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7 ぬるぬるな境遇/ベタベタな自己紹介

 








「ごめんなさい、調子乗りました、反省しています」


「ほんとだぞ。チョーシ乗りすぎ」


「まあまあ。もとは事故みたいなものなんですよね、魚ノ目君」


「うう、わかってくれるか・・・」


「甘やかすなって。また、チョーシに乗るぞ」


「きっ、厳しい・・・」


「もう許してあげたらいいじゃないですか」


「いや、許してないってわけじゃないけど・・・」


「おお! 許してくれるのか! 恩にきるぜ、ありがとう!」


「ばっ! 抱きつこうとすんな! 抱っこすんな! 持ち上げんなぁ〜」








 人との触れ合いは大事だと、俺は今実感している。魚ノ目だ。


 やっとあの悪夢の場所から脱出したところだぜ。で、今は2階の喫茶店に入って、謝ってたところだ。






「孝助! 降ろせ、バカ!」


 あっ、持ち上げたままだった。


「おお。ついつい」


 俺は降ろしてやる。


「ついじゃねーよ!」


「そうだよ魚ノ目君。このくらいの子は、子ども扱いされるのは嫌なんですよ」


「・・・あちゃー」


 やってもうたか。


「えっ? なに魚ノ目君、どうしたんですか?」


「いやぁ・・・」


 俺は正面に座る池井から、俺の隣りに座るリサに視線をずらす。


「・・・・・・子どもじゃないもん」


 ちっちゃい声でなんか言ってるけどなリサよ、少なくともそのセリフは子どもだぞ。


「池井、よく聞け。見た目はこうだが、リサは高校生なんだ」


「え! でも・・・」


「なにも言うな、池井」


 今にも泣き出しそうだから。


 すると、リサは俺をキッと睨みつけて、


「そもそも孝助、おまえが子ども扱いばっかりするからだろ!」


 それはごもっともです。


「ごめんね、リサちゃん・・・でいいんですか?」


 池井が手を合わせながらリサの顔を覗き込む。


「ちゃんはいらない。リサでいいって」


 ちょっとそっぽを向きながら言った。恥ずかしがってんな。


「そう。じゃあ、はじめまして、リサ。私は、・・・」


「池井 流美だっけ? 孝助に聞いたよ」


 池井はちょっと驚くいたが、すぐに笑顔を浮かべて、


「うん。流美でいいですよ」


「わかった、流美」


 うむ。なんだかこういう会話を聞くとほのぼのしますな。まるで心が暖かくなるような。


「自己紹介は終わったか」


「うん。すんなり終わりましたよ」


「・・・すんなりとか言うなよ」


「ほんと、わたしが自己紹介するまで大変だったからな」


 ・・・犯罪者になりかけたりな。


「いや、あれはアウトだからな」


「リサ、地の文を読むな」


「なにがアウトなんですか?」


「それは・・・」


「わぁっ! なんでもない! なんでもない!」


 俺はリサの口を大慌てで塞ぐ。


「・・・?」


「きっ気にすんな。大丈夫だ、まだなにも起きてない」


「魚ノ目君、『まだ』って・・・」


「なっ! 孝助、やっぱりなんかするつもりだったのか!」


 俺の拘束を逃れたリサが叫ぶ。


「違う! 最初は誤解してたから、そういう意図はない」


「じゃあロリコンじゃねーか!」


「なんでだよ!」


「魚ノ目君、ロリコンだったんですか。ちょっとショックです」


「待て、池井。『ちょっと』ってなんだ、なんで少ししか驚いてないんだ」


「う〜ん、それは・・・」


「俺、今まで別におかしな行動はしてないはずだぞ」


「おい、どの口が言ってんだ」


 リサ、そう睨むなよ。


「だって、リサを連れてましたからね」


「ん?」「え?」


「確かに側から見れば、仲の良い兄妹に見えますけど、知っている人が見たら小学生を連れ回してるようにしか見えないですよ」


 ・・・真っ当すぎてグウの音も出ない。しかし・・・


「確かにそうだが、ひとつ大事なことを忘れてるぞ、池井」


「なんですか?」


 池井は首を傾げる。


「これだ」


 俺は隣りを指差す。


「あっ・・・」


「だから言わんこっちゃない」


 そこには、撃沈してるリサが居た。


「リサ、ごめんなさい。ちょっと忘れたんです」


 グサッ!・・・ドサッ。


 ・・・止め刺したな。


「リサ、リサ?」


「もうやめてやれ。そいつのライフはもうゼロだ」


「・・・あれ?だとすると・・・」


 池井がなんかブツブツ言ってから考え込み始めたぞ。


「・・・リサ、いい加減復活しろ。それに話があるんじゃないのか」


「あんまり人の多いところで言うってのはちょっと・・・」


「誰も聞いてないって。大丈夫だろ」


「そうか・・・、ん? なあ、孝助あれは・・・」


 そう言って外、正確にはショッピングモール内を指差すリサ。


