10 years after 3
結局、その日、あの質問から、浅倉はずっと姿を見せなかった。
そして放課後になった。
「そういえば、浅倉くん、一度も教室来なかったねー?」
「でもカバン置いてあるし…サボりなんじゃないの?」
「えー? だって、黒髪に戻して、厚生したんでしょ?」
そんな声が、教室を飛び交う。
あーもう、気になって仕方ない!!!
探しに行くか…
いない。どこにもいない。
全ての教室と廊下を見て回った。
男子トイレも確認してもらった。
でも、浅倉はいないかった。
あと、行ってない場所…
立ち入り禁止の屋上くらいだ。
まさか…
ガチャ───
屋上の扉は開いていた。
フェンスに寄っかかっている人影が見える。
「浅倉…?」
ゆっくりと、影がこっちを見る。
「委員長か」
そう言ってまた、元の方向を見た。
「浅倉! 何で授業出なかったの!?」
いつものように怒ってみた。
「……」
反応がない。いつもなら言い返してくるのに。
「何で急に髪の色とか戻したの?」
「……」
やっぱり反応がない。
「…俺のこと見て何とも思わないの、って、どういう意味だったの?」
正直、これが一番聞きたかったこと。
「浅倉…? うわっ!!?」
最後の質問をした後、浅倉はこっちへ歩み寄って来て、私の肩を強い力で掴んだ。
「本当に…これでも思い出せねぇの?」
目がそらせない。というか、動けない。
「だから、何の話なのよ…?」
「俺は、一日だって忘れたことなかったんだ! …莉子」
莉子? 浅倉は、今まで私のこと委員長って…なんで名前で……
「なあ、委員長。…俺の名前、知ってる?」
「浅倉でしょ?」
「違う、下の名前!」
…朝倉の、下の名前……
「浅倉、渚」
「!!!」
そうつぶやいた浅倉。
その瞬間、私の頭の中は、10年前に戻っていた。
10年前。近所に住んでいた男の子。名前はなぎさ。
私の…初恋の相手だ。
“大人になったら結婚しよう”
そう約束したことも覚えている。
でも、ある時、なぎさ一家は急に引っ越すことになってしまった。
走り去って行くトラック。それを追いかける私。窓から身を乗り出しているなぎさ。
その光景が、今でも目に浮かんでくる。
まさか……浅倉があの時の…なぎさ…?
「俺、ずっと莉子に会いたかった。でも連絡とろうにもとれない。そしたら…高校で、莉子を見つけた。 でも、莉子は全然気づかないし!」
少しふてくされた態度になる浅倉…いや、なぎさ、か…
自然と涙がこぼれてきた。
「だって…そんな、不良になってたら…わかんない……」
「しばらく待ってみても気づかなかったじゃん! それでしかたなく、今日黒髪にしてきたのに…それでも…」
「ばかっっ!」
私は、なぎさに抱きついていた。
溢れ出す想いは、止められなかった。
「なんで気づいてんなら言ってくれないの!? 私だって忘れたことなんかなかった!! なぎさのこと考えたら、他の人のこと好きになることだってできなかったし! …ずっと…会いたかった……」
抱きつく手に込める力が、強くなる。
「気づかない莉子が悪い」
「変わりすぎてるなぎさが悪い!」
「だから黒髪にしたじゃん」
「そんなんじゃわかんない! ……かっこよくなりすぎ…」
「…えっ? 何? 最後の方聞こえなかった」
「うるさい!!」
「莉子は変わんないね。そうやって照れる所とか」
「……」
「でも、莉子だって綺麗になりすぎだから」
「な、何を言っておるの?」
「言葉変だから」
そういえば今日は、なぎさが引っ越した日だ。
10年前の記憶を辿る。初恋の相手。
そばにいた人がその人だったなんて。
気づかなかった自分が信じられない。
なぎさは、ずっと私が気づいてくれるのを待っていたんだ。
ずっと待たせちゃってたんだ…
もう、もう二度と、こんな思いはさせない。もう、離れない。…離さない…
─── end ────