第2話:再生の器
朝の霧が水面を撫で、森のざわめきが少しずつ高まっていく。
今日は、村にとって重要な狩りのマツリの日。
命を迎え、命を返す——その循環を祈る日。
風は静かに舞い、空は薄く光を帯びていた。
広場の中央には、ひとつの土偶が置かれていた。
渦巻き、波、刺突、三角——多様な模様が刻まれ、
とりわけ目を引くのは、全身に絡みつくように描かれたつる草模様。
それは、再生の記憶を宿す印だった。
周囲では火が焚かれ、煙が空へと昇っていく。
土偶を囲むように、土器に盛られた供物が並ぶ。
山の実、川の魚、森の命——それらは、精霊への捧げもの。
土器の縁には、渦巻きや波紋が描かれ、語りの力が宿っていた。
やがて、女たちが踊り始め、男たちは太鼓を叩く。
足踏みのリズムが大地を揺らし、風が渦を巻く。
葉が舞い、火が揺れ、自然と人が一体となっていく。
踊りは徐々に激しさを増し、太鼓の音は深く響いた。
カムナが、土偶の前に立つ。
白髪が風に揺れ、目を閉じて祈る。
その姿は、語る者の威厳に満ちていた。
「つる草の模様は、再生の記憶。
模様から記憶が蘇り、地へと命が還る。
今日、再び命が森へ戻る」
その言葉に、踊りの渦が一瞬止まり、太鼓の音が沈む。
カムナが土偶のつる草の模様に指を触れる。
その瞬間、土偶が光を帯び始める。
模様が震え、光が四方へと飛び散った。
アシリは、はっとして周囲を見渡す。
森から吹き込んだ風が土偶にぶつかり、
光となった模様が空へと舞い上がる。
それは、語りの記憶が精霊へと届いた合図だった。
広場が静まり返る。
カムナは静かに土偶を持ち上げ、火の前に立つ。
目を閉じ、深く祈る。
「命を地に返す。分かたれた力よ、森へと還れ」
カムナはゆっくりと、土偶の右腕を折る。
パキン——乾いた音が響く。
次に左腕、そして両脚。
土偶が分かたれるたび、祈りが深まっていく。
その音は、命の終わりではなく、次の命への始まりを告げていた。
その間に、四人の長老が静かに近づき、
カムナを中心にひざまずく。
カムナはそれぞれに、折られた土偶の一部を手渡す。
長老たちはそれを胸に抱き、声を合わせる。
「命を地に返す。分かたれた力よ、森へと還れ」
再び太鼓が鳴り、足踏みが始まる。
村人たちが輪になり、踊りの渦が広がる。
火は高く燃え、煙が模様のように空へと舞う。
その煙は、語りの記憶を空へと運んでいた。
火が静まり、太鼓の音が遠ざかる頃、
四人の長老はそれぞれ、土偶の一部を胸に抱き、
光の模様を纏って、村の四方へと歩き出す。
北へ、南へ、東へ、西へ——
それぞれの方角には、若者たちが掘った穴が待っていた。
穴は深く、湿った粘土の匂いが立ちのぼる。
長老たちはひざをつき、土偶の一部を静かに納める。
その手つきは、祈りそのものだった。
「命を地に返す。分かたれた力よ、森へと還れ」
それぞれの方角で、言葉が捧げられる。
若者たちはその祈りを見守り、土を戻す。
手のひらで押し固めるたびに、土偶が地に染み込んでいくようだった。
その土は、命の記憶を受け止める器となった。
その夜、村では静かな宴が開かれた。
土器に盛られた食を、やわらかな火が照らす。
誰も大声では語らず、つる草の模様の再生の力が森へと伝わるのを願う。
火は静かに燃え、風は穏やかに吹いていた。
翌朝、狩りの季節が始まった。
男たちは弓を背負い、森へと入っていく。
その背には、語りの記憶が宿っていた。
アシリは空を見上げた。
風が舞い、空は高い。
風の声が聞こえてくる——
「今年も、命が巡る」




