ソフィとの別れ
エリゼはマリアを連れ城に戻った。
泣き疲れたマリアは馬車の中で眠っている。城に到着しても気が付かないマリアを抱き上げ、エリゼは自室に向かった。
マリアをベットに寝かせ、信頼できるメイドを呼んだ。
マリアが目覚めたら食事の準備するよう指示をし、エリゼはその足でソフィに会いに行った。
「ソフィ、話がある」
応接室に案内されまだ腰掛けていないソフィに話しかける。
「……仰らなくても、存じて、おります」
ソフィは穏やかな口調でエリゼに言った。その瞳は諦めの影がさしている。
エリゼは一旦口を結び、言った。
「……聞いたのか?」
「今朝、私の侍女がエントランスでエリゼ様と、マリアを見たと……」
ソフィは言葉に詰まりながらエリゼに言う。
罪悪感に似た重々しい気持ちが湧き上がる。マリアに会わなければ続いていたかもしれない関係。
だが、ソフィが昔のままだったらやはり離れただろう。
「ソフィ、俺は……」
「仰らないで! お願いです。わかっていますから……」
ソフィはエリゼの言葉を遮った。取り戻せない時間を後悔する心を押し込め、諦めに近い乾いた声が静かな室内に響いた。
エリゼは唇を結ぶ。沈黙が二人を包んだ。重苦しい雰囲気の中、ソフィが顔を上げた。
「エリゼ様、エリゼ様が私に望んだこと、今更気がつきました」
ソフィはそう言って溢れる涙を拭った。
「エリゼ様、私は自国をこの帝国に負けない素晴らしい国にしたい。だから、時間はかかりますが、自ら立った私を見守っていただけませんか?」
そう言ってソフィはぎこちない笑顔を浮かべた。ソフィの精一杯の笑顔と言葉はエリゼの胸を打った。
変わろうとしているソフィ、前を向こうとしているソフィ。
今はその笑顔を応援したい。
「ソフィ、見守っている。ソフィの力を信じているよ」
エリゼは大きく頷いた。
長い年月がかかってもソフィなら出来るだろう。自分を殺し耐え続けたソフィなら。
こうしてエリゼとソフィはその関係に終止符を打った。
*
「ハッ!!」
マリアは目覚め飛び起きた。
(昨夜エリゼ様が私を探しにきた……夢?)
「マリア、目が覚めたか?」
穏やかな声にマリアは我に返る。
エリゼがベッドに腰をかけ優しい眼差しを向けていた。
(夢じゃなかった)
その姿を見たマリアはポロポロと泣き出した。
夢のような現実に心が追いつかない。
二度と会えないと思っていたエリゼに優しい眼差しを向けてもらっているのだ。
(夢のよう……信じられない)
マリアはシーツで瞳を覆う。
エリゼはマリアを優しく抱きしめる。優しくも力強い抱擁にマリアは声を殺し泣く。
込み上げる思いが溢れ、止まらない。
エリゼは泣き続けるマリアを抱きしめ続け、マリアはその胸の暖かさに安心し、再び眠った。
次に起きた時、エリゼはいなかった。
だがメイドがマリアを入浴させ、沢山の洋服をマリアに見せる。
「あの、これは……」
マリアはその待遇に戸惑いながら、目の前の洋服を見つめる。
「はい、マリア様。こちらの洋服はエリゼ様がマリア様のために用意いたしました」
そう言ってベージュのワンピースをマリアに見せる。
(優しい色。エリゼ様の髪の色と同じ)
マリアはそのワンピースに着替えた。ただ、身分も何もない自分がここに居て良いのかわからずどこか落ち着かない。
皇帝が、得体の知れぬ女を連れ込んだと噂になっていたらどうしよう?と、不安が生まれる。
ソファーに腰掛け、出された紅茶を見つめながら、窓の外から聞こえる、凱旋を祝いお祭り騒ぎをしている人々の声を聞いていた。
「マリア、起きたか?」
