変えられない
14
「皇太子から聞いた」
「何を?」
「お前が黙っていたこと」
「あぁ」
予想していたより穏やかに煉夜は愁を見た。
「いつかは知られてしまうと思っていたけど、意外と遅かったね」
「……………」
どうして黙っていたのかとは聞けなかった。
愁が煉夜と同じ立場になったとしても、言わなかっただろうと思ったから。
ただ、どうしても知りたかったことがあった。
「好きだったのか」
目の前で喪ってしまった人を、煉夜はどう思っていたのだろう。
「いや、そういう意味での好意はなかったよ」
その言葉に言い方は悪いが安堵した。
煉夜は女性嫌いといって良いところがある。
昔聞いた話から、その原因はなんとなく察せられる。
よほど強く心に影を残しているのだろう。自分と比べるまでも無く、理性的で、根が優しく、人を許すことが出来る煉夜が、引きずっている。
煉夜は自分を愛してくれる人など要らないと言う。
けれど、誰かが傍に寄り添って支えてくれることが時に必要だと思う。
何より誰かを好きになって、その人と時間や記憶、感情を共有するのは、とても得難いことだ。
自分の経験を通してもそう思うから、煉夜にもそんな経験をして欲しい。
そんな人が出来たら、彼はきっと笑える。
だから、彼が愛した人を喪った訳ではないとわかって良かったと思ってしまった。
そうであったならば、自分は彼にどう言葉をかければいいかわからない。
「アイラは妹みたいな存在だった。」
無言で居たら、煉夜が微笑んで話しだす。
「お転婆でいつも侍女に怒られているような子だった。意地っ張りで泣き虫、でも前向きで、とても優しかった」
目を細め煉夜が言う。
優しい表情だ。
「婚約が決まってからも大人しくするなんてことなくて、ずっと変わらなかった。あの日も、彼女は俺と話していた」
どんな話をしていたのだろう。
たぶん、とても他愛のない、けれど幸せな日常があったのだろう。
「スーリが突然部屋に入って来て、それからのことは悪い夢のようだった」
特に変わらない声の調子。
「アイラはね、僕を庇ったんだ。スーリに対して僕が兄の婚約者としてあくまでも接したのが、スーリには許せなかった。僕は、いい加減彼女にうんざりしていてどんなに彼女の心が危うい状態であるか分からなかった。だから二人で話がしたいと言ったスーリを唯拒絶した。儀礼的に、ただ面倒だと思って」
煉夜らしい行動だ。
「スーリは少しの間立ち尽くして、そうして僕に向かって歩いて来た」
「その時気付いていたら良かったんだ。でも、僕は気付けなくてナイフを持った彼女に切りつけられた。」
「僕と彼女が揉み合っているところに、アイラが加わって。そうしてアイラは―――」
タイミングが悪かった。
いつも煉夜の傍にいた夜は自身の守護する領域に一時的に戻っていた。
代わりに傍に居たのは守護を得意とする幻獣であったけれど、戦闘なれしているわけではなかった。
スーリの凶行は突発的もので、殺気を伴っていたわけではなく、鋭い煉夜の感覚も鈍ってしまった。
彼女は王族で、室内には彼らしかいなかった。
「後悔しているよ」
静かな声で、けれど確かに煉夜が告げる。
「彼女を伴侶に迎えたとしても、妻としてきちんと愛せるかは疑問だった。でも彼女なら少なくても家族として大切に出来る。お互いに自由なんてなかった。だったら、少なくても気心が知れていて信用できる相手のほうが良い。そう思っていたけれど、あんなことになるなら、断っておけば良かったんだ。」
自嘲するような笑みに胸が痛む。
「煉夜」
そんなことを言うな。
「僕が愚かだったんだ」
心からそう思っているのだろう。
「……お前のせいじゃない」
きっと届かないとわかっていて、言う。
「……………」
煉夜はただ首を振った。
想像も出来ない世界だと思った。
煉夜もアイラも幸せになろうとしただけだ。消極的な方法ではあるかもしれないけれど、彼らなりに必死に。その幸せすら奪われた。
わかってはいたけれど、彼に人並な幸せを経験して欲しいと思うのは自分のエゴのようなものかもしれない。
でも。
大切な誰かを失ったとしても、出会わなければ良かったなんてことはない。
全部を諦めて、感情を無くしてしまったら楽だけれど、そんなのは悲し過ぎるし、到底無理だから。
愁は、煉夜に大切な人と一緒にいる幸福を味わって欲しいと思う。
それが一瞬でも、終わりがあっても。
色んなものに縛られて、たくさん泣いて、それでも愛することを止めなかった人を知っている。不器用に、それでも一生懸命に生きて、ずっと諦めなかった人。
その人が不幸だったなんて愁には思えない。
だから、煉夜にも諦めて欲しくないと思うのだ。
煉夜には笑っていて欲しいと思うから。