ひとときの幸せ
数日後、マリアはエリゼに聞いた。
「あの、ニーナさんはどこに?」
「マリア、気になるのか?」
エリゼはため息を吐く。マリアはやはりニーナを気にしている。
「はい。気になります。ニーナさん、あれほどの悪意を向けてくる人ではなかったと思います。でも今のニーナさんは何かが違う。私を恨んで憎んで、呪いの藁人形を作っているかと……」
「何だ? その呪いの? 藁人形?」
「憎い相手の髪の毛とか、体の一部を藁で作った人形に入れ、釘を刺し相手を呪うのです」
「怖いな」
「ええ、怖いです。B級ホラーですが、人間の思考の怖さに鳥肌が立ちます」
「ところで、なぜ藁なのだ?」
「恐らく、人の暮らしに密着し、いつでも誰にでも手に入るものだったからでは無いでしょうか?」
「なるほど。あの女の近くには藁はないから大丈夫だ。マリアを呪うことはないだろう……あの女は地下牢にいる。マリアは行けない場所だ」
エリゼは語尾を強め言った。
「地下牢。エリゼ様、会いに行きたいと言ったら……」
「行かせない」
キッパリと断るエリゼの態度にマリアは何も言えなくなった。
「ごめんなさい。変なこと聞いて」
あんな目に遭いながらもニーナを気にするマリアの気持ちに少々腹も立つ。
しっかりと釘を刺すようにエリゼは言った。
「マリア、あの女は普通じゃない。なんというか、マリアに対する執着を感じる。異常なほどに」
マリアは言葉を失う。確かに、エリゼの言う通りに感じているからだ。
「マリア、俺はあの女から得体の知れない何かを感じている。俺の本能があの女は危険だと言っているんだ」
「エリゼ様……」
マリアはエリゼの言葉に不安を感じた。エリゼの本能が危険というならば、間違いないだろう。
マリア自身も違和感がある。得体の知れない何かがあると感じている。
「マリアを会わせたくない、なぜかお前が消えてしまいそうな気がして……」
珍しくエリゼの口調が不安に揺れる。マリアはそんなエリゼを見たことがなかった。それほどまでに何かを感じているのならマリアはニーナの事を聞くのを止めようと決めた。
「わかりました。エリゼ様の言う通りにします」
「マリア、手を……」
「手? 前に、お城で朝日を見た後で言われたことありましたね? あれは何だったのですか?」
マリアは懐かしそうな表情を浮かべ、エリゼを見た。
「マリア、覚えているのか?あの時の事を」
「もちろんです。私、エリゼ様の事ずっと見ていましたし、どんな言葉も忘れないでおこうと思っていましたから」
「マリア」
エリゼはマリアの両手をそっと握った。
「手を、離したくない。あの時そう言いたかったんだ」
エリゼの言葉に胸に詰まる。あの時、エリゼがそんなことを考えていてくれた事実に堪えきれない感情が噴き出し涙腺が崩壊した。
「な、泣いていいですか? もう、泣いてる……」
マリアは涙で滲む視界の中でエリゼを見つめた。
エリゼはマリアの両手を取り、愛おしそうにキスをした。
「この手を離したくない。絶対に。万が一離してしまっても必ず探し出す」
「エリゼ様、約束です。そうなったら絶対に探して下さいね。私も絶対に探し会いに行きます。それに、万が一私が死んでしまっても、生まれ変わって会いに来ます。カエルになってるかも知れないから、相棒にして下さいね。皇帝の肩に乗るカエル!!」
「マリア、そんな悲しい話はしたくないな。俺たちは離れない。絶対この手を離したくない」
「はい。私も同じ気持ちです」
二人は見つめ合う。交差する視線は揺るがない。
「エリゼ様の瞳はエメラルドグリーンで本当に綺麗ですね。でも時々燃えるような赤に見えるのは不思議です。それに……」
マリアは手を伸ばしエリゼの髪に触れる。
「エリゼ様、髪伸びましたね。このプラチナベージュの髪色は本当に不思議。サラサラで、その髪に触れるたびに愛おしくて……えっと、本人を目の前に恥ずかしくなりました」
マリアはエリゼから離れ話題を変える。
「エリゼ様、私はエリゼ様の使ってるベットのシーツや、この部屋の壁やドアノブになりたいって思ったのですよ」
「なんだそれは?」
「乙女心です。愛する人の持ち物になることができたら、近くにいられるとか。シーツだったら触れ合えるとか。言葉にすると怖いですね」
「あははは!!部屋は変えたり、持ち物は壊したりする。シーツも捨てられるぞ!」
エリゼは楽しそうに笑い出す。
「エリゼ様、そういうのは今考えたらダメなんです!! 乙女の思考は都合が良いような悪いようなギリギリのラインで考えるのでそこは共感だけが欲しいんです!」
マリアはエリゼの言葉に口を尖らせる。
「フフフ、マリア、俺男だから実物が良いな」
「私だって実物がいいですよ!当たり前です!」
「ハハハ! すまないな、壁になりたいと言われ驚かない男は居ないぞ」
「例えです!切なさの表現方法です!」
口を尖らせるマリアの姿に愛おしさを感じ、エリゼは素直に言った。
「マリア、ありがとう。そんなに想ってくれているんだな。嬉しいよ」
「ウフフ、その答え、正解です!」
マリアはエリゼの答えに満遍の笑みを浮かべる。
欲しい答えを口にしてくれるエリゼが愛おしい。
「マリア、この繋いだ手、ずっと忘れないようにしよう。この先もずっと繋いでいよう。愛しているよ」
「はい、エリゼ様、ずっと繋いでいて下さい。ずっと、私も愛しています」




