8 ぬるぬるな劇的/ベタベタな帰宅
「ふむ・・・」
なるほど、サキュバスですか。俺は隣の池井を見る。
「うん」
彼女はこっちを見て頷いてきた。わかっているようだ。なら話は早い。
「よし」
俺は真剣な趣きで、リサの方を見る。
見つめられたリサが息を呑む。
もう一度だけ、池井と目配せをして、
そして、俺は身構えて息を大きく吸い込み・・・
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
思いっ切り叫んだ。
「マジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
たくさん叫んだ。
「うそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
池井も叫んだ。
「え、ちょっと待っ・・・なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
リサまで叫んだ。
・・・さすがにこれはひどい。
***
店内で盛大に騒ぎもとい叫び、店員に睨まれ、生意気にもカードで会計を済ませて、大急ぎで店から逃げて来た奴らがいる。・・・そう、俺たち魚ノ目一行だ。
「誰が魚ノ目一行だ」
「そう言うなよ。いい叫びっぷりだったぜ」
「ふざけんな! なんでだ!『 信じろ』とか『絶対大丈夫』とか言ってたじゃねーか!」
「ほら、叫ぶとまた店員が」
「えぇっ!」
リサが涙目になってキョロキョロしだした。よほど怖かったんだな、あの店員。
まあ確かに、あの表情は般若に萌えられるくらい怖かったからな。
「・・・って、いるわけねえじゃねえかぁぁぁ!」
これ、また使えそうだな。
「だよな。悪りぃ悪りぃ」
「なんでああなるんだ!」
「あんなのフリに決まってらあ!」
「サイテーだぁぁぁ!」
「池井も当然わかってたしな。なあ、池井・・・」
俺は池井の方を向く。
「店員さんどこですか?」
まだ探してた。頭に手を添え、キョロキョロしてた。
「・・・池井よ」
「魚ノ目君すごいですね。どこにいるのか私、見つけられません」
俺は意を決して言う。
「店員はいない」
「え!」
「最初からいない」
「ええ!」
「孝助、もう・・・」
リサが心配そうにこちらを見てくる。
「いや、最後までやるしかないんだリサ」
「だっ、だったら、私はいったいなにを・・・」
池井が頭を抱えて、錯乱しだした。
「ありもしないものを探し求めてたんだ!」
「そんな!」
ガーンという顔とともに、崩れ落ちる池井。
「残酷すぎるよ! あまりにも・・・」
池井を見てリサは言う。
「くっ!」
俺は崩れ落ちた池井を抱え上げて言う。
「俺は誓う! 二度とこんな悲劇を起こさないためにも、あれは封印する!」
「えっ! でも、そんなことしちまったら・・・」
「わかってる! あれが数少ない天丼兵器になる可能性を秘めていることも! ただでさえネタ切れ気味なのに、縛りを入れることがどれだけ危険なことであることも! 」
「だったら・・・」
「それでも! こんなことになるなら! あれは使えない。封印するしかないんだよ、リサ」
俺はリサを見る。そうするとリサは少し悲しそうな顔をしてから、ちょっと間を置いて言った。
「・・・わかったよ。全部孝助に任せる」
「ありがとう、リサ」
俺はいわゆるお姫様抱っこの要領で池井を持ち上げると、力強く言う。
「そしてありがとう池井。おまえのことは決して忘れない。二度とこんな犠牲が出ないようにするから、安心して眠ってくれ」
そうして、俺は歩き始めた。後ろからリサもついてくる。願わくは、二度と、二度と、
こんな大観衆の中でふざけないことを・・・
「リサ、走っぞ」
「OK、全力だよな」
そうして、休日のショッピングモールにて大観衆の中、盛大にやらかした俺たちは全速力でその場から逃げ出すのであった。
***
「はあ、はあ」
「ゼェゼェ、がんばれ、リサ。もうすぐ俺の家だぞ。そこまで行けば絶対大丈夫だ」
「あたりまえ、でしょ、うっ、魚ノ目君。はあ、はあ。ショッピングモールなんて、遥か後ろですよ」
あまりにも恥ずかしくてここまでほんとに走って来たバカどもがいる。そう、お馴染みの孝助一行だ。
「それはさっきもやったぞ」
「その地の文を読むのも含めてな」
「早く行きましょう。ほらリサ、そこの学校を通り過ぎればほんとにすぐそこですよ」
池井が学校を指差して言う。
「学校・・・」
「どうした? そんな珍しいとこでも、有名でもないけど・・・」
何故か、リサが呆けて立ち止まった。
「いいや、なんでもない。それより、早く孝助の家とやらに行って休もうぜ。へとへとだぁ〜」
首を振られた後、そう言ってリサは駆け出してしまった。
「すごいですね。あんなに走ったのにまだ走れるんですか」
となりでバテてる池井が言う。・・・確かに全然へとへとじゃあねぇよな。
「若いっていいですね」
「いや、同い年だから」
それにだ、リサがまた子ども扱いされた、ってしょげてるから。
「ほら、ほんとにもうすぐだからがんばれよ池井。そんなんでどうやって登校したんだよ」
「魚ノ目君、登校の時は下り坂ですよ」
「あっ、なるほど」
納得・・・まてよ、下校時はどうすんだ。
そこんところを聞こうとすると、
「ちょっ、ちょっといいか。もしかして、流美の家もこの辺なのか?」
リサが割り込んできた。
「いや、この辺なのは間違いないんだが・・・」
どうしよう。とても説明しづらいぞ。なんせ、池井は今は俺の家に住んでるわけであって・・・
「おい孝助。なんでおまえが答えるんだ?」
「!!」
マズイ! うっかりしてた。それに、もうすぐ家に着いちまう。そしたら周りに家なんてないからすぐバレるぞ。かといってあの神社を「家です♪」なんて言えるはずもないし。
俺は横の池井に視線で助けを求める。
(任せて下さい!)
