エリゼの反撃
ニーナの部屋を出たマリアは気力を失っていた。
こんな姿をエリゼに見せるわけにはいかない。
「マリア様」
マリーザはドアの近くで待機していた。
心配そうな表情を浮かべるマリーザの温かい視線に感情が溢れ出そうになる。
「少し、一人になりたいからごめんね」
崩れそうになる気持ちを堪え、笑顔を浮かべ言った。
マリーザは頭を下げマリアを見送る。しかし気付かれないようその後を追う。
マリアは一人、城の廊下を歩く。
行くあてはない。この城のこともまだわからなかった。
けれど、このままエリゼの部屋に戻る勇気が無かった。
*
ニーナの兄はマリアのことが好きだったが、マリアにその感情はなかった。
生真面目な彼を骨抜きに出来るか友達と賭けをし、彼は生真面目さゆえマリアに夢中になった。
しかしその賭けが露見し、マリアに愛されてなかった事実を知った彼はショックを受けビルの屋上から飛び降り死んだ。
残された家族は母親と妹のニーナだけ。母親は女手一つで兄妹を育ていた。
たった一人の優しい兄の命を奪ったマリアをニーナは憎んだ。
一生恨んでやると言い、マスコミに事件をリークしマリアは部屋から出られなくなるほど攻撃された。
その後、マリアは心を入れ替え必死で働きニーナの母親にお金を送り続け、いつしかその母親はマリアを許し、自分の人生を歩めと言ってくれた。
その言葉を聞いたマリアはようやく死ねると、彼が飛び降りたビルの屋上から飛び降り、なぜかこの世界にやって来た。
*
死ぬつもりで飛び降りたが、違う世界に来てしまった。
神様からもう一度人生をやり直せと言われたような気がした。
もう一度頂いたこの人生を今度は人のために。
誰かのために役立つ人生にすると必死で生きようと思った。
明るく振る舞い、人の気持ちを少しでも前向きにできればと常に思っていた。
誰かが笑ってくれる事で自分の事を少しずつ許せるようになってきた。
この先も、ずっと人に尽くそうと誓っていた。
だけどやっぱり、ダメだった。許されなかった。
ずっと見えない鎖に繋がれていた。
(エリゼ様に全てを話さなければ。何から、どうやって話せばいいんだろう? エリゼ様はどう思うんだろう? もう、愛してくれないかもしれない)
そんな事を考えながら歩いていたら涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
(怖い……どうしよう)
マリアは立ち止まり両手で顔を覆う。溢れる涙が床を濡らす。
(このまま消えてしまいたい。掴んだ幸せが大きいほど、その絶望は恐ろしいほど深い)
「ウッ、」
嗚咽が漏れる。息ができないほど胸が圧迫され、このまま酸欠で死んでしまうと思うほど苦しくなる。
(けれどこのまま死ねるならどれほど楽だろう?)
「マリア!!」
「!? 」
エリゼはマリーザからマリアの様子がおかしいと聞きすぐに部屋を出てマリアを探した。
廊下で顔を覆って泣いているマリアを背後から優しく抱きしめる。
マリアはエリゼに見られたことに動転し息を呑む。
「マリア、俺は過去に何があろうともマリアを愛する気持ちは変わらない。どんな過去であってもだ。なぜならそれが今のマリアを作っているからだ」
エリゼはマリアの目の前に移動し、顔覆う両手を優しく握り、顔を見つめ涙を流すマリアの額に自分の額をあて言った。
「マリア、一人で泣くな。前にも言った。それくらい受け止めてやる」
「……ご、ごめん、なさ、い」
「マリア、謝るな……」
エリゼは泣き崩れるマリアを抱き上げ部屋に戻った。
マリアをベットに寝かせ、自分も横になり何も言わず、何も聞かずマリアを抱きしめた。
こんなになるまでマリアを泣かせたあのニーナが許せない。
すぐに追い出すか、密かに殺してしまおうかと考えたが、マリアがもっと傷つくかも知れないと躊躇している。
あの女には悪意を感じる。普通じゃない。
その悪意がマリアを傷つけている。
どんな理由があってもこんな状態になるまでマリアを泣かせた罪は償ってもらう。
その晩マリアはエリゼの胸の中で泣き続け、明け方ようやく眠った。
エリゼは眠るマリアをレオネに託した。
(あの女に会いに行く!)
エリゼが部屋を出て程なく、マリーザの声が聞こえてきた。
「ニーナ様、おやめください、勝手に出歩いてはなりません。マリア様にはお会いすることは出来ません」
「じゃあ、皇帝に会わせて下さい」
「絶対に出来ません!」
「じゃあ、あの女に会わせて! 昨日言い忘れたことがあるの」
マリーザはニーナの言葉に息を呑む。マリアをあの女と呼んだからだ。
「マリアに何か言いたいのなら俺が聞こう」
エリゼが二人の前に現れた。
「エリゼ様!」
マリーザは慌てて姿勢を正し頭を下げる。
ニーナは見たことのないほど美形のエリゼに目を奪われていた。
「マリアに何か用か?」
エリゼはニーナに冷たい視線を送り、高圧的に聞く。
「あ、あの人の彼で皇帝様ですよね?」
ニーナはエリゼの迫力に圧倒されながら言った。
エリゼは答えない。
ニーナはエリゼの圧力に息を呑む。だが、あの女のしてきたことを暴かなければならない。
その座はあの女には相応しくない。
「あの、あの人、ここでどんな生活を?」
エリゼは答えない。
一連のやり時を聞いてたマリーザはエリゼの表情に鳥肌が立った。
その瞳は昔のエリゼ、ニーナの命などなんとも思っていない冷たい光がニーナを捕らえている。
「ニーナ様、エリゼ様は皇帝です!! 気軽に話しかけて良い方ではありません!」
マリーザは慌ててニーナを牽制した。これ以上刺激すればニーナが殺されてしまう。
エリゼはマリーザの言葉に我に返った。
(ニーナを殺せばマリアが悲しむ。だから殺さないが、マリアを傷つけることは許さない)
「マリアに言いたいことは何だ?」
エリゼは聞いた。
ニーナは表情を緩めたエリゼを見て笑顔を浮かべた。ようやく話が通じたのだと思ったからだ。
「あ、えっと、あの人、皇帝様に自分がした事話したんですか? 騙すこと上手だから皆騙されているか心配で……」
「……」
何も答えないエリゼを見てニーナは調子に乗った。
騙されていたことにショックを受けていると勘違いしたのだ。
「あ、そうそう。あの人すごく男性にだらしないのです。皇帝様の他に何人も彼氏いると思います」
「言いたいことはそれだけか?」
エリゼはニーナの喉元に剣先を突きつけた。
「!!!」
「何か勘違いしているようだから教えてやる。マリアの過去に何があろうと関係ない、今のマリアは過去があってつくられたマリアだからだ。それと、お前ごときが俺に会う権限はない。次マリアを攻撃したら殺す」
エリゼはニーナに当てた剣を鞘に戻し近くで待機していた近衛兵に言った。
「この女を地下に連れて行け」
ニーナは口を塞がれ地下牢へ消えた。




