レイコさんの手
開けっ放しの窓からぬるく湿った夜風が入り込んでくる。ひどく蒸し暑くて、あたしは窓を閉めて冷房のスイッチを入れた。
明日は実力テストだというのに一向に勉強がすすまない。携帯につぎつぎに届くメッセージが思考をさえぎるのだ。
まただ。
携帯が短く鳴って、あたしは方程式の解をもとめるのをやめた。テスト前ぐらい勉強に集中させてほしいのだけど、言えない。きっとあたしみたいに感じている子はほかにもいるんだろうけど、だれも言わない。
――レイコさんの話、知ってる?
さやかからだ。
教室でいつも一緒に行動してるグループの、リーダー格のコ。わりとかわいいし男子にも人気がある。夜のグループトークの話題は大体恋愛話が主なのに、今夜はなぜか「怖い話」で盛り上がっている。どうせ、さやかがテレビの心霊特集でも見たんだろう。夏のおとずれとともに、皆が死人の話をしたがるようになるのは何故だろう。
――知ってる。校舎建て替えのとき、事故に巻き込まれて死んじゃったコの霊だよね?
――そうそう。そのまま壁に埋まっちゃったんだよね。
――ちがうよー。殺されたんだよー。んで、犯人が死体をばらして壁に埋めこんだんだよー。
トークはつづく。心底どうでもいい。ていうか工事のとき一緒に埋まるとか、そんなことあるわけないし。
軽くため息をつくと、あたしは
「こわいー。夜眠れなくなるからやめてよー」
って送った。
さやかは喜んで、「レイコさんは校舎の壁の中にいるんだよ」とか、「壁や床の中を移動して、狙ったコをずっと見てるの」とか、「音楽室の壁が人の顔のかたちに盛り上がってるの、見たひとがいるんだって」とか、つぎつぎにたたみかける。
あーもういつまでつづくんだろう。
だいたい、壁の中にいるって、どういうこと?
レイコさんとやらの死体が、漆喰と一緒に、壁に塗り込まれてるってこと?
ばかばかしい。ていうか勉強しないとやばいし。赤点のほうがレイコさんなんかよりよっぽど怖いよ。
――あたし、そろそろ勉強に戻るね。この前のテストやばかったんだ。
流れを断ち切るようなメッセージが届く。亜美だ。
がんばってねー
って。つぎつぎにみんなが言うけど。
ごくりとつばを飲む。亜美がトークを抜けたあとに続くやりとりの内容が、容易に想像できてしまう。
すこし寒気がした。エアコンが効きすぎているのかもしれない。あたしは設定温度をあげた。
今年の梅雨は例年より短かったらしい。六月が終わってカレンダーをめくると同時に明けた。一斉に鳴き始めた蝉の声の洪水、葉桜の濃いみどり、肌を焼く強烈なひかり。
教室はサウナのように蒸されて、あちこちで、あっつー、と悲鳴みたいな声があがる。
「やばいやばいやばいーっ。ぜんぜん勉強してないしーっ」
さやかが高い声で騒ぐ。自業自得だろ。巻き込まれたあたしはひたすら眠い。あくびをかみ殺しながら、さやかたちに調子を合わせて騒ぐ。頭がぼーっとして、立っているのもしんどくて、背面黒板にもたれかかっていた。すべて寝不足のせいだ。
ちら、と窓際前方の席を見やる。亜美はひとりで単語帳をめくっている。
あたしの視線の先にあるものに気づいたさやかが、声をひそめて、
