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12 ぬるぬるな協力/ベタベタなその手

今回はややタイトル詐欺

 






「・・・というわけで、俺たちはこの神社を調べているんだ」


「そうじゃったのか・・・。それは大変じゃったのう」


 俺は今、古びた神社の裏で幽霊に事情を説明するという奇妙でキテレツなことをやっていた。




「ならばこのタツが手を貸すぞ」


「はは、ココロヅヨイナー・・・」


 俺は適当に答える。かなり問い詰められたのでつい話してしまったが、これはちょっと軽率だったかもしれない。まあ、この幽霊もといタツの若干の面倒くささに、心が折られそうというのも同時にあったが。


「ということはあの者たちはもののけの類になるのか? 世の中、不思議なこともあるものじゃのう。」


「いや、幽霊のあんたが言うなよ」


 というか、もののけって。2人とも一応西洋由来なんだが・・・


「まあまあ。それにふたりもわしのことを怖がっておるし、おあいこじゃろ」


 タツの言った通り、あの2人は未だに近づいてこない。今も少し離れた草むらからこっちをチラチラ覗いている。


「・・・おぬし、やつらにいい加減こっちに来るように言ってくれぬかのう」


 タツが近寄って耳打ちをしてきた。


「さっきそれをしようとして、失敗したばかりだろ。・・・主にあんたのせいでな」


 俺は面倒くさそうに答える。俺は先ほども2人を説得しようとした。が、ノコノコ後ろから付いて来たタツが「うらめしやー!!」と、突然言ったせいで余計ややこしくなって今に至る。


「いや、じゃからあれは悪かったと謝っておるじゃろう」


 ばつの悪そうな表情をして、少し目をそらしながらタツは弁明する。いじらしく、人指し指もくるくる回しだした。


「幽霊じゃから一度くらい言うた方がよいかとおもうてのう」


「どんな義務感だ」


「まっ、まああれじゃ。『うらめしやー』の本分は果たしておるし・・・」


「いや、あれ全然怖くなかったぞ」


「なんじゃと!? それは本当か!」


「え、ああ、うん。はっきり言って全然」


 なぜか妙な食いつきを見せたタツに対して、俺はちょっと後ずさりながら答える。タツのうらめしやは元気がありすぎて、全然怖くなかったのだ。あれは怖がってのではなく、驚いてたが正しい気がする。


「そうか・・・全然怖くはないか・・・。ははっ、これでは幽霊失格かのう」


「安心しろ、お前の見た目に失格要素はない。むしろ、落武者というオプション付きだ」


 一度俯いたあとにかぶりを振って笑い飛ばしたタツに俺は指摘する。まあ、完全に見た目だけなんだけどな。


「・・・まあ、わし自身を怖がられておらぬだけましなのかもしれんのう」


「ん? 自分で驚かしておいてなに言ってんだ? そんなに怖くなかったのがショックだったのか?」


「いや、そこではないのじゃが・・・。まあ、怖くなかったというのも気になるといえば気になるのじゃが、そこではなくのう・・・」


 タツはなんだか含んだ言い方をした。どういうことだ?


「いや、たいした話ではないのじゃよ。・・・まあ、すでにこの世のものではないからのう。どれだけ生者のふりをしても、のう・・・」


「あ、それは・・・」


 柄になくうなだれるタツを前に、俺はつい言葉を失ってしまった。そうだ、今タツはただ幽霊というだけで怖がられているのだ。柄になくになんて言ってしまったが、自分が死んでるっていう事実は重い。


