Call of Future
1
朝、目を覚ます。一日が始まる。昨日が日曜日で、今日は月曜日。これから5日間、会社に行き、仕事をする日々が始まるのだ。気が重い。なんとか体を持ち上げて、支度にとりかかる。
スーツに着替え、家を出たところで、少しの違和感を覚えた。なにか、いつも見慣れている光景と違う気がする。それが何かわからないが、時間が惜しいので、駅へと続く通勤路を進むことにする。
駅の近くまできて、明らかにおかしいことに気づいた。人が全然いないのだ。通勤時間帯のはずなのに駅はガラガラだ。携帯を取り出して日付を確認するが、やはり今日は月曜日だ。事故でもあったのかと思いつつ、駅に到着した。しかし、電光掲示板を見ると、どうやら電車は定刻通り動いているようだった。一瞬の安堵のあとに、会社を休めるかもしれないという期待を裏切られたという感情を押し込みながら、改札を通過する。
私がホームにつくのとほぼ同時に、電車は到着した。ほとんど人がいないので、簡単に乗ることができた、しかも、座席まで空いている。一体、何があったのだろうか。そんなことを考えていると、あっという間に目的地についてしまった。いくらなんでも到着するまで早すぎる気がする。つい、寝てしまっていたのだろうか。とにかく、駅についたので、電車を降りて改札に向かう。
改札を出てから会社のビルまでの道は、いつも見慣れた光景とはかけ離れていた。道は汚れ一つなく、まるで昨日舗装されたばかりのようだ。
それだけではない、建物からなにからなにまで、すべてが新品で、まるで不動産のパンフレットみたいにこぎれいになっている。そして非常に静かだ。
道路には、よくわからない自動車のようなものが高速で走っている。明らかに制限速度が守られていないように見えるが、エンジン音などの騒音が一切ない。
まだ、夢でも見ているのだろうか?私は、しばらく立ち尽くしていたが、とにかく会社のビルがあったと思う場所まで向かうことにした。
街の見た目は大きく変わっていたものの、幸いにして、地形そのものはほとんど変わっていなかった。私は感覚を頼りに会社があったビルまでたどり着いた。しかし、ビルの入口には見たこともない大きく看板がおかれていた。
「Robot Only -ロボット以外立ち入り禁止―」
ロボット以外立ち入り禁止?意味がわからない。訳が分からず立ちつくしていると、私の目の前を、映画などでよくみたことのある「いかにも」なロボットが通り過ぎた。
そのロボットには足や車輪のようなものはなく、宙に浮いて動いていた。そして、驚くほど静かに、そして素早く私を抜き去ると、建物のゲートを通り過ぎ、内部へと入っていった。
ハッとして、あたりを見渡してみると、驚くほどたくさんのロボットが、私の周りに存在していた。先ほどのように宙に浮いたロボットもいれば、車輪で動いているもの、人間のように二足歩行しているものもいた。
私は、突然のことに驚き身をと同時に恐怖を感じた。なぜ、これほどたくさんのロボットがいるのに気づかなかったのか。機械の音なんて何もしなかったのに。身の危険を感じて、ぞっとしながら、私は体をこわばらせた。
しかし、ロボットたちは、まるで私が存在しないかのように、それぞれ建物へと入っていく。私は幽霊にでもなってしまったのだろうか?ただ、立ち尽くすだけだった。脳が目から入ってくる情報処理できない。一体何が、起こったというのか。つい、3日前まで、ここには確かに私の会社があったのというのに。呆然としている私が、ただ一つだけ本能的に理解できたのは、もはや、ここは、私の居場所ではないということだった。
2
あてがなくなった私は、ひとまず会社があったビルを離れて、家にもどることにした。驚くことに、あの光景を目の当たりにして、自分の居場所がなくなったという不安や恐怖などはなかった。それよりも、非日常的な体験をしたことで、現実感がなく、夢の中にいるようなふわふわとした奇妙な心地よさが残っていた。
自宅最寄りの駅から家にもどる道の途中で、空腹とのどの渇きを覚えた私は、コンビニによることにした。やはり、ほこり一つないことを除けば、コンビニは、見慣れた外観と内装をしていた。
ペットボトルと弁当を手にしてレジに行くと、女性の店員がいた。
「お弁当を温めますか」と聞かれたため、
「はい」と答えた。すると、特になにをするでもなく
「どうぞ。ご利用ありがとうございました」
と品物を差し出してきた。ふざけているのか、と思いつつも、弁当を受け取ると確かに温められていることがわかった。どうなっているのか不信におもいながらも、私はそれを受け取ると店を出た。
店を出たところで、すぐに、私はお金を支払っていないことに気づいた。店員も忘れていたのだろうか。これでは、万引きになってしまう。慌てて、店の中に引き返し、レジにもどる。
「あの、これ、おいくらですか」と店員に尋ねた。すると店員がきょとんとした顔で、
「おいくらとはどうゆうことですか?」と聞き返してきた。この店員は新人なのだろうか、しかし、いくらなんでもレジで会計を忘れるのはいくらなんでもおかしくないだろうか。そう思いつつも、
「ですからお金をいくら払えば」と聞き返すと、
「何も払う必要はありませんよ」と当たり前のように返してきた。
買い物をしたのに、何も払う必要がない?この店員は、一体なにを言っているのか。店員がおかしいのか、それとも店がおかしいのか。わたしはあっけにとられていると、レジの後ろから、別の店員がやってきた。そして、いまの店員になにやら耳打ちをした。すると、先ほどまでレジにいた店員が私のもとまでやってきて、
「これから私が、あなたをご案内します。どうぞ、よろしくお願いします」
