするよ」

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