「まじうざいよね、亜美って」
と言った。
「友だちより自分のテストが大事なんだもんね」
「ていうかあのタイミングで言うかって感じ」
「亜美ってそういうとこあるよね」
みんながさやかに賛同する。眠い。まぶたがくっついてしまいそう。
一瞬、意識が落ちかけて。だれかに腕を強く引かれて、あたしははっと我に返った。
「優奈ー? どしたの、具合わるいー?」
さやかがあたしの顔をのぞきこんでいる。だいじょうぶ、と首を横に振った。
一時間目の数学から調子が悪かった。頭の中で数字がぐるぐる回って、みんながシャーペンをこりこり動かす音が反響して、吐き気がした。どうにか二時間目の英語と三時間目の国語まで乗り切る。テストの出来は散々だと思う。自分の名前を書いたかどうかさえ記憶が怪しい。
残りの教科は明日だ。四時間目は明日のテストへ向けての自習。給食とホームルームを終えれば下校となる。
かん高い笑い声が休み時間の教室にひびいて、こめかみのあたりがずきずきする。この声は、さやかのもの。さやかは強い。さしずめあたしたちは小さな水槽の中で泳ぐ魚で、そういう狭い世界においては、シンプルに生命力の強いものがゆるぎない力を得る。さやかの大きな声もはじける笑顔も物怖じしない態度も、力の強さの証明。あたしたち弱い小魚は流れに逆らわないようにひたすらに泳ぎ切るだけ。
流れはささいなことで変わる。
こめかみの痛みは脳全体にひろがって、心臓の動きと連動するかのように拍動する。
勉強したいというしごく真っ当な理由でトークを抜けた亜美に話しかけるひとはいない。そういう「流れ」になったのだ。亜美には悪いけど、あたしも流されることに決めた。その場にいないひとの悪口で盛り上がるのは、あたしたちグループにとってはよくあること。しばらく辛抱すれば、じきにまた矛先は別の誰かに向く。自分に向けられるまえに、先回りして誰かが亜美を避けるように巧妙に仕向けた、それが真相なのかもしれないが、どうでもいい。とにかく頭が痛い。
ポーチから頭痛薬を取り出して、水筒のお茶で流し込む。こんなに体調が悪くては、うまく笑えない。
「優奈ー。今日、終わったらウチ来るっしょ? みんなで勉強しよーよ」
肩をたたかれてふり返る。さやかの笑顔が陽炎みたいにゆがんで見えた。
実力テストが終わって、夏休みを待つのみとなった。テストで中断していた部活も再開された。
「さいあくだよー。レイコさんよりテストの結果のほうがホラーだったよっ」
テンション高めに騒ぎながら、音楽室まで続く廊下を速足で歩いて行く。あたしと同じ合唱部に所属している、瑞穂と絵里に挟まれるようにして。ちょっと前までは亜美も一緒だったけど、まだ「流れ」は変わらないので、可哀想だけど声はかけずに来た。さやかたちの目が届かない音楽室でなら、ちょっとぐらい話しかけてもいいかもしれない。
「あたしも相当やばかった。親に、勝手に夏期講習の申し込みされちゃったよ」
絵里が眉を寄せると、
「以外とそこで新しい出会いがあるかも?」
なんて、瑞穂が返す。あははと笑いながら歩くあたしの足に、なにか冷やっこいものが触れた。
え? なに?
……いでよ。
おいでよ。
なに? 声? 空耳?
