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声が奏でるのは

 やってしまった感があります。

 


「綺麗だ」

満面の笑みで告げられた言葉に紅い唇は綻ばない。

真珠色の光沢あるAラインのドレスに身を包んだ女性は姿勢よく立っていた。首下で銀の金具に通すようにはじまった一枚の布地は下へ下へと流れる。彼女の華奢な骨格があらわになるような両肩の開いたデザインだ。細いウエストを強調するよう後ろでゆるく優美に結ばれたリボン。腰から下のラインは流れるように広がって落ちる。

極シンプルな形だけれど今までに見たことの無いドレス。それは華奢でスラリとした彼女によく似合う。

彼女の口から澄んだ声が洩れる。

「誰に言っているかわかっているのか」

二人にしか聞こえない声で囁かれた言葉は呆れたような響きがあった。

「決まっている。よく似合っている、こちらに変えて正解だった」

黒地に銀の縫いとりや刺繍のある衣装の青年は目を細めて彼女を見る。銀糸の髪に冴えた蒼い瞳の華やかな美貌の持ち主だ。

「それだけど、三着もあって何で変更かわからない。別に問題無かっただろう」

女性らしからぬ言葉づかいで彼女、愁が問う。

今にも無駄になるだろうと言いそうだ。

「一番この形が似合うと思ったからだ」

悪びれず答えた青年、煉夜が髪飾りに触れる。

髪の一部分だけを一度複雑な形に結って、背中に流した髪。白い蝶と小花をかたどった髪飾りの位置を器用に手が直すのを愁は呆れて見守る。

「よく触れるな。俺は崩しそうで頭下げるのも怖い」

「これぐらいなら。愁はドレス選びも莉黎に任せたと聞いたけれど」

「よくわからないし、中身が俺だからな。」

「そうか」

短く答えた彼がひどく機嫌が良いのに気が付いて溜息を内心つく。

楽しんでいると思う。

ダンスの練習用でドレスを身につけた時も感じたが、愁がこういった女性らしい服装をするのを見るのが楽しいらしい。からかっているのかとも思ったが違うようだ。

中身は男性と知っているだろうに随分と特殊な感性だ。

「手を」

極自然と言われて目の前に差し出された手。

「……」

一緒に浮かべられた笑顔に、どうしてか腹が立つ。

けれど約束だからと、その手の平に自分の手を重ねる。無事に終わることを願って一歩を踏み出した。



王が話しかける黒衣の青年、彼が今日の主賓であるキース・レオウィードだ。

遠目からでもはっきりと目立つ、燃えるような赤色の髪と深紅の瞳。背は少し高いぐらいだが鍛えられた体つきはしなやかで敏捷。鋭い眼差しと引き締められた口元が整った顔立ちを近づきがたいものにしていた。

彼は実に堂々とした様子で王の前に立つ。

和やかに王と言葉を交わす彼を中心として、この後起こる騒ぎを誰も知らない。


** *

それは突然のことだった。

立ちくらみか、身体を傾がせる青いドレスの女性。それを近くにいた青年が極自然に支える。けれど、乾いた音と共にそれは女性自信によって払われる。

彼女が倒れかける所からそれを支えた手が退けられるまでを多くの者が見守っていた。聴衆が静まりかえる。

「高貴なる方に『赤い死神』と呼ばれる卑しい傭兵の私が触れるのは御不快ですか」

軽やかに言われた言葉は痛烈なものだった。

深紅の瞳に至近距離から問われ、公爵令嬢の顔が強張る。トリスタ公爵の娘である彼女は、特権階級である身分を笠にした我儘な振舞いを日頃からとっていた。先の王妹だった女性を母に持っていたため父である公爵も扱いかねていると噂されている。

今日の夜会でも場所を考えず、傭兵である彼の生まれが平民であることを高過ぎる声で揶揄していた。同じ凝り固まった考えの一部の貴族たちと一緒に。その時彼女は傭兵の「赤い死神」と呼ばれる容姿をも、その職業と共に卑しいと言ったのである。すぐさま叔父である男性に叱責され口を噤んだが。

それにきづいていなかったのかあえて無視したのか、傭兵は何の反応も示さなかったのだ。けれど、助けようと差しのばされた手を厭う態度に瞳を細めて先ほど彼女自身が言っていた言葉で問いかけた。

