第44話 お見舞いに来た
ジョーカーとの死闘があった次の日、私と兄とタキさんは3人で見舞いに来ていた。
「いやぁ~すまないねぇ。わざわざお見舞いだなんて」
タキくんの師匠ナブォさんが言う。
ここは王立病院の個室、ベットに横たわっているがナブォさんはとても元気に見える。
「もうヒールで回復したから出たいって言ったんだけど、毒の検査とか感染症の危険があるからって出してくれないんだよねぇ」
「師匠は病院嫌いですからね。折角なので徹底的に検査して、悪いところ全部治してもらってはいかがですか?」
「こんにちは、ナブォさん。御加減はいかがですか?」
私が花を持って現れると、パァと明るい顔をして、
「いやぁ、お嬢ちゃんの止血で助かったよ。それからクラスメイト全てを助けられなかったことは、すまないと思っているよ」
ナブォさんはタキさんに向き直り、
「タキ、頂いた花を活ける花瓶をもらって来とくれ」
「はい、師匠」
タキさんが部屋を出て行くと、また私に向き直り、
「もう一つ、元に世界に戻る方法は私が必ず探して来るから、そうタキにも伝えておくれ」
そう言うと、ベットから起き上がり窓枠に足を掛けたかと思うと、そのまま外に踊り出て去ってしまった。
しばらくして、花瓶を探してきたタキさんにその事を伝えると、
「また師匠に置いて行かれた!」
どうも、毎度置いて行かれているらしかった。
次に私達はルルさんの見舞いに訪れた。
病室には先客のウィリアムくんが居た。
「こんにちは、具合いはどうですか?」
「いらっしゃい、コトネに亮介、タキも…タキはなんで落ち込んでるの?」
「あはは、色々あってね」
と、私は返事を濁す。
ルルさんは、ベットから身を起こすと
「お見舞い、ありがとうございます。なんのお構いもできずメイドとしては心苦しいのですが…」
「ほっとくとルルはすぐお茶を入れに行こうとするんだから、たまにはじっとしてなよ」
と王子様自らがお茶を入れてくれるのだった。
「昨日のうちに谷口が謝罪にきたよ、まっ一発殴って許したけどね」
意外と王子様ワイルドでいらっしゃる。
「それでウィリアムくんの右手に包帯が巻いてあるのね」
よく見ると、昨日の戦闘では無事だった右手に包帯が巻いてあったのだ。
「殴ったほうが怪我したのか、それはヒール下さいとは言い難いね」
この世界に来て早々と馴染んでしまった兄も、追い打ちをかける。
「二人共、そこは見てない振りするのが礼儀でしょ。兄妹そろって空気読まないんだから」
ぶつくさ言いながら不貞腐れる。
そんな子供っぽい仕草をする彼と、昨日のルルをかばった凛々しい活躍の彼と、どっちが本物なんだろうと私は考えてしまう。
その後暫らく談笑して病室を後にした。
今回外傷はほとんど無いものの、一番の重症は彼だろう。
谷口先生の病室の戸をノックすると、中から「どうぞ」とだけ声がした。
「やぁ、今回は迷惑をかけたな。本当にすまない」
「先生…、お体は大丈夫ですか?」
「ああ」
兄はこんな時、無神経を装って直球で訪ねる。
「なにがあったんですか? 先生ほどの精神力でたやすく操られたとは思えないのですが」
「ああ、遅かれ早かれ話さなきゃならん話だ。順を追って話そう…」
そうして、先生の懺悔めいたお話が始まるのだった。
「おれは4年前、中学2年生になる笹の担任だった。
そして、奴は不登校だった。
俺は何日も家に通い、説得して学校に出てくるように仕向けたんだ。
不登校期間があった笹は、学業が遅れ気味なうえコミュニケーションも苦手で、クラスでは浮き気味な存在だった。
そんな笹の世話を焼いてくれたのが、そのクラスの学級委員、遠藤恵と言う女生徒だった。
半年ほどして笹は、そんな遠藤に惚れたらしく告白したが、フラれたらしい。
そこから笹の遠藤に対するストーカー行為が始まり、遠藤から相談を受けた俺がストーカー行為を辞めさせた。
二人は1年半後卒業した。
ここまでが、俺の知っていた二人だった。
そして、高校になった遠藤はまたも笹のストーカー被害にあっていた。
そして遂に、高校2年のゴールデンウィーク前に、遠藤恵は笹喜多郎の手で殺された。
殺された彼女は、この世界に不完全に転生した。
肉体を持たず、スキルと精神だけを持ちあわせ、下級悪魔に寄生するように転生したのだ。
彼女は笹への復讐のため、悪魔の精神を乗っ取り、元の世界からの召喚と言うスキルを行使し、笹を呼び出したと言うのだ。
その彼女が名乗ったのがジョーカーと言う名前だった。
そのことをジョーカーから告げられた時、俺は逆らえなくなっていた。
俺には遠藤を救う機会があった、そもそも俺が笹の世話を任せなければ遠藤は死ななかった。
そうして、気がついた時には彼女の手駒になっていたわけだ。
おそらく、笹を殺した時点でジョーカーはもう転生しない。
だから、日本に戻る手立ても、おそらくは失われた。
すまない、お前たちは巻き込まれただけなのに…」
「…」
私も兄も、何も言えなかった。
先生を責めるのはお門違いとは解っていた、でももう帰れないと言われたことがショックだった。
誰も病室の重い空気を破る一言が出なかった。
「僕が必ずあなた達を帰します」
意を決したタキさんは、重々しい言葉で宣言した。