第1話 異世界に来たよ
私は、夕飯の準備をしていた。
両親は共働きで、帰ってくるのも遅いから、食事はお兄ちゃんと交代制で作ってるからだ。
今日は自分の当番。中学校の帰りに、手軽に作れそうな物を買って帰ってるから、切って炒めたり煮るだけだけどね。
本日は麻婆豆腐とチャーハン、後は卵スープ。野菜がないけど、今高いしね。
麻婆豆腐の元なんてお手軽な物があるので、豆腐を賽の目に切って混ぜるだけ。
最後にダマにならないように、片栗粉でトロミつければメインは完成。
チャーハンは、ちょっと凝るよ。
前日お兄ちゃんが作った、チャーシューの塊を冷蔵庫から出して、包丁を手にとった時、玄関でチャイムが鳴った気がした。
「佐渡さ~ん、が荷物で~す」
折角気分が乗ってきていたのに、水をさされて少しイラッとしたが、宅配の人に当たってもしょうがない。
「はいはーい、今行きます」
と、スリッパでパタパタと玄関に行く。
おっと、包丁を持ったままだ、後ろ手に隠してドアを開ける。
すると、ゴウッと強い風に吹かれ、私は思わず目を閉じる。
--ゆっくりと目を開けると、見慣れない景色が広がる…
それに、配達人も居ない。
強い風が吹き、ザァーザザァーと波の様な音をたて、波打つ広大な草原。
私は小高い丘の上に立って、広い広い草原を見下ろしていた。
「なんっ…」
頭は現状を理解できず、固まる身体。
家に戻ろうと後ずさりすると、背中にドンと当って私の脇に倒れた人が居る。
人じゃなかった、背中に羽が生え、小柄な身体に手足の先だけが異様に大きい。
肌は浅黒く、ピエロの様な服装をして…そして血だらけで死んでいた。
怖くて声も出ない、とはこの状況なのか、こわごわ後ろを振り返る。
その奥には、血に濡れた剣持ち、金属の鎧で覆われ、一見するとロボットに見える人が居た。
それが人だと思えたのは、息を切らし上下する胸と、鎧のない顔の部分が人のそれだったからだ。
その人は疲れたのか、剣の切っ先を地面につけ、片手で力無く支えている。
頭を覆うヘルムを脱ぐと、地面にポトリと落とすと、こちらに話しかけた。
「********、**********」
金髪の青年だった時にイヤな予感はしてたけど、英語ですらねぇ!
通じるか分からないけど、「言葉が解らないと」両手を広げ肩をすくめジェスチャーで示してみる。
あ、イケナイ包丁持ったままだわ。
金髪の青年は、手のひらを突き出し、"待て!"のジェスチャーをして来る。
うんうん、解る。この辺は何処も同じなんだな。
右手で"待て!"をしたまま、左手で"来い来い"して誰かを呼んでいる。
呼ばれてきたのは、ぞろびくようなローブを着て、フードを目深に被り複雑に曲がった枯木の杖を持った、いかにもな魔法使い。
魔法使いは、ヨロヨロしながら丘に登ってきて、肩で息をしながらローブのフードを後ろにずらし、顔を出して深呼吸した。
老人かおじさんだと思っていたが、意外にも顔を出したのは、まだあどけなさも抜けきらぬ少年だった。
短い髪は、藁の様にボサボサでちょっとタレ目でおっとりした印象の顔。
彼は日本語で、しっかり話しかけてきた。
「こんにちは、私たちは貴方に危害を加えるつもりはありません。武器を降ろして話を聞いて下さい。」
文章を読むように、ハキハキと堅苦しい挨拶をして来た。
「はい、えーと。わたしも危害はくわえません! まずはここが何処か知りたいのですけど・・」
彼は手慣れた様子で、
「あなたにとっては異世界と呼ばれる、我々の世界です」
と、聞き間違えようの無いほどハキハキと答えてくれた。