相手を見透かすような眼差しでじっと見られた公爵令嬢の口から悲鳴に似た音が洩れる。

主賓である傭兵をもてなす側の立場にある者が落としめた。非がどちらにあるかは明確だ。

事態を教えられた第二皇子が駆け付ける。

「こちらの落ち度で御不快な思いをさせたようだ。」

そう言って、公爵令嬢を見る。

「いえ。転ばれて驚かれたのだろう。それとも、私の容姿にか」

毒を込めた言葉に公爵令嬢の肩が揺れる。

第二皇子、煉夜が瞳を細めて彼女を見る。

「……本当に、御不快な思いをさせたようだ。王からも後で正式に謝罪があると思いますが、城主に代わり謝罪します。申し訳ありません」

「いや」

「宜しければどうぞ、こちらに。兄が貴方を探していた」

促され、傭兵が歩き出す。二人が去った後から波が広がるようにざわめく。

思いがけない醜態で場の空気は明るさを装ったまま張り詰める。

「愚かな者がいたようだね。すまない」

率直に言ったのは第一皇子である、白夜だ。彼と傭兵は極親しい関係で友人と言って良い。

「構わない。こう言っては悪いが慣れている」

先ほどより十分柔らかい口調で傭兵は答えた。

「全く、耳が痛いね」

軽く笑って白夜が返す。この国でも、少ない数ではなくそういった歪んだ考えを持っている貴族たちは存在する。

「そうは見えないが。それで貴方の連れは何処に?」

溜息をもらし問うた傭兵に白夜は飄々と答える。

「さて、ダンスの後から姿が見えないが。多分女性同士で話でもしているんだろう」

「相変わらずだな」

「そう変わらないだろう。」

遠慮のないやり取りを交わしている二人を遠巻きに人が見守る。やがて訪れた王と第二皇子、その連れの姿に広間が徐々に静まる。

「キース・レオウィード」

低い威厳に満ちた声が傭兵の名を呼ぶ。

「はい」

背筋を伸ばして立った傭兵がはっきりとした声で答える。

「歓迎のための宴であったのに、かえって不快な思いをさせたと聞いた。」

「……」

「すまない。こちらの落ち度だ。」

「いえ。陛下に責はありません。」

二人が交わす言葉に人々は耳を澄ます。

「傭兵が私利のために、剣を取るのを忌避する者は少なくありません。そういった者が居るのも仕方のないことでしょう。」

淡々とした声。

「それでも、私たちは自信の腕と誇りにかけて依頼を全うする。騎士とは違う誓いを胸に。」

揺るぎない宣言。誰の評価でもなく自身の腕と経験からなる自信。

測るような強い為政者の眼差しが和らぐ。

「その自由なる剣と魂を、尊いものだと私は知っている。この場に居る全ての者も、それを覚えておくように」

短い賛辞に傭兵が僅かに目を見張る。次いで口元に一瞬の笑みが浮かぶ。跪いて頭を下げる。

王は、そのまま並ぶ顔ぶれに視線を移す。

第二皇子の横に立つ白いドレス姿に視線を定める。

「キース・レイガン。面を上げよ」

「はい」

「その身に纏う赤については彼女に尋ねると良いだろう。愁」

思いがけない言葉に控えめに立っていた女性に視線が集中する。真珠のような光沢のある衣装に包まれた細い肢体。珍しい漆黒の髪。楚々とした様子の女性が顔を上げる。

守るように傍らに居た煉夜が一歩下がる。

思いの外、強い眼差しが頼りなさ気ですらあった彼女に凛とした雰囲気を作る。

夜に似た瞳は公爵令嬢が受け止めるのを恐れた深紅をしっかりと見つめた。


傭兵は自分を真直ぐに見つめる彼女に興味が湧いて問いかけた。

「貴方の目には、血のようだと忌避されるこの赤がどう見えますか」

言葉が落ちると共に返される言葉への注目が集まる。

夜のような黒もだが、それ以上に紅い色を身に纏う者は少ない。淡い橙や薄紅はいても、こんなにまで鮮やかな髪色をした者は居ないのだ。

そっと唇が開いて音を紡ぎだす。

「黄昏の空あるいはリカの花の色に」

意外な言葉に言われた傭兵が目を見開く。耳を澄ませていた者も意外の念を言葉に出してざわめいた。

ただ、王だけが愉快気に目を細めた。

傭兵が訝しげに、それでいておもしろそうに問うた。

「そんな穏やかなものに例えられたのは初めてです。どうしてそう考えたか教えて頂けませんか」

夜に似た瞳が反らされず了解した。

「この国に伝わる詩の一つにこんなものがあります」

一歩前に出ると、瞼を伏せ思い出すようにしてから歌い出す。


王の下に双剣ありて 国土栄える

右に黄金 左に白銀

忠誠篤き二振りの剣 得た王は繁栄を約束する者

長き春 豊穣の日々


 双剣の王

 ある時 悪しき影に倒れる

 善なる王の喪失、惜しみ現れたのは赤き龍

 光纏う彼の者 影倒し王を救う

 

双剣の王は謳う

 彼の者 希望の光

 清冽な炎は悪しきを退け、深淵なる瞳は邪を正すもの 

猛々しく慈悲深き赤


王の黄金は謳う

彼の者 咲くリカ

空に向かい頭を上げ、風に吹かれ散るのを恐れないリカの花

気高き花の赤


優しき白銀は謳う

彼の者 暮れの使者

全てを腕に抱き安寧を齎す夜、その訪れ告げる陽

優しき陽の赤


赤き龍 去りて後は二度と姿現さず

ただ双剣の王 彼の者を生涯讃えた


透き通るような澄んだ声が歌うのは、既に人々に忘れられて等しい伝説。

国に繁栄を齎した王を救ったのは赤い龍。

風に向かい立つリカの花、黄昏に紅く染まる夕日、希望とたたえられた龍。影を倒して王を救った龍の気高い魂と慈悲深い心を、王は讃えた。希望そのものと自分を救った者への感謝を言葉にした。

歌いあげる声は、不思議な強さがあった。耳に残るように浸透して、聞く者を歌に惹きこむ。

同じ色を持つ傭兵を龍に準えたとわかるそれは、まぎれも無い賛辞の歌。

金の第一皇子、銀の第二皇子と言われる二人が居ることも大きい。

歌い終わりと共に静寂が訪れる。その一瞬後に割れるような拍手が鳴り響いた。



 この話は最後まで手直しするべきか迷っていました。嫌いな人多そうだなと。

 

 読んでくれて有難うございました。

 まだ、お付き合いしてくれる方がいればうれしいです。

 

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