6 ぬるぬるな仲間/ベタベタな事実
「・・・どうしよう。なんでこんなことになったんだ? 気付いたら加害者ってのはよく聞くが、まさか俺がこうなるなんて。もうお天道様に顔向けできないじゃないか。何がいけなかったんだ? 全く思いつかんぞ」
「いやいや、全部でしょ。最初から最後まで」
「バカな。俺のどこにダメな点があったというんだ」
「女の子をトイレに誘拐した」
「知らなかったんだ、まさかJKだったなんて」
「いや、気付けっての。あと、仮に小学生だったとしたらもっとまずいだろ」
「大丈夫だ。俺はロリコンじゃないから問題ない」
「関係ないな、それ」
「バカな! ロリコンじゃなければ、小学生といちゃついても合法だと聞いたぞ!」
「そんな法律あるか! あとおまえやっぱりロリコンだな! 願望がだだ漏れだぞ!」
「はっ! リサ、図ったな!」
「かかったな!作戦通り、・・・って図るか!」
「おおー。実にいいノリツッコミだ。さすがさすが」
「ほっ、褒めんにゃぁ〜!」
・・・よお。見つかったら一発アウトの状況で、ついつい叫んでしまった魚ノ目だ。
それで、今どうしてるかって? 安心していいぜ、すでに脱出済みだ。今は、その現場となった一階のトイレ前のベンチにリサと一緒に座っているというわけだ。
「お〜い、孝助。急に黙ってどうしたんだ?」
「いや、ちょっと状況説明をだな・・・」
「ジョーキョーセツメー? いったいそれってどういうこと・・・」
「まあ気にするなよ、話を戻そうぜ。確かだな、俺が華麗におまえを連れて脱出したって話だったよな」
「そんな話はしてねーだろ。なにかっこつけてんだ」
「だいたいあってるだろ」
「いや、脱出したとか言ってるけど、トイレからだからな。わたしを連れてとか言ってたけど、連れ込んだのもあんた自身だからな」
まあ、そうだけどな。
「なあ、というかさあ」
「ん? なんだ、リサ?」
「そもそもなんでわたしをトイレなんかに連れ込んだりしたんだよ?」
「あー、それはだなぁ・・・」
俺は上を見上げて頭を掻く。
「言いにくいんだけどなぁ・・・」
「なんだよ、早く言えって。はっ、孝助、あんたまさか!」
リサが身を抱えて後ずさる。
「違う! それは神に誓って大丈夫だ」
「・・・ほんとかよ」
「ああ! 少なくとも最初は小学生だと思ってたからな!」
俺は胸を叩いて断言する。
「・・・それはそれでムカつく。で、理由は?」
「もちろんそれは俺がロリコンじゃないから・・・」
「そっちじゃないわ! 通報するぞ!」
「ごめんなさい許してください通報だけは勘弁してください」
俺はベンチから飛び降り土下座を決めた。横回転を加えることでリサの正面に着地するようにした、一回転ひねり土下座だ。体操の種目に土下座があるなら代表入りは間違いない完成度だ。これだけのできなら必ずや許してもらえ・・・まてよ、前回同じようなことをしてドン引きされてるじゃないか。しまった、また同じ轍を踏むとは・・・
そう思って顔を上げると・・・
「まっまあ、そこまでするなら通報はしないでやらんでもないぞ」
・・・許してくれた。あとなんだその喋り方は。誰だよいったい。いいのかそれで。めっちゃ見下ろしてるじゃん。ベンチの上に立っちゃて・・・る・・・・・・
「白か。意外だな」
「は?なにが・・・・・・」
あっ、ばれた。
「・・・・・・・・・・・・よっ、と」
リサはベンチから降りて・・・
「もしもし、警察ですか・・・」
「ごっ、ごめんなさぁ〜〜〜い」
俺は再び、頭が地面にめり込むじゃないかってくらいの土下座を繰り出した。
***
「・・・ごめん」
「・・・もういいっての。わたしも悪かったわけだし」
「・・・いやでも、あの発言は完全に俺の落ち度であって・・・」
「・・・いいってば。こっちも調子乗って立ち上がったりしたし・・・」
「いや、俺が・・・」
「でも、わたしが・・・」
さて、一転してお通夜ムードだ。あの後、変な空気になり、それを未だ打破出来ないでいる。
「もういいってば。それより、いい加減理由を言いなよ・・・」
「おっ、おぉ。それはだな、・・・・・・」
俺は話そうとして前を向き・・・
「!!」
次の瞬間、リサを抱えてベンチ脇にあった観葉植物の影に身を潜めた。
「!! なっ、なにを・・・」
「しっ!」
俺は指を立てる。そして、それが通り過ぎるのを待った。
「・・・・・・行ったか」
「じゃあ早く離せよ・・・」
あっ、抱えっぱなしだったな。
「ほらよ」
「・・・あっ、ああ」
「いや〜、いきなり悪かったな・・・あれ?」
リサがボーッとしてる。顔も赤い。
「どうした? 風邪か?」
心配して、俺が顔を近づけると・・・
「なっ、なんでもないなんでもない。元気だ、元気。だだだ大丈夫だ!」
「ならいいけど・・・」
「そっ、それよりな! ほっ、ほらよ、なんだったわけだよ、いったい!」
「・・・あれだよ」
俺はその子、委員長を指差す。
「・・・なんで女の子なんかから逃げてんだよ?」
「いや、それはだな・・・」
しまった、どうしよう。もし、委員長のことを話すとすると、池井のことも話さなくちゃいけないじゃないか。そう、スライムであることを・・・ん? まてよ・・・
「なあリサ、もしかしてなにか用があったんじゃないか」
「ん? どういう意味だ?」
「いや、だからよ。もともと俺じゃなくて、なにか別に用事があったんじゃないかと思ってだな」
「・・・・・・え〜と」
忘れてたな、こいつ。
「なんだったんだ?」
すると、リサはハッとした顔をして言った。
「そうだよ! なんでおまえ魅惑されないんだ!」
は? 魅惑?
