第46話 I love you.
今日は珍しくバイトのお迎えが二人だった。
兄はともかくタキさんまで。
「もうそんなに警戒する事無いですよ」
「いや、何があるかわからん! 妙な虫が付くことだってありえる」
と兄が言うものだから、タキさんはハの字眉になって「たははは」と力無く笑うのだった。
「それじゃ、店長お先に上がらせて頂きます。ミミュさんフィル姉ぇお疲れ様でしたー」
「おつかれ、また明日も頼むぞー」
「コトネまったねぇ~」
「お疲れ様、気を付けて帰ってね」
それぞれに送られて店を出る。
真夏は過ぎたとは言えまだまだ暑い盛り、通気性の悪い衣服は熱がこもる。
胸元をパタパタやって風を送り込んでいると、兄がタキさんと私の間に割って入る。
「暑いので、お兄ちゃん離れてくれませんかね」
「そんな…ヨヨヨ」
少し邪険にした程度で、大げさに悲しむ振りをする。
タキさんの同情を買うのが奴の手だったか。
さっきまで明るかったが、日が落ちて急に空が黄昏はじめる。
西の空は真っ赤で、東の空は濃紺のグラデーションが美しい。
なんとか、私とタキさんの真ん中に居座る木偶の坊をどかしたいものだ。
そんな事を考えていたら、タキさんが珍しく日本語で話しかけて来た。
「月が綺麗ですね、コトネさん」
首を振って周りを見渡すと、東の空に満月が出ていた。
しかし、この世界では月ではなくルネルと呼ぶのでは? と考えてピンときた。
そうか、夏目漱石か! 兄のブロックを無効化する方法を谷口先生に聞いて来たんだな。
私死んでもいいわ、と返したいけど不自然過ぎて兄が気づくかもしれない。
「ずっと、見ていたいですね」
と、私は返した。
「いや、ずっとはムリだ。日本に帰らないと行けないからな」
ぐっ、兄は理解ったうえで言ってるのか理解ってないのが微妙な反応返してきた。
バレたらその時と意を決して、
「私、しんでもいいわ」
と言ってみた。
「えっ、なんでぇ。俺なにかまずいこと言ったか??」
兄の反応からするに、理解ってなかったらしいな。
タキさんは耳が真っ赤になって、黙りこんでしまったので言うまでもなく伝わった事が確認できた。
しかし、兄にはバレなかったが、先生には確実にバレてるなこの状況。