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語り継ぐ器  作者: katari
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第7話:音の器

朝早く、シネプカの広場では男たちが輪になって話し合っていた。

「獲物が来なければ命は続かない」

「語る者はあてにならない。コメは自分たちで手に入れる」

「模様より、確かなものを」


その言葉は、静かに村の空気を変えていった。

「もっと水を引こう」「もっと陽を入れよう」

精霊のことを口にする者は、誰もいなかった。


その日の午後も話し合いは続いた。

高まった場所にある大きなカシの木——

実をつけ、獣を呼び、語りを宿す木。


その木を伐るかどうか、話し合いは加熱していく。


「陽を入れれば、もっとコメが育つ」

「木を伐れば、声がきこえない」

「誰も聴いていない」


アシリは、カシの木を見つめていた。

葉が揺れ、風が通り、声が聞こえる。

それは言葉にならず、ただ泣いていた。


翌日、アシリは川のほとりで土器を作っていた。

粘土をこね、渦巻きを刻み、精霊の気配を感じながら、語りを器に宿していく。

森は静かで、鳥の声が遠くに響いていた。

声は確かに届けられている。


彼女の指先は迷いなく模様を描いていた。


土器の中心には、火のささやきを記憶した点描で人形を描く。

その腹には、生まれ、還り、また芽吹く風の記憶として、三重の渦巻きを満たす。


口縁には、記憶を広げるように、遠くに届くように、波紋を刻む。

さらに放射状のいくつもの線を満たして、空を語る。


胴部には、土の中で眠りながら春を待つ芽のように、つる草を絡ませる。

底には連孤を重ねる。


それは激しいうねりではなく、静かで深い模様だった。

確かな記憶の継承、精霊との語りを土器に封じ込め、あとへと伝える願いとなっていた。


カムナが教えてくれた語りの記憶——

それは確かにアシリに受け継がれ、

自然と精霊のかたちが土器に浮かび上がった。


そのとき——村に聞きなれない音が響いた。

澄んだ金属音。銅鐸の響きだった。

風が裂け、火が揺れ、模様が震えた。


アシリは顔を上げた。

羽根をまとい、矢羽根状の冠をかぶり、顔にはくちばしを模した仮面。

胸元にはシカの文様が刻まれていた。


それは、地霊を抱き、穀霊に力を授ける——ナギサのシャーマンだった。


シャーマンの後ろには人々が並び、

手には鳥形の木製品、腰には小さな銅鐸。

音が鳴るたびに空気が渦を巻き、不思議と水鳥たちがタに舞い降りる。

その音は、語りではなく、命を呼ぶ儀礼の響きだった。


シャーマンは、シネプカに新しくできた高床の倉を指さし、語った。

「ここに穀霊を宿す。カネの音が風に乗り、穀霊を運ぶ鳥を呼ぶ。

クラとタを行き来し、やがてタに命が芽吹く。糧となるシカを増やす」


村の者たちは静かに耳を傾けた。

誰もが、ただ音に身を委ねていた。

音は村にとどく声をかき消していた。


その夜、アシリはひとり火のそばで土器を焼いた。

炎が土器の表面をなぞり、模様が浮かび上がる。

森は静かだったが、土器にはかすかな光が宿っていた。

それは、まだ語りが息づいている証だった。


翌朝、広場ではシャーマンの儀礼が続いていた。

銅鐸の音が響き、鳥形の木が揺れ、穀霊が空へと昇る。

人々は踊り、歌い、音に祈りを託していた。

その祈りは、語りではなく、音によるものだった。


アシリは、カシの木の近くに立ち、空を見上げた。

葉が揺れ、風が渦巻き、模様が空に舞う。

音に遮られながらも、まだ小さな声が震えていた。

それは、語りの残響だった。


彼女はそっと土器を抱きしめた。

その模様は、語りの胎のように、命を宿していた。

風は、まだそこにいた。

けれど、裂け目は、確かに広がっていた。

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