裁判に向けて
エリゼは黙ってマリアを見つめ、そのまま膝を曲げ覗き込み言った。
「ソフィ、今日から私が国王に即位することになった。国宝の指輪を出せ」
エリゼはマリアの目の前に片手を出す。マリアは目の前のエリゼを見て息を呑んだ。
(ド、ドキドキする、こんなかっこいい人が目の前に?どうしよう……)
マリアは黙ってエリゼを見つめる。エリゼも黙ってマリアを見つめる。だがその視線は強くマリアは恐怖心を抱く。
(か、かっこいいは撤回、怖い。どうしよう、指輪って何?私が知っているわけ……ないじゃない)
マリアは俯き息をのんだ。口の中が乾いている。想像以上にエリゼに圧倒されていることがわかる。だが黙ったままで見逃してくれるとは思えないほどの強い圧力がある。マリアはグッと唇を噛み覚悟を決め言った。
「そんな指輪……知りません」
「知らない?王からお前に渡された筈だ。」
エリゼは語気を強めマリアの腕を掴んだ。その握力に心が折れそうになるが、力で征服しようとするエリゼの行動にマリアの心に怒りの炎が灯った。
(知らないものは知らないもん)
「そんなものはありません!!」
マリアはエリゼに向かってそのまま感じた怒りをぶつけた。掴まれた腕は小刻みに震えている。だが、屈したくない!マリアはエリゼを睨みつける。
「……わかった」
意外にもエリゼはそう言ってマリアの手を離し立ち上がった。マリアは驚きの表情を浮かべエリゼを見上げる。エリゼはそのまま黙って部屋を出て行った。サンドラもエリゼの後をついて部屋を出てゆく。「隠しても無駄よ。すぐに見つけるから」
そう言ってサンドラはドアを閉めた。
マリアはソファーにダイブするように体を横たえ大きく息を吐いた。
「なに?指輪って。このままソフィに成り切ってたらまずいかもしれない……」
マリアは今起きていることを整理し始めた。
ソフィ姫と今日だけ入れ替わるだけの話だった。だが、とんでもない事態に巻き込まれマリアはソフィとして裁判にかけられる。
「本物どこにいるの?この状況でどうやって入れ替わる!?これ、まずくない?まさか、騙された!?」
ようやく自分が騙されたことに気がついた。
(どうしよう!!)
居ても立っても居られなくなりウィッグを外し部屋のドアを叩き始めた。
「ここを開けて下さい!!私はソフィではありません!!開けて下さい!!」
必死になって叫ぶ。
(このままソフィとして殺されてしまう!!)
「すみません、どなたか?私は身代わりバイト、あ、バイトはこの世界の言葉じゃない、なんていうの、仕事、そう、身代わりの仕事を依頼されただけです!!」
マリアの叫び声が廊下まで聞こえ、エリゼは立ち止まる。
「エリゼ、どう思う?」
サンドラはその叫び声を聞きエリゼに聞く。
「……恐らく、あのソフィは偽物だ。だけど今は偽物であっても裁判を終わらせないと国が安定しまい、このままあの娘にはソフィでいてもらう」
エリゼはそう言って歩き出した。サンドラは一度部屋の方を振り返りまたエリゼを追って歩き出した。
「どうしよう、どうしよう、バチが当たったんだ。私どうなっちゃうの?怖い、どうしよう」
マリアは右往左往しながらも明日の裁判を考えた。
(こうなったら裁判で人違いだと言うしかない)
マリアは覚悟を決めた。自分の潔白を証明するには自分らしい姿を見せるしかない。
(明日はウィッグを外し肩までしかないピンクの髪で行こう。この世界の姫がこんな短い髪なんてありえないし、ピンクの髪なんてありえないはず。きっとどうにかわかってもらえるかも)
マリアはウィッグを脱ぎ捨て両手を組み辺りを見回した。
「服装!タンクトップに、この薔薇のカーテン、スカートになりそう。これ巻いて、あと、靴!!今日お姫様が履いていたこのヒールでいいわ!あ、ミニスカートにしてヒールで行こう!こんな格好の姫、この世界には居ないと思う。うん、少し派手だけどこれで行こう!!」
マリアは早速カーテンを破りスカートを作った。ミシンもないこの世界でできることは限られている。けれどもできる事があるだけ良いと考え、マリアは着々と準備をした。
「とにかく、明日、本物が帰って来なかったら偽物でしたと言ってこの窮地を乗り切ろう」
*
翌日、兵士二名がマリアを迎えにきた。
マリアはピンクの髪にタンクトップ、そしてカーテンで作ったミニスカートを履きハイヒールの出立ちで部屋を出た。迎えの兵士はマリアの姿を見て驚きのあまり後退りをしたが、マリアは颯爽と歩き兵士たちに言った。
「さあ、裁判にいきましょ?」
兵士は奥ゆかしいソフィ姫のとんでもない姿を見て目のやり場に困っているように俯いた。マリアはこの軽い女の子のイメージで行こうと心に決め、執り行われる裁判に向けて気を引き締め唇を結んだ。
(ソフィ姫では無いとわかってもらう為にできることはなんでもしよう)
マリアは迎えの馬車に乗り込み裁判所へと向かった。
既に裁判所の周りには人だかりが出来ている。集まっている人々は平民から貴族まで様々だ。その様子を見たマリアは緊張で体が硬くなる。だが、怖くない。本当に怖いのはソフィだと誤解されまま裁判が終わることだ。マリアは顔にかかるピンクの髪を耳にかけ深呼吸した。
(この世界の裁判ってどんな感じなの?誰がいるの?現実世界の裁判も……わからないから、比べられない。とにかく、とにかく私はソフィではないとはっきり言わなきゃ)
「がんばろう」
マリアは自分を励ますように呟き、もう一度深呼吸をし、馬車を降りた。