と申し出てきた。
3
「つまり、私は遠い未来に来てしまったということなのですか」
弁当を食べながら、私は彼女に確認した。
「はい、おそらくそうでしょう」
と彼女は答えた。どうやら私は未来にタイムスリップしてしまったらしい。信じられない話だがだとすると、いままでの不思議な出来事は納得いくことだった。むしろ、こんな未来でも、街の景観があまり変わっていないことのほうが不思議でならない。私の心は現実離れをおこしていて、空に浮いているような感覚だった。しかし、いやな気分ではなかった。
「私の会社があったビルには、[ロボット以外立ち入り禁止]と書かれた看板があったのですが・・・」
混乱している私は、うまく考えがまとまらないまま、突拍子もなく、ちぐはぐな質問をしたが、彼女はしっかりと答えてくれた。
「はい、あのあたりは、商業地域ですからね。今では人はほとんど立ち入りません。」
「商業地域なのに、人がいないのですか?」
「はい、科学技術の進歩により、あなたがいらっしゃった時代で人間が行っていた仕事は、この時代ではすべて機械により自動化されているんです。ですから、特に人間が、何かをする必要はありません。機械に任せきりにしたほうが、効率的ですからね」
私のいた時代でも産業はどんどん自動化していて、ほぼ無人の工場があるのはニュースで知っていた。しかし、商業まで無人化しているのは驚きだった。私は、いいようのない寂しさを覚え、しばらく押し黙っていた。
「大丈夫ですか?」
そんな私を心配したのか、彼女が尋ねた。
「はい。質問を続けても?」
「はい。どうぞ」
彼女は答えた。
「では、人間は一体どんな仕事をしているのですか?」
「ほとんどの人は何もしてないです。現在においては、仕事という概念はないのです。働いているといっても、だいたいボランティアか趣味ですね」
「では、一体、どうやって、生活しているのですか」
あたりまえの疑問だった。仕事をしなければ、生活費を稼ぐことはできない。むしろ、お金を稼ぐために仕事をしているのだ。
彼女は少し考えてから、淡々と答えた。
「生活をするために、仕事は必要ないのです。必要なものは、全部機械が作ってくれますから。人間はそれをもらうだけです。先ほど、あなたが、何も払うことなく、お弁当とお茶を手にしたように」
私は、衝撃を受けた。たしかに、タダでものが手に入るなら、働かなくても、いいのかもしれない。
「本当に、ただなのですか」
「はい、ただです。」
彼女はすこし笑顔で答えた。これは、すばらしいことなのかもしれない。まさに、私が望んでいたものだったからだ。働き始めてから、ずっと、働かずに生きていたいと思っていたのだ。しかし、私は戸惑いを覚えた。すこしの沈黙のあと、私は、とりあえず、浮かんだ疑問を投げた。
「たとえば、自動車100台とかでも?」
「それはさすがに無理です。もちろん、限度はありますから。」
彼女は苦笑いしながら答えた。
「では、その限度とは一体、どのように決まっているのです?」
「機械が決めています。その人が、必要なものを、必要なだけ手にできるように限度を設定しているんです。限度を超えてものを手に入れることはできません」
なるほど、この時代の機械なら、そんなこともできるだろう。人間が決めるよりかは、ずっと、公平公正なのかもしれない。しかし、機械をそこまで信用してもよいのだろうか・・・
「そろそろ、行きましょうか。あなたが、ここで生活するために必要な手続きをしなければなりません。役所までご案内しますね」
本当に、このまま、ついて行ってよいのだろうか?私は、ためらいを覚えた。ひょっとしたら、取返しのつかないことになるかもしれない。しかし、ほかにどうすればよいのかも思い当たらない。
「わかりました」
私は返事をして、彼女に従った。そもそも、私に選択肢などないのだ。こんな未知の世界に突然つれてこられて、他にあてがあるわけでもないのだから。それでも、なにかが、ひっかかったままだった。
4
私が家に戻り一息ついたときには、とっくに日が暮れていた。あれから、彼女に連れられて、私は役所へと向かった。もちろん、役所もロボットだらけだった。ただ、商業地区で見たものとはだいぶ種類が違っていた。特に受付を担当しているロボットは人間そっくりで、ロボットだといわれなければ、気づかなかっただろう。
手続き自体は非常に簡単だった。質問の回答を頭に浮かべるだけで、考えていることを勝手に、機械が書類化してくれるらしい。ここまで、機械は進んでいるのかと、少し恐怖を覚えた。そんな私に、彼女は、「そういうものだと慣れれば不安はなくなります。むしろ、これが一番、安全な方法ですよ」と言った。ただ、言われるままにするだけで、すべての手続きが完了した。
そのあと、やはり、彼女に連れられ病院で健康診断をおこなった。見慣れない機械ばかりで、いろいろ、よくわからないことはあったが、やはり、ただ機械の支持に従うだけですべてのステップを淡々とこなしていった。
やっと解放されたときには既に夕暮れで、彼女と簡単な夕食を食べ終わってから、自分の家に戻ってきたのだった。別れ際に、私は彼女に深く礼を言い、自分の家に入った。
ベッドの上に寝転がりながら、私は、きょう一日の出来事を思い返しながら、考え事をしていた。ロボットがすべての仕事を賄う社会。機械が生産したものをただ、消費するだけの人間。機械に管理されるだけの人間。
私は何を、怖気づいているのだろう。働かなくても生きていける。私が、ずっと理想としていた人生が送れるのだ。
これから私は自由に、きままに生きていけるのだ。ためらっているのは、私が臆病だからに違いない。そう、自分に言い聞かせて、私は眠りについた。
続く