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愛されてはいけない理由  作者: ねここ


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再会・美しい夜明け


   *


 あの日、エリゼが帝国広場で演説したあの日以来、マリアは悩んでいた。

 

 エリゼはマリアを忘れていなかった。けれどエリゼは皇帝となり身分のないマリアが会える相手では無くなった。たとえ、昔の馴染みだと城を訪ねても、頭のおかしな女だと追い返されるのがオチだ。


 エリゼがマリアを探してくれない限り、会う手立てがない。


 そして、たとえエリゼがマリアを探し出してくれたとしても、エリゼに負担をかけてしまう可能性が大きい。マリアは皇帝となったエリゼを支えるための知識も技量もない。


 ソフィのことも考えた。エリゼはソフィを妻にしなかった。しかしソフィはエリゼしか見ていない。

諦める訳がないとマリアにもわかる。エリゼの魅力は魂まで奪われるほど強烈だ。そう簡単に諦められないのはマリアも同じだ。

 

 そう考えるとこの世界のお姫様として育ち、女王になったソフィと異世界から来たマリア。

 比べるまでもない。勝ち目は全くと言っていいほどないのが現実だ。


 マリアは悲しいけれど自分はエリゼのそばにいるべき人間ではないと気がついたのだ。

 


 それから程なくエリゼが世界統一するという噂が流れマリアは何が何だか分からなくなった。

 エリゼは一体どこまで遠くに行ってしまうのだろう? と、エリゼを諦める気持ちが強くなる。

 

 そしてエリゼは多くの兵士と共に戦争に行き、マリアは再び不安に襲われた。人々はエリゼが負けるはずが無いという。けれど、そうであっても無事に戻ってくるまでマリアの不安は消えない。


 エリゼが戦いに行ってしまった日からマリアは毎日エリゼの無事を祈願した。

 二度と会えなくても良い、彼が無事なら自分は幸せだと、毎日毎日願っていた。

 

 エリゼの戦法は武器を持って戦うのではなく、人の気持ちを動かす情報を使った戦いをしている。その戦いは前回も同じ今回も同じマリアがとった戦法だ。それをアレンジしエリゼは戦っている。少しでも力になれたのならそれは本当に嬉しい。だが、その規模が違う。

 エリゼは生まれ持った覇王の気質があるのだ。そして程なくし、エリゼは世界の皇帝になった。

 

 エリゼはクロードと共に帝国に戻ってきた。帝都は大騒ぎ、お城には各国の王や姫達が集まっていると聞いた。

 一方マリアは街の片隅で無事に戻ってきたエリゼを出迎えることも一目見ることもできず、唯一できることは一人喜びの涙を流すことだけ。


 エリゼが世界の皇帝となり、あまりに遠すぎる現実に再会する夢をもう見ることはできない。けれど、無事に帰ってきたことをお祝いすることはできる。その夜マリアはワインを買い、孤児院の最上階にあるお気に入りの場所、時計台に登った。そこに毛布とワインを持ち込み星を眺めながらエリゼの無事と世界統一を祝った。


 空には大きな月と満天の星。流れ星も時々流れる。以前エリゼの幸せを願ったあの願いはおそらく叶ったのだろう。

「おかえりなさい。無事にお帰りになり本当に嬉しいです。こんな夜は飲むしかないですね」


 そう言ってあの時のようにワインを一気に飲み干した。案の定すぐに酔いが回る。横になり夜空を見上げると星が瞬いている。その星を一つ一つ数えながらマリアは眠った。


 久しぶりにエリゼの夢を見た。


 エリゼがネックレスにキスをし一緒に美しい夜明けを見ようと言った。喜びに震える体、堪えきれない喜びの涙、爆発しそうな感情、立っていられないほどの衝撃。そして、感情の嵐が去ったあと、改めてエリゼとの距離の遠さを痛感し、そんな日は来ないと、泣き崩れた。夢の中でさえ夢が見られない。

 

 涙が止まらない。


 

  *


 

「……マリア」


 濡れるまつ毛に優しく何かが触れる。


 (誰かが涙を拭ってくれた?)


 マリアはうっすらと目を開けた。涙で視界が滲んで見える。目の前に……誰かがいる。

 

 !?


