最終話:継承の器
展示室には、柔らかな光が差し込んでいた。
ガラスケースの中に並ぶ土器たち。
渦巻き、波紋、点描——
それぞれが異なる声を持ち、静かに語っていた。
壁には「ロマンあふれる根深遺跡ーーその珠玉の縄文土器」と演題が貼られている。
その前に椅子が並び、講演会が始まろうとしていた。
承太は展示室の隅で、静かに立っていた。
教授がウィンクを送ってくる。
おそらく大盛況を喜んでいるのだろう。
承太は無言で頭を下げた。
壇上代わりに置いた台の上に立った教授は、ゆっくりと語り始める。
「縄文時代の終わりごろ、土器の模様は直線的になり、抽象化していきます。
西日本では縄文そのものが失われ、模様を減らしながら弥生時代へと移行していくことが分かっています。
より実用的な土器づくりが始まり、模様は意味を失っていくのです」
「それなのに、不思議なことに——」
教授は展示ケースのひとつを指さした。
承太が整理し、記録をとった個体。
間に合ってよかったと、内心安堵する。
「この根深遺跡から出土した土器には、具象的な模様が描かれています。
中心に列点によって描かれた人物、その腹には見事な三重の渦巻文。
胴部のつる草文も生き生きと広がっています。
土器の声が、今にも聞こえてきそうですね」
「ここ根深村には、どんな人たちが住んでいたのでしょう。
調査から、この地域では早い段階で水田が展開していたことが分かっています。
水田稲作は当時の最先端技術。急進的な考えが広まっていたはずです。
にもかかわらず、伝統的な縄文土器の模様を刻んでいる。
新しい暮らしをしながらも、自然と対話し、その想いを土器に記憶していく——
そんな暮らしが、確かにあったのかもしれません」
会場では誰もが、見事な模様に目を奪われ、
教授の言葉から縄文土器に込められた神秘を見出そうとしていた。
承太も、ふと展示ケースの中の土器を見つめる。
胴部の真ん中の力強い三重の渦巻文が目に飛び込む。
その模様は、確かに語っていた。——風を聴け、と。
──
午後の光が差し込む資料館のワークショップ室。
先週の講演会は大成功。
今日の縄文土器づくりワークショップは満員御礼だ。
少し緊張しながら周囲を見回した承太は、
教授が館長と並んで壁際に立っているのを見つける。
わざわざ来なくてもいいのに、と少し照れくさい。
小さな空間に、粘土の匂いが満ちていた。
子どもたちが輪になって座り、手のひらで粘土をこねている。
承太はひとりひとりに声をかけながら、模様の意味を語っていた。
「渦巻きは、風の精霊を呼ぶ模様」
「つる草の模様は、命が生まれるしるし」
「点描は、たくさんの言葉」
子どもたちは目を輝かせながら、指先で粘土に模様を刻んでいく。
皆が描く模様は、語りの記憶となっていく。
微かに光っているが、誰も気づかない。
館長が教授に囁く。
「葦里くん、変わりましたね」
「昔は、模様を描くときだけ生き生きしていた。今は、語るときもそうだ」
「縄文土器の模様が彼に伝えたものがあるのかもしれません」
「まるで縄文人の記憶の語りべですな」
隅で二人はにこやかに見守っていた。
承太はその様子に気づき、照れくさそうにしながらも、子どもたちの土器を見つめる。
思い思いに描かれた模様——それぞれが違う語りを宿していた。
渦巻きが風を呼び、波紋が広がり、点描が震える。
語りは、確かに継がれていた。
そのとき、窓の外で風が舞った。
雲がゆっくりと渦を巻き、光が差し込む。
空の高みで、アシリが立っていた。
「語りは、確かに受け継がれている」
彼女は静かに微笑んだ。
了