戸惑ったつぎの瞬間。あたしはつんのめって転んでしまった。
「優奈? どしたのー?」
半笑いでしゃがみこんだ瑞穂が、あたしの手をとって引っ張りあげようとしてくれた。えへへ、と照れ笑いを返して腰をあげようとしたけど、
「きゃっ」
なにかに足をつかまれたみたいに、ふたたび転んでしまう。
「ちょっとだいじょうぶー? 具合でも悪いんじゃないのー?」
瑞穂も絵里も、もう笑っていなかった。
「だいじょうぶだよ」
よっ、と足に力をこめると、今度はたやすく立ち上がることができた。
何だったんだろう、さっきの。気になったけど深く考えることはせず、そのまま合唱部の練習に参加した。
「優奈ちゃん。どうしたの、それ。痣?」
先輩に聞かれたのは、発声練習をしているときだった。先輩の視線は、まっすぐにあたしの左のふくらはぎに向いている。
痣? さっき転んだときに、内出血でもしたかな。
そう思って自分の足を見ると、みじかいソックスのちょうど上あたりに、赤い跡がついている。近くにあった丸椅子を寄せて座って、足を伸ばしてじっくりと見てみる。
「手? っていうか、指のあと? だよね、それ……」
トーンを落とした先輩の声が降ってくる。
「だれかにつかまれた? ていうか、よっぽど強い力じゃないと、そんなふうに跡にはならないよね……?」
先輩が何を疑っているのかピンと来たから、首を思いっきり横に振って否定した。
「転んだだけです。だれにも何にもされてません」
単に転んだだけでこんな痣ができるなんて、明らかにそんなわけないのだけど。先輩に、あたしが誰かに痛めつけられているとか、そんなふうには思ってほしくない。先輩にだけじゃない。ここにいる生徒のだれにも、そんな誤解はされたくなかった。
そのうち消えるだろうと思っていた。この奇妙な痣。
家に帰ってお風呂に浸かってじっくり見てみる。赤黒くて、くっきりと五本の指の形をしている。転ぶ前。一瞬だけだれかにつかまれたような気がした、あの時のものだと、ちらりと思ったけど、すぐに否定する。だって、だったら、あれはだれの手? 一緒にいた瑞穂と絵里には無理だ。というか、誰かが床を這ってあたしの足をつかんだのだとしたら、いくらなんでも気づくだろう。そんな人はもちろんいなかった。気配は――
気配は、あった。
声がした。ささやくような低い声。おいでよ、って――。
ぶるりと寒気がした。あたたかいお湯のなかにいるのに、全身が震えて歯が鳴る。
寒気は止まらず。ベッドに入って毛布をかぶっても、うまく眠れない。目を閉じると、耳の奥に、「おいでよ」という声がひびく。鼓膜まわりに、粘液みたいにまとわりつく、あの声。湿っぽい、男のものなのか女のものなのかわからない、低い、ささやくような声。
携帯が鳴っている。引き寄せてディスプレイを見やる。習慣で、トーク画面をひらく。さやかたちの明るいおしゃべりが続いている。
どうでもいい内容。
返信する気力がわかない。寒くて寒くて、指が動かない。
うつらうつらしたまま朝をむかえる。ひどい頭痛がした。薬を飲んでもおさまらない。休もうかとも思ったけど、学校に行ったほうが気が紛れる気がして、制服に袖を通した。
家を出ると強烈な日差しが降り注いだ。肌がちりちりと焼ける感覚があるけど、体の奥は冷えたままで、暑いのだか寒いのだかわからない。
教室に入るのに少し勇気がいった。結局ゆうべはトークに加わらなかった。
べつに。既読無視したからって、ちょっとぐらい空気を読まないこと言ったからって、すぐに無視されるわけじゃない。この間の、亜美の件は。きっかけになっただけであって、もとから亜美には嫌われるような下地があった。積み重ねがあってのことなのだ。亜美自身に原因があったんだ。そう、自分に言い聞かせる。あたしはだいじょうぶ。流れを変えないように、さやかよりだれより目立たないように、だけど埋もれないようにぎりぎりの立ち位置を守ってきた。だから、だいじょうぶ。
さやかたちのところへ行って。体調悪かったの、って。笑顔で明るく謝ろう。きっとわかってくれる。
そう決意して、ドアを開けた。みんなの視線がいっせいにあたしに向く。教室に満ちていたざわめきが、一瞬、消えて。ふたたびすぐにみんなさざめきはじめる。
小さな小さな水槽。リーダーのさやかは光を浴びて、窓際いちばんうしろの机にもたれかかっている。室井くんの席だ。五月なかばから学校に来なくなってしまった室井くん。群れからはぐれてしまった室井くん。
さやかと一緒に笑っているのは、亜美だ。
亜美。いやな予感がして、背すじにたらりと汗が流れる。
さやかが顔を動かして、その拍子にあたしと目が合った。ばっちり、目と目が合った。あたしの口が、「おはよう」のかたちに動いて。だけどさやかはふいっとあたしから視線をはずした。
声にならなかった「おはよう」が宙に浮いた。亜美があたしを見た。わずかに、口角をあげている。
そうか。わかった。流れが変わったんだ。自分で予言していた通り、矛先がよそに向いて、亜美はお役御免となったってわけ。
ふーん。
ロッカーに荷物を仕舞う。だいじょうぶ、あたしには部活がある。
自分の席に戻ろうとしたけど足に力が入らない。頭が痛い。背面黒板横の、学級通信が貼ってあるあたりに、後ろ向きにもたれかかって。うつむいて、倒れないように自分をささえた。
おいでよ。
背後から声がささやく。ねっとりした、声。
あたしは固まって動けない。だれの、声?
