エリゼとソフィ
五日後、クロードがソフィを連れエテル帝国にやって来た。国交を結ぶためだが、ソフィの心は違う。これでエリゼと結ばれる、そんな思いを抱き会いに来た。タチアナ、サンドラ、そしてクロードの従兄弟バルバナはソフィに付き添い初めてエテルに足を踏み入れる。タチアナとサンドラは令嬢らしく美しく着飾っており別人のようだ。
エリゼはエントランスまで一行を出迎えた。
ソフィは正装姿のエリゼを見て息を呑む。ソフィの知っているエリゼではない帝国の皇帝のエリゼだからだ。その姿を見て気後れしつつも、愛するエリゼに再会できた喜びも湧き上がる。ソフィは一国の女王としてエリゼに挨拶をし、一人の女性として顔を赤らめ微笑んだ。
エリゼはそんなソフィを見つめながら帝国の皇帝として紳士にソフィをエスコートした。ソフィに付き添うタチアナとサンドラ。二人にも形式上の挨拶を交わす。二人も優雅に微笑みながらエリゼを見る。その瞳は親しみがこもっている。
「タチアナ、サンドラ、お前達にそんな挨拶をされるのは初めてだな」
エリゼは戦友と呼べる二人を見てニヤリと笑った。
「うわーエリゼ!!心の中で馬鹿にしてるでしょ?」
タチアナが砕けた笑顔をエリゼに向ける。
「いや、美しいお二人に会えて嬉しいよ」
エリゼも笑いながらタチアナに言う。一気に空気が和みいつものようにサンドラがエリゼに話しかける。
「エリゼ、ジュスタ王国で別れてから一ヶ月も経っていないのに驚きの展開ね」
サンドラはエリゼにウィンクする。チャーミングなサンドラにエリゼも笑顔を向ける。
「そうだな、積もる話は後にして、まずは部屋に案内しよう」
エリゼはそう言ってソフィの手を取り歩き出す。その行動は一国の王へのもてなしだ。
ソフィは穏やかな笑みを浮かべエリゼと共に歩く。エリゼは早速ソフィに話しかける。
「ソフィ、ジュスタ王国はどうだ?上手く行っているか?」
「はい、エリゼ様、クロードやタチアナ、サンドラがよくやって下さるので私は感謝しております」
ソフィの言葉はどこか他人事のように感じる。自分の大切な国という想いが伝わってこないのだ。
エリゼはもう一歩踏み込んだ質問をする。
「それで、ソフィはジェスタ王国をどう思っているのだ?このエテルと国交を結ぶにあたって」
「……まだ、わかりません。エリゼ様が早く来てくださる事を望んでおります」
ソフィはエリゼを見つめ寂しげに微笑む。エリゼはそんなソフィの言葉に内心がっかりした。確かに女王となって日も浅い。だが、一国の女王がいう言葉ではない。エリゼとの関係がどうであれ、国の代表である責任がソフィにあることを自覚してほしいのだ。だが、まだ時間がかかるだろう。
エリゼはソフィの言葉に答えることが出来なかった。
「……お話中に申し訳ございません、チェルラ王国のダニロ王が到着されました」
執事のレオネがエリゼに伝える。エリゼは頷きソフィに言った。
「ソフィ……その話はまた後で話そう。私は今からチェルラ王国のダニロ王を出迎えなければならない。ここで失礼する」
エリゼはクロードにソフィを任せ立ち去っていった。残されたソフィは複雑な表情を浮かべ去ってゆくエリゼの背中を見つめている。
「ソフィ様、エリゼの望みはソフィ様が立派な女王になる事です」
クロードはエリゼの思いを代弁するようにソフィに言った。
「私は自信がありません。エリゼ様がいないと……」
ソフィは瞳を潤ませエリゼを目で追う。クロードはそんなソフィを見てエリゼの気持ちがわかるような気がした。ソフィに立ってほしい、その思いはクロードも同じなのだ。
「ソフィ様、エリゼはまだやらなければならない事があるのです。以前のエリゼではありません」
「……クロード。エリゼ様はいつから金のネックレスをつけているのかご存じですか?」
ソフィは涙を拭いはっきりとした口調でクロードに聞く。クロードは意味がわからない。
「なんの、ことでしょう?」
「エリゼ様は昔から装飾品を好みませんでした。離れ離れになる時にお揃いの指輪やネックレスを作ろうと申し上げましたが、つけないと言われました」
ソフィの口調が強くなる。明らかに不満があるような言い方だ。だがクロードはソフィの気持ちに気がつかないふりをし、聞き返す。
「それとこれはなんの関係が?」
クロードはわざと戯けたような声色を使いソフィに聞いた。
「クロード、エリゼ様は今金のネックレスをつけておいでです。それもこのエスタ帝国のシンボルになっているオリーブの葉をモチーフにしたもののようです。何か理由があるのでしょうか」
ソフィはなんとなく嫌な予感がしている。
(エリゼは誰かを想っている?)