 その中で明るく振舞っているとしたら。


 そして、その努力をもってしても、恐れらているとしたら。俺だって、最初は怯えてしまっていた。幽霊は怖い。でも、それは怯える側の話であって、怯えられる側は・・・


「まあ、しょうがないことじゃからのう。わしは幽霊じゃし。おぬしがあまりにも普通に接してくれるから、ちょいとふざけたりもしたが、あちらが普通の反応じゃからのう」


「いや、それは・・・」


「ああそうじゃ、ぬしらはここを調査しておったのじゃのう。どうやら邪魔をしてしまっているようじゃのう」


「そんな邪魔なんて・・・」


 なんとか答えた俺だが、その反論は最後まで続かなかった。タツが手で遮り、「よいよい」と自分の話を続ける。


「さっきは手助けすると言うたが、この場から去る、っということで手助けしたということにしてくれぬかのう。じゃあ、わしはこれで・・・」


 タツは笑顔で振り向き、その場を立ち去ろうとする。しかし、さっきから天真爛漫な笑顔を見せつけらていた俺にとって、その笑顔が無理やり作られたものだということを見破るのはそう難しいことではなかった。






「・・・いや、だめだ。ちゃんと手を貸してもらう。だから、いっしょに来てくれ」


 俺は立ち去ろうと振り向いたタツの手を強く掴み再びこちらを向かせる。浮いてるのと高い身長のせいで俺が見上げる形になる。幽霊であるはず彼女の手からは、あるはずのない温かみを感じた。


「なにを言うておる。わしなどいても邪魔しか・・・」


「いや、あんたの力が必要だ」


 タツは視線をそらし、こちらを見ない。たぶん作り笑顔はもう消えている。弱々しい声色がそれを確信させる。それに反して、俺の口調は強くなる。




「小石ひとつ動かせん幽霊になにをさせようというのじゃ」


「それは・・・・・・今から考える」


「はっはっは、無茶苦茶言うとるのう」


 下を向きながら発した、乾いた笑い声が響く。タツの視線がわずかにこっちを向く。髪の隙間から見える上目遣いの表情は、今までで一番幽霊らしい。そして、その半透明の瞳は、なにがしたいのかわからないといった疑問と、どうしてそこまでといった困惑が混じった複雑な心もようを俺に伝えてきた。




「それでも・・・・・・」




 タツと名乗ったこいつはまごうことなき幽霊だ。半分透けてて向こう側は見えてるし、ふわふわと浮いてて、足は地面を捉えてない。その半透明の綺麗な手はなにも掴めないし、触れられない。その存在は、さっきの作り笑顔のように簡単に消えてしまいそうだ。ある意味、それは幽霊としては正しいかもしれない。でも、だからこそ・・・・・・






「あんたに唯一触れられる俺が、今のこの手を離すわけにはいかない」


「おぬし・・・・・・」


 タツが顔を上げた。秋のまだまだ強い日差しは体をすり抜け、俺の顔にも当たる。おかげでその表情が伺えない。




 ふたりの間にわずかに沈黙が流れる。




「・・・そうじゃな、さっき言うてしもうたからな。約束は守らんとな」


 先に沈黙を破ったのはタツだった。タツはもう大丈夫というように、もう片方の手を握った手に重ねてきた。その確かな温もりに、自然と俺の手の力が抜けた。


「すまんのう、おぬし」


「いや、言いっこなしってやつだ。気にすんな」


 再び申し訳なさそうな顔をしてしまったタツに対して、俺はひらひらと手を振る。


「いや、少なくとも全力で協力をさせてもらうぞ。まずはこの刀を使うかのう」


「なに当然のように刀を抜いてるんだ。というか透けるからなにも切れないだろ」





「いや、触れて切れるものもありますよ、魚ノ目君」


「そうそう、ここにひとりな」


「うわっ! 2人ともいつの間に」


 いつの間にか背後に池井とリサがいて、体を抑えてくる。両側・・・いや、右側から柔らかい何かが腕に押し付けられる。


「見ていたらいきなり手を握ったりして、『俺にはあんたが必要だ』とか口走って」


「そんな、誰でもすーぐ口説いちゃうようなチャラ男は、一回切られた方がいいかもな。なんか、唯一触れられるらしいし」


 なんだか2人ともニヤニヤしながらとんでもないことを口走りだしたぞ! というか全部聞いてたのかよ!