おいでよ。こっちに、おいでよ。
右の肩に、ひやりとしたものが触れる。
なにこれ。反射的に自分の体を引いて壁から離れる。だけど、すぐさま凄い力で腕をつかまれてしまう。
ひっ、と。小さな叫びが漏れる。
あたしの腕をつかんでいる、この手は。いったい、だれの。
ゆっくりと後ろを向けば、自分の二の腕をつかむ、白い、青いすじの浮いた手が目に入る。そのままあたしの視線は、手の主を探そうと白い手首の先のほうへと伝う。だけど。
手の主は、いない。
細い腕が、壁から生えている。
あたしはそのまま、気を失った。
目を覚ますと消毒薬のにおいがした。あかるい白が視界いっぱいに広がる。保健室の、天井の色だ。よくここで寝かせてもらうから知っている。まぶしい光を反射したような清潔な白。
すこし、安堵した。ここへはあの「手」は来ないだろう。
きっと疲れているんだ。ここのところ、ずっと寝不足だったから。
ここでどれぐらい眠っていたのかはわからない。頭痛はかなり収まっているものの、まだ名残りのように後頭部がにぶく痛む。
蝉の声がする。そっと起きあがって窓を見やると、校舎を覆い尽くさんばかりに茂った葉桜の隙間から青い空のかけらが見えた。
もうちょっとだけ、眠ろう。
亜美の笑顔とさやかの横顔を思い出すと少し胸が痛んで――だけどいまはなにも考えないことにしよう。ただ、泥のように眠りたい。
横になってシーツをかぶると、がらりとドアの開く音がした。養護の先生だろうと思って、だけどあいさつをするのも億劫で、ごそりと寝返りをうつ。
足音が近づいてくる。目隠しとして置かれている、つい立てになったカーテンが引かれる。あたしは寝たふりを続けた。
「レイコさんの話、知ってる?」
声が降ってくる。聞きなれた養護の先生の声じゃ、ない。
男のものとも、女のものとも。少年とも少女とも知れない、ねっとりしたつぶやき。
にぶく痛んでいた後頭部が、ふたたび、激しく脈打ちはじめる。
「レイコさんは壁に埋まっているわけじゃ、ないの」
シーツをぎゅっとつかむ。胎児のようにまるまって痛みをやり過ごす。
「壁のむこうに、もうひとつの学校があるの。とても楽しい学校。レイコさんはそこに住んでるの」
保健室は空調が効いている。なのにあたしは、からだじゅうにびっしりと汗をかいていた。毛穴という毛穴からまるい玉のように噴きだす、汗。
「レイコさんは、ひとりじゃないの」
気配が動く。あたしの、頭からかぶっているシーツに手がかけられるのがわかる。
嫌だ。はがさないで。はがさないで。
「あなたもおいでよ」
あたしを守っていた薄い布が、いとも簡単にめくり取られた。白い手が伸びてくる、あたしに。あたしに――。
目が覚めた。
ゆっくりと身を起こす。保健室の清潔なベッドの上。
あたし、汗でびしょ濡れだ。
逃げよう。ここから逃げよう。
レイコさんは壁の中や床を移動して、狙ったコのことを見ているの。そんなふうにさやかは言っていた。
そんなことあるわけないって、内心笑ってた。
まさか。
ベッドから這い出て、よろめき降りる。養護の先生はいない。今何時なのだかわからない。明るいところを見れば、まだ昼間なはずなのだけど。
ドアを開けて廊下へ出る。授業をしている気配はない。先生の声も生徒たちのざわめきも何もない。ただ、蝉の鳴き声が降り注いで校舎の中で反響している。
