第5話:胎の器
翌朝、アシリたちはナガサの者にタの作り方を習うというカナヤの者たちを残し、シネプカへと戻った。
帰路の表情は、行きとは違っていた。
皆の心は、タへ、コメへと向かっていた。
歩きながら、タをどこに作るかを巡って、真剣な話し合いが交わされていた。
風は静かに吹いていたが、その流れは少しずつ変わり始めていた。
村に着くと、ナガサを見てきた若者たちは興奮気味に、その様子を語り始めた。
残っていた村人たちは耳を傾け、驚き、やがて目を輝かせる。
「水が流れていた」
「コメがふくらんでいた」
「獣が集まっていた」
言葉は熱を帯び、話が広がっていく。
アシリはその輪の中にいながら、心に重い影を抱えていた。
その様子を遠くから見ていたカムナは、何も言わずに家へと入っていった。
アシリはその背を追い、茅葺の家の中へ足を踏み入れる。
薄暗い室内には、火の匂いが残っていた。
壁には乾いた草が吊るされ、床には土器が並んでいた。
その空間は、語りの記憶が静かに息づく場所だった。
奥の間には、ひとつの土器が置かれていた。
胴部には両腕を広げた人物が描かれ、その腹の中心には渦巻き模様。
抽象化された顔は、空を見上げているようだった。
それは、精霊を迎える器——語りの胎。
アシリはその土器に目を奪われた。
その丸みは母胎のように膨らみ、空洞は命を育む子宮のようだった。
精霊が宿るとされるその器に、カムナは静かに祈りを捧げていた。
その祈りは、言葉ではなく、呼吸と手の動きで語られていた。
アシリが声をかけようとした瞬間、カムナは手を上げて制した。
そして、ゆっくりと立ち上がり、土器を見つめながら語り始める。
「この器は、祖霊の胎。
わたしたちの記憶も、願いも、ここに刻まれている。
それは語りの力——命を語り直す力だ」
「この器の由来は、初代の語る者が夢の中で見た精霊の姿。
導かれるままに器を使い、火で煮ることで命は柔らかくなり、毒は消えた。
それを食べることで、長く生きたと伝えられている」
「その者は、風の声に導かれ、土をこね、火を焚き、模様を刻んだ。
その模様が震えたとき、器に精霊が宿った」
「器を作るときは、まず川辺の粘土を選ぶ。
それは水の記憶を宿すからだ」
「乾かす前に、語る者が模様を刻む。
渦巻きは命の巡り、つる草は再生、波紋は語りの広がり」
「焼くときは、火の精霊に祈る。
火が強すぎれば命は裂け、弱すぎれば語りは沈黙する。
ちょうどよい火——それが精霊との対話の証」
「精霊は、火と土の間に宿る。 模様は、それを仲介する。
アシリ、お前に教えた模様は、精霊との語りの記録を刻むものだ」
「器はやがて割れる。命も割れる。
だが、それは終わりではない。
割れた器は、次の命の始まり。 語りは、継がれ、新たに生まれる」
アシリは、土器の模様を見つめた。
渦巻きが震え、波紋が広がる。
その震えは、風の声に似ていた。
語りは、まだここにある。
けれど、とても弱いものだった。
外では、村人たちの声が高まっていた。
「タを作るなら、どこが良いか」
「水は引けるか」
「陽は入るか」
語りの声は、少しずつ遠ざかっていた。
アシリは、器の縁に指を添えた。
その指先は、まだ語りを覚えていた。
模様は、沈黙していなかった。
それは、胎のように、次の命を待っていた。