「いや、確かにかわいいのは認めるけど、自分で魅惑って・・・」
「なっ! へっ、変なこと言うにゃ、ってそうじゃなくてだな! なんで効かない・・・あっ」
「『あっ』?」
「いやなんでもないぞ、うん。どうせ言っても信じないだろうしさ・・・」
・・・まさか。
「赤目」
「!!」
リサの小さい体がビクンと跳ねる。
・・・やれやれ。どうやら、あれは見間違いじゃなかったようだな。
「見てたのかよ・・・」
「見せたんだろ」
「まあ、そうだけどさ・・・・・・きみ悪いだろ」
「え?」
「赤目なんてきみ悪いだろ、って言ったんだよ」
「・・・そんなことない」
「ははっ。やさしいな」
リサは自虐的に笑うと、うつむいてしまった。
「・・・おまえも、もしかして池井と一緒なのか?」
「池井? 誰だよ?」
「たぶんおまえが探しているやつだよ。今は買い物中」
たぶんな。
「池井って名前なのか」
「ああ、そうだ。池井 流美だ。きっとおまえと仲良くしてくれるぞ」
「なんで会う前提なんだよ」
「これから会いに行くからだよ」
俺はリサの手を取って立ち上がる。
「え! ちょっと待て・・・」
「大丈夫だ。どこで知ったのかは知らないけど、たぶんおまえといっしょだぞ」
「!! それって・・・」
「安心しろ。俺も味方だ」
「・・・わかったよ。行くか」
リサは頷いてくれた。
「よし! 行くぞ! おー!」
俺は腕を突き上げる。
「ほら、リサも」
「おっ、お〜?」
「声が小さいぞ!」
「おっ、おおー!」
「OK!」
「でっ、場所は?」
「・・・・・・・・・・・・あ」
***
「ここだったな・・・」
はい、ランジェリーショップです。
「あんたさぁ、なに考えたらここから行こうってなるんだ?」
「・・・テンション」
「え?」
「その場のノリは怖いって話だ」
「はあ・・・?」
ほんとノリで行動するとロクな目に合わないからな。
「さて、どうするかな」
どうやって池井を呼ぼうか考えるか・・・
「なにやってんだよ。行くぞ」
「え? まじ?」
リサは俺の腕を引っ張って、店内に入ろうとし始めた。
「いやいや待てよ!まずいって、リサ」
「堂々としてりゃ大丈夫だって・・・たぶん」
「今たぶんて言っただろ、おい!」
「なんとかなるって」
「たった今ピンチを乗り越えたばかりなんだぞ」
「あれは自業自得だっつーの」
そうでした。
「ともかく行くぞ!」
「い〜や〜じゃぁ〜。これ以上前科を増やしたくな〜い〜」
「・・・一応、自覚はしてるんだな」
・・・まあ、そりゃね。
「早くしないと操ってでも連れて行くぞ」
「おいおい、一体全体どうやって操る気なんだよ」
俺は大袈裟に手をやれやれの形にしながら言う。
「やれるもんならやってみな!」
出来るわけあるまい。どんな方法で・・・
「いいか、まずジャンケンで3回勝って・・・」
「はい!、ダメー!」
タブーだった。
「なんでだよ! まさか負けるのが怖いのか?」
「おまえの発想が怖いからな! 絶対にやらんぞ! 左手、足の順番で奪われたりしないからな!」
「・・・やけに具体的だな」
「ジャンケンはしない!」
「そんなギャンブルは二度としないみたいな言い方されても・・・」
賭け事は良くない。なんとなくそう思う。
「じゃあ、不戦勝ってことで。行くぞ〜」
はい〜?