「なんだよ、いったい・・・」


 外を見ると、あれは・・・・・・


「まずいな」


 委員長だ。エスカレーターで1階から2階に上がって来ている。


 やばい、こっちに来る。


「隠れろ!」


「ちょ! 孝助!」


 俺はリサを引っ張って、机の下に隠れる。


「こら、孝助! どこ触ってんだ!」


「しょうがないだろ。狭いんだし」


「ちょっと魚ノ目君、いきなりどうしたんですか」


「池井もこっち来て! できれば早く!」


 机越しに言ってきた池井も、よく考えたら隠れなきゃまずいということに気付き、呼び寄せようとしたのだが、この行動は結果からいうと失敗だった。


「なに? どうして隠れるの魚ノ目君・・・・・・」




 彼女は我が私立涼嶺高等学校の制服を着ている。それしか服を持っていないからだ。そもそも、今日このショッピングモールに来たのもそれが目的だ。数多の脱線があってもそれは変わらない。少し忘れかけたりとかしてない、断じてだ。・・・ほんとだぞ。




 一方、俺は机の下にいる。そこに池井はしゃがんで来ようとしている。何度も言うが制服でだ。そう、スカートでだ。最初は平気だった。彼女のスカート丈は、短すぎだろ! というほど短くなければ、いつの時代! というほど長くもない。まあ、女子高生的スカート丈って感じだ。だから、机の下からくらいじゃギリギリ大丈夫だし、俺の目はリサの方を向いていた。しかし、彼女はしゃがんで降りてきて、俺はそっちを向いている。









「・・・また会いましたね」


 縞パンとの本日2度目のご対面だった。






「魚ノ目君」


 ゴミを見る目どころか、触れたくもないゴミを焼却炉で綺麗さっぱり燃やし尽くすまで待っているかのような目だ。・・・自分で言っててわけわからん。


「おい孝助。『また』ってなんだ。わたしのか? それとも、こっちがか?」


 リサも似たような目で見てくる。流行ってんのかそれ。


「『わたしの』ねえ。リサのも見たんだね。ふぅーん。私が置いて行かれて、ひとりぼっちで放っとかれてたときに、こんなかわいい子のパンツ見てたんだ。へぇー」


 や・ば・い。ふたりとも目から完全に光が失われている。吸い込まれそうなほど綺麗というのはあるが、今こいつらの瞳に吸い込まれたら光さえ脱出不可能な気がするぞ。


「なにもなくてもかわいいのは事実なのに」


 あれ? 今、声に出したような・・・


「「!!」」


 ん? ふたりの動きが止まったぞ。目を逸らしていて、心なしか顔も赤い。


「ずっ、ずるいです・・・」


「ばっ、ばかぁ〜。へんなこと言ってんじゃねぇよぉ〜」


 ふたりとも顔を手で覆ってうずくまってしまった。いや、もともと座ってはいるんだけど。


「おいおい、大丈夫か・・・」


 俺が手を伸ばすと、


「「だっ、大丈夫(です!)(だ!)」」


 とふたりして似たようなことを言って


 ガン! ゴン!


 ・・・仲良く同じタイミングで机に頭をぶつけた。


「おい、大丈夫か?」


「うう、痛いです」


「イテーよ、孝助・・・」


「うっ、うん。だよな」


 そんだけ盛大にぶつければ、そうなるよな。


 どうしたらいいかわからないので、とりあえず俺はふたりの頭を撫でてみる。


「え?」


「なにを・・・」


「いや、どうしたらいいかわかんなくて。嫌か? ならすぐやめるけど・・・」


「大丈夫です!」


「やっ、やめんな! 続けろって!」


「おっ、おお」


 めっちゃ、食い気味で言われた。そんなに痛かったのか?


 俺は喫茶店の中で机の下に入りふたりの女の子の頭を撫でるという骨董無形な状況で、ふと思ったことを口にする。


「でも池井、スライムでも痛いんだな」


「溶けてるわけじゃなかったですからね。とっさのことで溶ける暇もありませんでした」


「自分で自由に溶けられるような言い方だな」


「一応、溶けることそのものは自由にできますよ」


 そうだったんだ。


「今まで焦ったり、慌てたりして勝手に溶けたときしか見たことなかったもんでな。知らんかったわ」


 俺はふざけた口調で言う。


「もう魚ノ目君、それじゃ私がいつもドジってるみたいじゃないですか」


「あれ? そうじゃなかったっけ?」


「う・お・の・め・く・ん」


 おやおや、激おこだ。


「私はミスしませんよ」


「ほんとかぁ〜」


「大丈夫です。私には強い味方がいます」


「誰だよ、いったい」


 池井のドジを防げるやつなんて・・・


「マンガの予言に従えば・・・」


「やめーい!」


 一番頼ってはいけないものに頼ってた。


「大丈夫! 絶対に外れませんから」


「その前にいろいろな部分を踏み外しているから! むしろ踏み抜いちゃってるから!」


 最近見たからってこんなすぐ書くなよ!