どこへ行こう。どこへ。
あたしの両足はもつれ合いながらも前へと進む。下を見ちゃいけない。壁を見ちゃいけない。前を。前だけを見て。学校から出なくちゃ。
向かって左手は手洗い場で、右手には二年生の各教室が並ぶ。いつも何も気におめることなく歩いている廊下が、やけに長く感じられて。
浅い呼吸を繰り返して、激しい頭の痛みを逃がす。
――あなたもおいで。仲間になろうよ。
まただ。また、あの声。
「レイコさん」の声。もしくは、自分がつくり出したまぼろしの声なのかもしれない。どっちでもいい。逃げないと。
はっ。はっ。はっ。
熱い息を吐きながら走る。走って走って、なのに廊下はどこまでも伸びていく。終わらない。
教室から。ふいに、生徒たちの笑い声が沸き起こった。どこか遠くから、歌声が響いてくる。今部活で練習している、合唱曲だ。
みんな、いるの?
ちゃんと、いるの?
なのに、走っているあたしには誰も気づかない。壁の向こうの教室は、違う世界。
膝から力が抜けていく。だめ、座りこんじゃだめ。自分の中にある本能のようなものが警告を発する。けど。
――はやくおいで。
ふふふふ、ふふふふ、ふふふふ。
笑い声がこだまになって響きわたる。がっくりと膝をついた、その時。
「ひっ」
腕をつかまれる。ぞくりと背中が粟立つ。ごくりとつばを飲みこむと、渾身の力を絞り出して、その冷たい手を振り払う。
――無駄よ。
ずぶり、と。粘膜の裂けるような音がして、見ると、教室の窓の下の壁から、腕が突きだしてあたしに手を伸ばしている。
声が出ない。口のなかがからからで、叫ぶことができない。
ずぶり。ずぶり。ぐちゃり。
白い壁の表面が粘土のように溶けて破られ、つぎつぎに手が伸びてくる。あたしはからめとられてしまう。
じりじりとおしりをずらして逃げようと試みる。
ぐちゃり。ずちゃ。ずぶり。
腕が。手が。床を突き破って生えている。
無数の白い腕が。壁中に生えている。床にも。つぎつぎと生えては、毛細血管の透けて見える、青白い、無数の指が揺れて。あたしに手招きする。
――おいで。おいで。おいで。
「いやあああああっ」
喉が切れるくらいにあたしは叫んだ。嫌。嫌。嫌。
――ずっとあなたを見ていた。見ていた。
――わたしたちは、ひとりじゃない。
――ここは、楽しい。
声が二重三重にかさなり合って反響する。
だれ? あなたたちは、だれ?
ねっとりした汗が全身に浮いて。つかまれた腕から悪寒が広がって震えが止まらない。
――上を。上を、見上げてごらん。
見ちゃ駄目。絶対に、見ちゃ駄目。
そう思うのに。抗えない力に突き動かされるように、あたしの眼球は、自分の意志をもった生きものみたいに、勝手に天井のほうを向いてしまう。
白い天井は。蕁麻疹のようにぶつぶつと盛り上がっていた。
何、あれ。
天井を埋めつくしたぶつぶつの中のひとつが、ゆっくりと、割れた。割れて開いて、現れたのは、
目。
つぎつぎと、ぶつぶつが開いていく。
目、目、目。
天井いっぱいに、びっしりと、目。
ああ。逃げられない。
そう思った瞬間、あたしをつかんでいた手が、物凄い力であたしを引きずりこんだ。
壁の、中へ。その向こうにある場所へ。
ああ。あたしも「レイコさん」になる。なるんだ。
そう悟った時。あたしは、なぜだか、深い安堵を覚えていた。