なんかやけに具体的な視線が帰ってきた。こっそりガッツポーズも決めてるし。
・・・なんか不安だが任せてみるしかないようだな。
「リサ、魚ノ目君が私の家を知っているのはですね…」
よし、頼むぞ池井! なんとか誤魔化してくれ。
「一緒に住んでるからです!」
「おいぃぃぃ! なんで言った! しかも直球ストレートで!」
しかも、ドヤ顔だし。
「えっ! あれは『リサには言っても大丈夫だけど、俺からはちょっと・・・』的なやつじゃないんですか!」
「そんな長くて正確なアイコタクトがあってたまるか!」
「ありますよ!」
「なんだ言ってみろ!」
あるわけないだろそんなの・・・
「聖者のおめめがふたつ揃えば・・・」
「やめーい!」
ドジャーンとか言わねえぞ!
「声まで伝わりますよ!」
「いやいや、伝わるとこに伝わったりでもしたら、となりの世界に送り飛ばされかねんぞ!」
「おっ、おーい」
「なんだリサ、今こっちは取り込み中で・・・」
「一緒に住んでるっていったい・・・」
「「あっ」」
同時に目をそらす俺と池井。
ガッ!
「おい。こっち向けよ、孝助」
めっちゃ肩掴まれてる。
どうしよう。絶対に振り向きたくない。
「コッチヲミロヨォー」
「はい! 見ます!」
「最初からそうしろって」
「あれは反則」
うん、マジで固すぎだよあいつ。
「コッチヲミテヨー」
あっ、ちょっと柔らかくなった。
「コッチダケミテヨー」
ヤンデレか?
「アッチムイテテヨー」
着替え中。
「ここですよー」
「いや、『ココデスヨー』だろ。って、え?」
どうやらいつの間にか到着しちゃったらしい。
「ココデスカー」
「いや、リサもういいぞ。ただの片言キャラになってる」
まあ、見た目は外人だけど。
「とりあえず入りましょう」
「だな」
「わかった。話は中で聞く」
さすがに忘れてないか。また1から話さなきゃいけないのか。大変だな。
そんなことを思いながら、とりあえず我が家に帰ってきた俺であった。
***
「・・・というわけなんだ」
「そんなことがあったのか・・・」
説明? するわけなかった。もちろん、端折りましたとも。カクカクシカジカで済ませましたよ。
「しかし、うっかり溶けちゃうって、いくらなんでもそれはないぞ、流美〜」
まあ、告白うんぬんは伏せた。池井もたぶん言いふらして欲しいことじゃないだろうしな。
「しょっ、しょうがないよ。慌てると溶けちゃうだもん」
そのようですね。今も溶け出してるよ、気付いてますか?
なんかふたりがソファーの上でじゃれ合い始めたが、そろそろ本題に入りたいとこだ。
「じゃあ、リサ。次はおまえの番だ」
俺はなるべく真剣な、だが威圧しないように、決して怖い口調にならないように気をつけて言う。
だが、リサは俺の予想と反するようにポカンとした顔をしている。
「・・・リサ、どうした?」
「いや、何をいまさらっていうか・・・」
「いまさら、ってそりゃ当然話してもらうつもりだったけど」
「そうじゃなくってな、なにをそんな怖い顔してんだと思って」
・・・怖い『口調』にならないように心がけたつもりだったが、怖い『顔』にはなっていたようだ。
「なあ、孝助。おまえは何故かは知らないけどさ、普通なら化け物とか言われてもしょうがないわたしたちに普通に接してくれているよな」
「おまえたちは化け物なんかじゃない」
俺は即答する。
「ありがとう孝助、すごくうれしい。だからな、そういう気遣いもなくて大丈夫だぞ」
「!!」
「だからさ、流美が溶けるのも、わたしの目が赤くなったり羽が生えるのも、全部『日常』にしてくれないか? それともそこはダメか孝助?」
「今、さらっと新事実が発覚したぞ」
「ん? そうだぞ、知らなかったのか?」
「それも『日常』ってやつか?」
「そうしてくれるってなら、すごくうれしいな」
俺は今まで黙って聞いていた池井を見る。
「私だってリサとまったく同じ気持ちです。感謝してますよ、魚ノ目君」
「で、どうなんだ孝助?」
ふたりが俺を真っ直ぐ見つめてくる。質問しているはずなのに、確かめているはずなのに、どこか安心した眼差しで。
「どうって・・・」
俺は返事に詰まる。迷ってるからじゃなく、気恥ずかしくて。
「そんなの・・・」
相変わらず気の回す方向がずれてんな、俺は。
「オッケーに決まってらあぁぁぁぁ!」
真実いや、答えはいつもひとつだった。
「でた、孝助の無駄な叫び」