徐にドアが開き、エリゼが部屋に帰ってきた。今日は各国の要人が城に来ている。忙しい中何度もマリアの元に来てくれるエリゼの行動に喜びを隠せない。
大切にされていると行動から伝わっている。
正装姿のエリゼは皇帝らしく威厳があり、輝いている。
意識し始めると緊張が体を強張らせ、改めて、どう対応して良いのかわからなくなった。
「エリゼ様、先ほどは眠ってしまい、申し訳ありません、あの……私、ここにいても大丈夫ですか?」
マリアは心臓が飛び出しそうなほど緊張しながら頭を下げた。
「マリア、聞いてくれ。ソフィとのことをちゃんと話しておきたい」
(ソフィ姫……)
ソフィの名を聞き、あの日の情景が蘇る。抱き合っていた二人の姿を思い出しマリアは唇を結んだ。
「マリア、ソフィとは終わったんだ。ソフィは女王として生き始めた」
その言葉に顔をあげる。
「あ、その……エリゼ様は、ソフィ姫は、それで良いのですか? 私がエリゼ様と一緒にいるということは、あの」
戸惑うマリアにエリゼは優しい眼差しを向け言った。
「マリア、心配することは何一つない。だから、もういなくならないでくれ。俺のそばにいて欲しい」
その言葉にマリアは息が止まりそうになる。目の前には優しい眼差しでマリアを見つめるエリゼがいる。マリアはそのまっすぐな瞳に戸惑いながらも小さく頷いた。
「……ずっとマリアと呼びたかった。マリア」
エリゼはマリアを抱き寄せた。
「私もマリアと呼んでほしかったです。でも全然呼んでくれませんでしたね……」
マリアはエリゼを見つめ言った。
「マリアと呼ぶと自分を止めれれないと思って……いつからかマリアに惹かれ、目の前からいなくなった時は、後悔した。もっと早くにこの気持ちに気がつけばよかった、この思いを伝えたら良かったと」
エリゼはそう言って立ち上がり、マリアの手を取り窓辺に移動した。
部屋の窓からは帝都が一望出来る。太陽を浴びてキラキラと輝く海も見えた。
この見える全てがエリゼ様の治める国。その頂点に立っているエリゼ様。
……どうして私を選んでくれたの?それに、エリゼ様にそんな野望があったの?
マリアはエリゼを見た。エリゼは優しく微笑む。
マリアは改めて部屋の中を見た。
「あ、オリーブの枝……」
マリアが持ってきたオリーブの枝が花瓶に挿してある。
「まだ元気ですね。すごく大切にしてもらって、枯れたら牢獄行きとか、無理難題言ったのですか?」
マリアは大切にしてくれていた喜びに目を細めエリゼに聞いた。
「マリアが届けてくれた大切なオリーブ。枯らしたら死罪だな」
エリゼも目を細め答える。
「ところでマリア、そのワンピース、よく似合っている」
エリゼはそう言ってマリアの手を取りキスをした。
(手の甲にキス!! )
マリアは慣れない愛情表現に顔が赤くなる。
まるでお姫様になったかのような扱いにときめきが止まらない。恥ずかしさを隠すように、マリアはわざと明るい声を出し言った。
「エリゼ様、とても可愛いデザイン、嬉しくてテンション上がります! あ、テンションっていうのは……」
「要するに嬉しいって事」
エリゼはマリアの心情を察したように目を細めた。その愛ある眼差しに一層舞い上がる。
「はい! 大凡正解です! あははは、エリゼ様ってすごい!」
マリアは自分が何を言っているのかわからなくなるほど、エリゼを意識している。
愛している人に愛される喜びは、世界が一変したように見える。
夢じゃない現実に落ち着かない。
「マリアの笑顔が見れて嬉しい。その笑顔をずっと見たかった」
エリゼの言葉に胸が詰まる。
(私もエリゼ様の笑顔、見たかったんです)
「エリゼ様、ありがとうございます」
エリゼはその言葉を聞き、マリアを抱きしめた。