「誰かぁぁぁ! ヘルプゥゥゥ!」
「あきらめなって、いい加減」
「くっ、誰も助けてくれないなら閃くしかない。・・・ムリィィィ! 急にはムリィィィ!」
「はいはい。覚悟決めなよ、孝助」
「ノォォォォォォン」
・・・現実は非情であった。
***
「入っちゃったよ・・・」
ついに侵入してしまった。場所としては入ってすぐの試着室前だ。
「いや、大丈夫だって」
「店員や女性客の目が痛い・・・」
つっ、辛い・・・
「気のせいだって」
「どう見られてんだろ・・・。こころなしか笑われてる気がするぞ・・・」
全てが敵、という錯覚を覚えそうだ。
「さすがにそれはないだろ」
「じゃあ、聞いてみろよ」
「はいはい、わかったよ。どれどれ・・・」
そう言って俺とリサは女性客の会話に耳を傾ける。
『かわいい子ねぇ〜』
『小学生くらいかしら。きっと妹さんよね』
『お兄ちゃんに下着まで選んで貰おうなんて、仲の良い兄妹ねぇ〜』
「「・・・・・・・・・」」
なんか想像してたのと違う。
「しょっ、小学生なんかじゃないもん・・・」
リサは顔を真っ赤にしながら涙目になって、ちっちゃい声で否定しだすし。
「だっ、大丈夫だろ。気にすんなよ」
「うっ、うん」
立場が逆転してしまった。でも、少なくともリサのおかげで俺が不審がられることはなくなったからな。感謝せねば。
「ありがとな」
俺はリサの頭をぽんと叩く。
「なっ、何がだ! 何をだ! 何してんだぁ〜!」
混乱したのかリサが手を振り回して、意味不明なことを言い始めた。
「わっ、ちょ、待て、落ち着け!」
「そもそも! あんたがこういうことばっかするから、わたしが子供に見られるんだろうがぁぁぁぁ!」
うわー、まったくその通りかも。
「悪い、悪かったって」
「うぅ〜、謝れぇ〜。謝れよぉ〜」
「謝るから泣くなってば」
「泣いてなんかないわ!」
「いや、泣いてるだろ・・・」
「ええーい! うるさい! 泣いてないったら泣いてないんだ!」
やばい! 火に油を注いじまった!
「わかった、もうやらないから! 頭撫でたりしないから! 金輪際!」
「え? それはちょっと・・・」
急にリサが暴れるのをやめて、手を体の前で組んでモジモジし始めた。確かにかわいいさがさらに際立つ動作だか、今の俺からしたらどうでもいい。
押される力が急になくなると、人はどうなるか。実に簡単である。
「急にやめんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
慣性の法則とやらにより、バランスを崩してコケるのである。
「ちょ! 孝助!」
というわけで、バランスを崩した俺は更衣室の中になだれ込んでしまった。
しかも、使用中のところに。
俺は急いでその使ってる人の方向を向き、謝ろうとした。
「ごっ、ごめんなさ・・・」
しかし、はっきり言ってその行動は不味かった。
なぜなら、更衣室を使用中の女性の方向を向くってことは・・・
「うっ、魚ノ目君!?」
「池井!?」
女性のあられもない柔肌が眼に飛び込んで来るということであるからだ。しかも、知り合いの。
「おい! 大丈夫か、孝助!」
しかも、後ろからリサが入って来た。なんせこの状況じゃ、俺が倒れたのをいい事に少女の裸を凝視しているようにしか見えないので・・・
「魚ノ目君・・・」「孝助・・・」
前門の虎後門の狼、2人が前後に立ちはだかり、ゴミを見るような目をしてくるじゃないか。
じゃあ、またあれをやるしかないようですな、まったく。そろそろ俺もただやるだけじゃ満足出来ないくらいの場数を踏んで来ちまったぜ。さてと、・・・・・・
俺は目を閉じ、薄く笑うと立ち上がり・・・
「ごめんなさ・・・ぐはっ!」
華麗にローリング土下座を狭い更衣室内で決めようとして、俺は普通に更衣室の壁に背中をぶつけた。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「いっ、・・・痛い・・・」
2人の俺を見る温度がさらに下がった気がする。
「い・・け・・い・・・・・」
ガラッ!
カーテン閉められた。
「リ・・サ・・・・・」
スタスタスタ。
立ち去られた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この魚ノ目 孝助、色々な目にあって来た。目の前で女の子が溶けたり、ビンタされたり、女性用下着売り場に連行されたり。土下座もたくさんしてきた。失敗だって別に大したことじゃないと思ってる。
だが、ひとつだけだ、ひとつだけ耐えられないことがある。
「無視だけは・・・・・・・・・・・・・・・・・無理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
構って貰えないのは・・・さみしい。