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第37話 兄妹

 昨日私が寝た後、騒いでいたのはやっぱり兄だった。

 暗示を解いてもらった後、私が笹に殴られた事を知っちゃった兄は、しばらく普通に会話していたが、誰が笹か解った瞬間襲いかかりタコ殴りにしたそうだ。

 取り押さえられるまでの間に、笹はまたボロボロにされたそうだ。

 なんだかあまりに不憫なので、許してやっても良い気がしてきたよ。


 コンコンコン

 「はーい、どうぞー」

 「コトネっ! 心配したんだぞ」

 「おにぃ…」

 私の言葉を遮って、ガバッっと兄が抱きついてきたので、みぞおちにアッパー気味のブローをかます。

 「カハッ、良いパンチだ。変わっていないな、安心したよ」

 「お兄ちゃんも変わってないね、将来が心配だよ」

 「はっはっは」

 「で、お兄ちゃん何でコッチ来たの」

 「いや、道場で柔術の試合中にイキナリだった。相手が一瞬で鎧着ていたからびっくりして顔面殴っちゃったよ」

 「ちゃんと謝った? あの騎士さん白目剥いてたからね」

 兄は若いながら、柔術と剣道をそこそこ高いレベルで習得している脳筋だ。

 小さい頃は普通の子だったが、周りに"努力の天才"と言われるほど努力して柔術を極めんとしていた。

 さらに、中学からは剣道も初め良い成績を残しているのだった。

 「しかし、お父さんとお母さん…心配してるだろうなぁ」

 「そうだぞ、二人共ものすごい心配してたんだぞ。

 警察に届けるのはもちろん、写真を通学路に張り出したり、探偵雇ったり」

 「そうだよねぇ、今度はお兄ちゃんも居なくなっちゃって、二人兄妹なのに」

 「これ、戻る方法ないのか? せめて連絡だけでも」

 「ない、あったらとっくにやってるもん」

 「「はぁーーー」」

 二人揃ってため息を吐くしか無かった。


 コンコンコン

 「はーい、どうぞ」

 「おっ、佐渡兄妹ここにいたか」

 「先生、おはようございます」

 「先生! ご無沙汰しています。先生もこちらにいらしたんですね」

 「ん? お兄ちゃん谷口先生知ってるの? 先生が担任だったの?」

 「いや、お互い剣道の国体強化選手でお世話になってる」

 「国体!」

 予想より二人共強そうだ。

 「てか、谷口先生はもう国体選手に決まってる。俺はまだ選抜状態だけど」

 「まっ、その話はともかくだ。佐渡兄妹、学校へ戻るぞ。

 あと亮介、お前明日からこの国の言葉覚えろ」

 「ぶっ、マジすか。自然に喋れたりとかいつの間にか覚えていたりナンテ事は」

 私は手を振り、

 「ナイナイ」

 「高校生で第二外国語かよぅ」

 「あと、笹は学校へは戻らん。王宮で保護されることになった。だから亮介は笹の部屋を使っていいぞ」

 「押忍」

 私たちは途中買い物をしながら学校へ帰るのだった。

 私はリンゴそっくりの渋い実を、兄に食べさせたりしながら学校までワイワイと帰った。

 夜は、私が居なくなった後の日本の話しを沢山聞かせてもらった、両親のこと・友達のこと・学校のこと。

 もう二月も行方不明で家族以外では話題にも上がらないとか聞くと寂しいなぁ。

 でも、いつも一緒で鬱陶しいと感じる時さえあったのに、久しぶりに兄に会えたら凄く嬉しかった。


さて、翌日からは普通に授業が再開される事になった。

 ジョーカー対策は、この世界の警察機構である騎士団と自警団の仕事であり、私達がしゃしゃり出る幕は無いからだ。


 そして、アルベルトさんの謹慎は解けた。

 兄が暴れたせいで笹がやった事全てが言及され、相対的にアルベルトの罪が軽くなったのと、潜伏したジョーカー狩りにそれどころでは無くなったからだ。

 もともと、若くて優秀なアルベルトを一部騎士のヒガミ、無駄に刑罰を課したとも言われていた。