「口説く? チャラ男? なに言って、というか切るってなに!? ねえ、なにを切るの!? どこを切る気なの!?」


 俺は振り払うために抵抗するが、意外とガッチリ抑えられてて動けない。


「『ちゃらお』とやらがなになのかはわからんが、とりあえず切ればよいのじゃな」


「よくねえ! 待て、ちょ、本気、本気なの!? 武士の誇りとかないの! 動けない相手切って楽しいの!?」


「刀が、血を求めておる・・・」


「嘘つけ! そんな半笑いの顔で言っても説得力ないわ!」


 にやけたような笑みを浮かべながら近づいてくるタツに向かって、俺は悲鳴をあげる。真剣な口調で言いたかったらしいが、こらえ切れなかったらしく、結果半笑いになってる。口元なんかは半分だけ口角が上がり、せっかくの美人が台無しだ。


 でも、その顔はさっきの作り笑顔はもちろん、ひとり俺の前ではしゃいでいた時よりも魅力的に見えた。




 今思えば、あの天真爛漫な笑顔は自分以外の人間に会えたから喜んでいたのかもしれない。






「ほら、いっちゃって下さい」


「ザックリだぞ、ザックリ!」


 なんて感傷に浸ってる間に、俺の状況はどんどん緊迫していっていた。というか、なんでそんな楽しそうなんだよお前ら3人とも!