「なあ、孝助・・・」


「おお、リサ。おまえからもなにか言ってやってくれ」


「いや、盛り上がってるとこ悪いんだけどよ・・・」


「いや、盛り上がってない! 断じてだ! ここだけは否定しなければ! 実は楽しんでるとかバレたらやつの思うツボだ!」


「だれだよ、やつって」


「気にするな、こっちの話だ」


 大人(裏)側の話だ。


「そうじゃなくって。流美のこと」


「えっ? 池井のこと?」


 俺は視線を池井に向ける。


「私?」


「そう」


 池井になにを、ってもともとリサは池井に用があったんだっけ?


「流美の身体のことで・・・」


「わっ、私の体って、知ってるのは魚ノ目君だけだよ!」


「待てい! なにとんでもないことを口走っとんじゃい!」


「孝助! あんたはなにやってんだぁー! じゃなくて。そういう意味じゃねーよ。どっちか言えば体質か?」


「どういうこと、リサ?」


「さっき孝助とスライムだの溶けるだの・・・」


「!!」


 あっ、やべ。でも・・・


「そっ、それはねぇぇ・・・」


「大丈夫だと思うぞ、池井」


「え?」


 慌てふためく池井を制して言う。


「きっとおまえの用事ってこの事だろ、リサ」


「・・・そうだよ」


「どこで知ったんだ?」


「それは・・・」


「ちょっと待って! 話を勝手に進めないでよ。どういうことなの?」


「たぶんだけど、リサも一緒だぜ。おまえと」


「え? えっ!? えぇぇぇぇぇぇ!」


 いいリアクションだ。俺の後継者になれるな。


「じゃあ、この子もスライム・・・」


「いや、たぶん違うと思うが・・・」


「本当なんだな?」


 俺と池井は顔を見合わせて・・・


「本当だ」


 俺が断言する。


 すると、池井がすっと手を出して、


「ほら」


 少し溶かした。


「本当なんだ」


「うん。少し恥ずかしいんですけどね」


 そう言って手を元に戻す。


「なあ。じゃあリサ・・・」


 おまえはいったいなにもの、と言いかけて俺は気付く。リサの戸惑った顔に。知っていたはずなのに、どうしたらいいのかがわからないといった顔に。


「リサ」


「なんだ?」


「とりあえず、とりあえずだ」


「? 早く言えよ」


 俺はそこそこ意を決して。でも、至極真っ当な事を言う。











「そろそろ机の下から出ようぜ」





 ***










「やっと出れたぁー」


「もともと押し込んだのはおまえだけどな」


「そう言うなって」


 俺は体を起こして、席が正面になったリサに言う。池井は俺の隣だ。


「じゃあ、なにから聞こうか・・・」


「魚ノ目君、私どうしても聞きたい事があるの」


「えっ、それじゃあ・・・」


 こんなにはっきりした口調は珍しいな。なんだ?


「リサ、あなたはどこから来たの?」


 池井のその質問に俺は思い出す。池井の出生いや、出現の事情を。そういうことか、確かに真っ先に聞きたいだろうな。


「・・・言いたくない」


「それじゃ・・・」


 そうか、リサも・・・


「絶対帰れって言うから」


「え?」「は?」


 俺らふたりはポカンと口を開ける。


「え、ちょっとなんだよ、その反応は」


「おいリサ、いったいどういうことだ・・・」


「わたし、家出中なんだよ」


 なんだそりゃ。


「だから、あんまり言いたくないんだよ。帰れって言われるから」


「びっくりさせんなよ〜」


 俺はイスに身を投げ出す。横で池井も机に突っ伏している。


「だからなんだよ、その反応! 家出だぞ家出! なんでそんなことかっていうリアクションなんだよ!」


「だって、そんなことだもん」


 あれに比べりゃな。


「帰れとか言わねーのかよ」


「言わねえよ。むしろ匿ってやるくらいだ」


「はあ? 匿う?」


「それくらいなんも言わないってこと」


 別に可能だけど。


「そっか。匿ってくれんのか・・・」


 なんかモジモジしながらちっちゃい声でなんか言い始めたけどまあいいや。


「じゃあ、その件は一旦置いといて、次だ」


「置いちゃうんですね」


 置いちゃいます。


 俺はリサを真っ直ぐ見つめると、さっき飲み込んだ言葉を今度は言う。


「なあ、リサ。おまえはなにものなんだ?」


「わたしか。わたしはなあ、孝助・・・」


 リサは俯く。すごく言いづらそうだ。


「信じろ」


「え?」


「絶対に大丈夫だ。例えおまえがなにものであったとしても」


「孝助・・・」


 隣で池井も頷く。


「魚ノ目君は私を受け入れてくれました。だからあなたもきっと大丈夫ですよ」


「流美・・・」


 リサは頭をブンブン振って、こっちを見ると、


「ありがとう! もう大丈夫!」


 そう言って、さらに言葉を続ける。


「わたしは東郷 莉沙。そして・・・」


 彼女は自分の胸に手を当て、はっきりと、そして高らかに言い切る。


















「サキュバスだ」






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