 そのせいか、アルベルトさんは騎士団宿舎を引き払い、正式に学校住いとなった。


 兄は私を通訳に連れてアルベルトさんを訪ね、礼を言ったのだった。

 「妹を守ってくれてありがとう。

そしてその為に謹慎処分を食らったとも聞いた、今回のこの恩は忘れない、困ったことがあったらまず自分に言って欲しい。必ず恩に報いよう」

 「コトネを守れた事は個人的にも嬉しい事だ、だから処分については気にするな。それに、国民を守ることは騎士の仕事の一貫でもある。」

 そして二人は、がっしりと握手を交わしたのだ。

 アルベルトさんの日本語は日常会話なら問題ないくらいに上達していたので、通訳をする必要は無かった。

 「アルベルトさん、あの時はありがとう。ちょっと驚いてお礼遅くなっちゃってごめんね」

 「うん、問題ないよ。あの時は僕も冷静さを欠いてたしね」

 笑うアルベルトさんを見ていると、あの時のゾッとするような怖さが勘違いだったような気がしてきた。


 そして、兄は私服がボロボロの柔道着しか無いと言う状態だったので、早速この世界の服装になっていた。

 兄は私と同じ親から生まれたとは思えないほど体格に恵まれ、身長180センチ以上で体重は100Kgはある格闘家体型である。

 そうそう合う服は無いので、谷口先生のお下がりを着ている。

 朝のホームルームで紹介された兄は、笹と入れ替わるように席につき、私と共に異世界語を習うのだった。

 昼休みには当然今回の事が話題になる。

 私達は食堂で固まって食事をしていた。

 「コトネー大丈夫だった? ごめんねー探しに行けなくて。

 本当はルルと探し居行きたかったんだけど、一旦帰ったら城に閉じ込められちゃった」

 「コトネ様、力になれず申し訳ない」

 「ううん、王子様が自ら探すなんて恐れ多いし危ないよ。ルルさんもー」

 ウィリアムくんは私に近づくと小声で、

 「で、タキに助けてもらったんでしょ、これを機に進展しかしないのん?」

 「ぶふっ、いきなり何を」

 思わず食べてた卵を吹き出す。

 「わー、きちゃない。ルルナプキン取ってあげて」

 「はい、コトネ様」

 「あ、ありがとう」

 なんだろう、二人に余裕の様な物を感じるな。

 「楽しそうですね、何の話ですかぁ?」

 少し遅く昼休みに入ったタキさんが、食事をトレーに乗せて近寄ってくる。

 「グフッ。な、なんでも無いですよ」

 「そうですか?」

 「あー、そういえば、私があの場所に居るの何で解ったのかなーとか」

 私は思いつきで話しをそらす。

 「近くを通ったのは偶然でしたけど、かすかに聞こえた悲鳴が、日本語っぽかったので」

 「なるほど、確かに痛いって言ってたわぁ」

 それを聞いていたウイリアムくんは途端に真剣な顔になった。

 「コトネ、コトネの仇は必ず取るからね」

 「ありがとう、でも危ないことはしないでね」


 そして、兄だけは午後も放課後も特別メニューで異世界語の勉強であった。

 「お兄ちゃん、頑張ってねー。私バイトなんで行くねー」

 「ちょ、バイト! 中学生でバイトってなんだ、コトネちょっと待て」

 席を立とうとする兄の肩をガシッっと先生が掴み座らせると、

 「いいかー亮介、この世界では子供でも働いてる、義務教育なんて無い。

 だからお前も早く言葉を覚えてこの世界に順応しなくちゃならん。

 わかったら授業を続けるぞ」

 私は助けてと目で訴える兄を無視して、教室を後にした。 

 

 「タキさん、お待たせしましたー。さあ子羊亭へ参りましょうー」

 「昨日の今日で休まなくて良いんですか?」

 「大丈夫です、今日出れは明日は元々お休みです」

 そう言うと、私はタキさんの腕を取ってお仕事に出かけるのであった。


  

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