「でもそれでこそ魚ノ目君ですね」
ふたりもいつもの調子で言ってくる。
「じゃあ、遠慮なく聞くぜ」
「ああ、ドンとこいや!」
ないむn…未来に希望の詰まった部位を叩いてリサが言う。
「なんで家出したんだ?」
「う、いや、えと、それはだな・・・」
「おいおい、言ったそばからこれかよ・・・」
「うっ、うるさい! てか、家出は関係ないだろ!」
「いや、多少はあるだろ」
最低でも、問題はありだ。
「ほかだほか! 別のことだよ!」
「じゃあ、・・・池井のことで」
「私のこと?」
池井が自分を指差す。
「なんで池井のこと知ってたんだ?」
「・・・ああそれな、教えてもらったんだよ」
「はあ!? だっ、誰にだ! いったいどいつに!」
俺はリサに詰め寄る。
「わわっ! 落ち着けって、慌てんな。急かさなくてもちゃんと話すから」
「おお。悪い、取り乱した」
池井も結構びっくりしている。そりゃ、このことを俺以外で知ってたやつがいたんだからな。
「じゃあ、改めて聞くぞ。どんなやつだった?」
「いや、言いにくいんだけど・・・」
「そこをなんとか頼む、リサ」
「・・・覚えてない」
「はい?」
まさかの回答に俺も池井も固まった。
「なんかさ、家出して街をうろうろしてたらさ、変なやつに声かけられてだな、お前の仲間がどうのこうのって言われて・・・。気付いたらこの町に居たって感じ」
「なんだそれ」
「あと、この写真がいつの間にがポケットに入ってて・・・」
リサはポケットから写真を取り出す。
「どれどれ」
そこには、制服姿の池井が写っていた。どうやら学校で隠し撮りされたらしい。
「いつの間に取られたんでしょうか・・・」
池井が頭を抱えて考えているが、池井相手ならいつでも撮れる気がするのは俺だけだろうか。
「はっきりいって滅茶滅茶怪しかったけど、もしかしたらと思って」
わからなくもない気持ちだった。
だが、それよりも・・・
「なあ、池井。もしかしたら・・・」
「うん。あの人かも」
「ふたりとも、心当たりがあるってのか?」
「神社の話をしたろ。その時に出てきたやつだよ」
「ああ、なるほど」
もちろん確証はない。でも、少なからずそいつがなにか知ってんのは確かだ。
「でもどうしましょう?」
「そこなんだよなあ。顔も名前もわかんないからなあ、探すことはおろか誰なのかを特定することすら難しいぞ」
俺は頭を抱える。
「ええと、とりあえずで提案があるんだけどさ」
リサが俺に言ってきた。
「ん? なんだ、言ってみてくれ」
「その神社にもう一回行ってみるのはどうだ? なんかわかるかも」
「なるほど、一理あるな」
「私も2週間いましたけど、辺りを散策したことはなかったですから」
「決まりだな。明日も休日だし、みんなで行ってみよう」
「わかりました」「オッケー」
「じゃあ明日の予定も決まったことだし、夕飯の準備でもするか」
「あっ、私も手伝いますよ」
「そうだな、今日はとりあえずふたりでやって、あとでちゃんと当番を決めた方がいいな」
「ですね」
俺たちふたりが台所に向かおうとすると、
「ちょっと待って!」
何故かリサから静止の声がかかった。
「なんだよリサ。ちゃんとおまえの分も作るぞ」
「いや、そうじゃなくて! わたしにひとりで待ってろっていうのか!」
「そりゃそうだけど・・・」
「わたしも手伝うぞ!」
「・・・そりゃありがたいが」
「待て、なんだいまの間は」
「・・・料理、できます?」
「失礼だな! 普通にできるわ!」
「それならいいんだけど。てか、リサ今日はうちに泊まるでいいんだよな」
「え? あっ、うん。いいのか?」
「別に部屋はめっちゃ余ってるし、問題ないぞ。ただ、まだ整理が終わってないから池井と一緒に寝てもら・・う・・・」
「どうした、孝助?」
「どうやら俺たちは重要なことを忘れていたようだな」
「おいおい、急にどうした」
「すまんがパジャマはないぞ」
「そりゃ男子高校生の家に女物のパジャマがあったらおかしいだろ・・・あれ? 流美もいるんだよな。なんで1着もないんだ?」
「そりゃぁ・・・」
みなさんお気付きの、
「買ってくるの忘れたからな・・・」
「「あっ」」
あそこまで恥をかいて、なにをしに行ったんだ俺らは。
そんなどんよりムードで魚ノ目宅の夜は過ぎていった。
作者「ショッピングモール脱出! ドジャーン(ドヤッ)」
魚ノ目「なげぇよ・・・」