「お前らも煽んな! え、ちょ、待って、そんな硬くて長いもの近づけないでぇー!!」


「うふふ、よいではありませんか」


「やめろ、池井! そんな嗜虐的な目でみるな! なにかが目覚めちゃうぅぅぅ!」


 ちなみにリサもよいではないかを言っているが、なぜかおもちゃを買って欲しい子供にしか見えない。


「ほれほれ観念せい。ゆくぞ!」


「うわぁぁぁ! おっ、俺のそばに寄るなあぁぁぁぁ!!」


 そうして昼下がりの神社の裏で、池井やリサの悲鳴をはるかに超える情けない俺の絶叫がこだました。
















 ***










「改めて名乗らせてもらおうかのう。わしはタツじゃ。まあ、見ての通り幽霊じゃ」


「本当に改めてで、今さらだな・・・」


 まさか名乗ってから丸々一話名前が出てこないとはなあ・・・


「おぬしがわしの名を呼ばんからじゃろう」


「さも当然のように地の文を読むな。こんなものを標準搭載スキルにするな」


 こんな際どい伝統芸はさっさと廃れろ。




「ええと、タツさん? 本当に幽霊なんですね」


「うむ。見ての通りじゃ」


 なぜか、胸を張ってタツが答える。さらに、なぜかリサが崩れ落ちる。


「向こうは幽霊、これ以上成長しない・・・。わたしにはまだ伸びしろが・・・」


「おい、どうしたんだよ」


 そのまま地面にうずくまって、ブツブツ言い出してしまったリサに俺は声をかける。


「・・・格差社会って絶対ダメだよな」


「お前はなにを言っているんだ」


「どうしたのじゃ? その童、ではなかったのう。ええと・・・淫夢娘じゃっけ?」


「おい孝助! どんな教え方してんだ!」


 リサが俺の襟首を持ってガンガン揺さぶる。


「小学生じゃないことをあらかじめ説明してただけまだマシだろ!」


 揺さぶり攻撃から脱出しつつ、俺は反論する。リサの両腕を取り、なんとか抑えようとする。


「でも淫夢娘だぞ! いくらなんでも嫌だ!」


 俺に両腕を抑えられながらも、なおもリサは噛み付いてくる。


「しょうがないだろ! サキュバスは直訳だと夢魔だけど、それに当たる妖怪やもののけの類いなんて思いつかなかったんだから。 内容まで説明するしかなかったんだよ」


 というか俺は妖怪博士じゃないし。そんなにポンポン妖怪が出てきてたまるか。


「まあまあ、魚ノ目君もリサも落ち着いて。これから誤解を解けば・・・」


 池井が仲裁に入るべく俺たちに寄ってくる。それにタツが反応した。




「おお、粘液娘。そういえば、まだ質問の途中じゃったのう」


 ・・・最悪の形で。




「ああ、流美が崩れ落ちた!」


「しっかりしろ、池井!」


「ねっ、粘液・・・。うすうす自分でも感じてはいましたけど・・・」


 かなりのダメージを負ったらしく、仏壇の鐘の効果音が似合いそうな顔になってしまっている。


「わあ、認めるな認めるな!」


「気をしっかり持て池井! 諦めたらそこで試合終了だぞ!」


 効果があるのかは全くわからないが、とりあえず2人で揺さぶってみる。学校で習った救急講座はもちろん役立ってない。




「わし、なにかまずいことを言ったかのう?」


 覗き込んでくるタツに自覚はないらしい。おかげでいっそうタチが悪い。正直、喋らせないくらいしか解決策がないんじゃないかという気分になる。しかし、そうもいかないので俺は別の案を放った。


「ああもう、話が進まねえ! とりあえずこっちも名乗ろうぜ。名前で呼んでもらえば問題ないだろ」


「そっ、そうですね。私は池井 流美です」


「わたしは東郷 莉沙だ。リサって呼んでくれ」


 なんとか立ち直った池井が名乗る。それにリサも続いた。


「流美に莉沙か。うむうむ、確かに覚えたぞ」


 微妙にリサの希望が通ってない気がしたが、これでとりあえずさっきのようなことにはならないだろう。俺は胸をなでおろし、自分も名乗る。




「そして、俺は魚ノ目 孝助だ」


「はっはっは! 変な名しとるのう、おぬし!」


 結構がんばって名乗ったのに笑い飛ばされた!?


「おい! いきなり笑うなよ! しかも結局名前で呼んでないし」


「まあまあ。少々変じゃが良い名じゃよ。それに、おぬしはおぬしじゃ」


「・・・なんか納得いかねえ」


 なんだか誤魔化された気分だ。しかし、さっき散々呼び方でひどい目にあった2人は、俺もやられたのを見てご満悦らしい。


「女の子相手にあんな言葉を吹き込んだ報いです」


「自業自得ってやつだよな。これでわたしたちの苦労も多少はわかるってもんだろ」


「うむうむ」


「おい、最後」


 関係ないのが混ざってんぞ。




「というより、ここでふざけててよいのか? 早くわしも刀をふるいたいのじゃが」


「ふざけてる自覚くらいはあったんだな」


「いやー、それほどでもないのう」


「なぜ照れる!?」


 というか、なんで刀使うこと前提なんだよ。




「でも、タツさんの言うことも最もですよね。この後はどうするんですか、魚ノ目君」


「あー、それなら実は目星はついてはいるんだ」


「えっ、そうなのか?」


 リサが驚くのも無理はない。それを見つけたのはついさっきのことだから。実は、見つけた時にはあまり気にするようなことではなかったのだけど。


「ああ、しかもちゃんとタツが役に立つ可能性を残しながらな」


「おお、それはすごいのう!」


 タツが嬉しそうに手を合わせる。


「・・・今、遠回しにタツさんを役立たず扱いしてませんでしたか?」


「結構ひどいな、孝助」


「本人が気づいてないからいいんだよ」


 まあ、あくまで可能性だからね。なんの言い訳にもなってないけど。そんな感じのことを3人でこそこそ言い合う。




「でじゃ、わしはなにをすればいいんじゃ」


 当の本人は能天気だ。そんな黒い会話があるとも夢にも思っていない。そして、こちらに期待の目を向けてくる。俺は胸にチクリとくるものを感じながら、あのことをみんなに言うべく口を開く。


「それは・・・」


 俺はある方向を指差す。みんながつられてその方向に視線を動かす。













「あそこの道案内を頼む」


 そこには、真っ暗な暗闇が広がっていた。















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