 マリアは我にかえり慌てて起き上がった。


「酔っ払って私……」


 マリアは目の前にいる人を見つめ声を失った。

 目の前にいる人はもう二度と会えないと思っていたエリゼ。

 

「う、そ?なんで……どうして」


 マリアはの瞳から大粒の涙が溢れ出る。愛しい人がマリアを見つめているのだ。

 

「マリアと美しい夜明けを見るためだよ」

 

 エリゼはそう言いながらマリアの涙を指で拭った。マリアは信じられない現実に体が動かない。溢れ出る想いは涙となり、再び会えた喜びが体を駆け巡る。嗚咽を飲み込み息ができないほどの切なさに胸が圧迫され、マリアは無言で泣き続けた。


「マリア」

 

 エリゼは愛しい人の名前を呼ぶ。どれほどこの名を呼んであげたかったか。これほどの感情を込めて人の名を呼んだことは無い。

 マリアはエリゼの声に溢れる想いを見る。これほど愛おしそうに自分の名を呼んでくれた人はいない。


 マリアは目を細め溢れる涙を拭ってくれるエリゼの指を握った。エリゼの指から伝わる温かさが信じられなく思わず聞いてしまう。

「本物……ですか?」


 その問いかけにエリゼは優しく微笑み、マリアの額に自分の額をコツンと当てた。


「痛っ、この痛みは……本物、ですね」


 マリアはまじまじとエリゼを見つめた。


「こんなことで本物というマリアは、相変わらず面白いな」


 エリゼもマリアを見つめ言った。


 二人は見つめ合う。交わる視線は紛れのない愛を物語る。

 エリゼはマリアの髪に触れ、それから頬を優しく触り感情を込め言った。


「マリア、愛しているよ」


 マリアはその言葉を聞き声を出して泣き出した。エリゼはマリアを抱き寄せる。千の言葉を語るより、エリゼのその温もりが、力強い抱擁が言葉よりも深い愛を伝えた。


 マリアもこの想いをエリゼに伝えたい。ずっとずっと胸に押し込め隠し続けた気持ち。あの日抱き合うエリゼとソフィの姿を見つめ哀しみを隠し笑顔を浮かべ言ったさよならの言葉。本当はそばに居たかったと、本当はさよならなんてしたくなかったと、どれほど心に秘めた想いを伝えたかったか。それでもエリゼが幸せならばそれで良いと涙を呑んだいくつもの夜。乾いた心で迎えた朝、その全てが幸せに変わる日が訪れるなど夢にも思わなかった。


「エリゼ様、私もあなたを愛しています。ずっとあなたを見ていました。でも私は何一つ持っていない、身分すらない人間です。とても……あなたにふさわしい人間では……ありません」


マリアはそう言って俯いた。エリゼはそんなマリアに優しく言う。

「マリアが持っていないというものは全て俺が持っている。だけど俺が持っていないものはマリアだけが持っている。こんなに相応しい相手はお互い、いないだろ?」

 マリアは相変わらずのエリゼの言葉に思わず笑みが溢れる。

「皇帝エリゼ様だから言える言葉ですね。でも、私は私だけを愛してくれる人がいいのです。いつかそんな話をしましたね。あなたは……それが出来るのですか?」

 マリアは以前エリゼが何人も妻を娶ることは普通のことだと言った言葉を覚えていた。現代人のマリアはそんな感覚が理解できない。それに、愛する人が自分以外の誰かと愛し合う姿を、平常心で受け止められるほど心も強くない。


 エリゼはマリアの言葉に少しムッとしたように答えた。

 

「マリア、俺が出来ないと思う?ここまで来た俺に、お前はそう言うのか?」

 

 エリゼはそう言いながらマリアの頬を両手で優しく包み顔を近づけた。


「マリア、あなただけを愛している。この先もずっと」


 エリゼはそう言ってマリアを見つめ口づけをした。その口づけは全ての不安を拭うほどの幸福感をマリアに与え、マリアはようやくエリゼの体を抱きしめることができた。エリゼはマリアのぎこちない抱擁に顔が綻ぶ。

(この先何があってもマリアを幸せにしてみせる)

 エリゼは再びマリアを強く抱きしめた。


 


「マリア、夜が明ける。美しい朝日だよ」


 エリゼは立ち上がり後ろからマリアを抱きしめた。マリアの肩に顔を乗せ、マリアを見つめる。マリアも頬に吐息がかかるほどの距離にいるエリゼに顔を向け、もう一度キスをした。

 そして二人は互いの温もりに心を満し、紺色の大空をオレンジに染め登ってゆく眩い朝日を見つめた。


 その朝日はあの日見た朝日と同じくらい美しく、エリゼが作った新しい世界を明るく照らした。

 



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