そんな予感だ。だが、思いつく限りの令嬢達を思い浮かべるが該乙するような令嬢はいない。
一方クロードはソフィの考えにピンときた。ソフィはあのネックレスを女性からのプレゼントだと思っている。クロードにとってどうでもいいことだ。なぜならエリゼが選んだことだからだ。
ソフィは黙って考えている。エリゼに近い女性達、タチアナ、サンドラ……
(そういえば、、あのマリアの姿を見なくなった)
「……クロード、あの子、マリアはどこに?」
ソフィはあの日以来マリアを見かけなくなったことに初めて気がついた。
クロードもマリアという言葉にピンと来た。だがマリアは姿を消したままだ。
「ソフィ様、マリアは異世界の人間です。どこにいったのかわかりませんが、きっと元気でしょう」
クロードもマリアを思い出し寂しくなる。マリアに対する特別な感情はない、だが、大切な友達だからだ。
「そうですか、どうしていなくなったのでしょう?」
ソフィの心はざわつき出す。エリゼとマリア。特別な何かを感じているのだ。
ソフィはあの日、エリゼがマリアを自分の左側に座らせた時の事を思い出した。
なぜなら、エリゼが自ら誰かを隣に座らせる姿を見たことが無かったからだ。
ソフィですらあの日タチアナに「ソフィ様はエリゼの隣に」と、案内してもらったからだ。エリゼはそれをただ黙って見ていただけだ。
(けれど、マリアにはエリゼが自分の隣に座れと言った……)
ソフィは血の気が引いた。確信はない。それにマリアはもういない。
しかしソフィはエリゼの変化に戸惑いを隠せない。
(もしかしてエリゼはマリアを?それとも知らない誰か?)
ソフィは悶々とした気持ちで部屋に入った。そんなソフィを見たクロードはエリゼの気持ちがわかるような気がした。ソフィは自分で何かをしようとしない人間なのだ。マリアとは真逆。
それならばと、クロードは従兄弟のバルバナに常にソフィの近くにいるようにと指示した。バルバナは優秀な人間だ。ソフィの足りないところを補えるだろう。
「……マリア、お前どこにいるんだ?エリゼはお前を探している」
クロードは窓から見える帝国の街を見つめつぶやいた。
*
エリゼはチェルラ王国のダニロ王一行が到着していると聞いて急いでエントランスに行った。
ダニロ王は笑顔を浮かべでエリゼに挨拶する。どこか親しみのあるその笑顔にダニロ王の人柄が垣間見られる。
「エリゼ皇帝、お初にお目にかかります。チェルラ王国のダニロでございます」
「ようこそダニロ王、歓迎致します」
エリゼも笑顔でダニロ王を迎える。ダニロ王は後ろに控えている女性をエリゼに紹介する。
「エリゼ様、私の娘も紹介いたします」
「エルネスタと申します」
「ファビアと申します」
二人の美しい姫達は微笑みを浮かべながらエリゼに挨拶をした。双子の娘。深い愛情を注がれているのがわかる。エリゼも微笑みを浮かべ二人に挨拶をする。
その様子を見つめていたダニロ王は満足そうな顔をし、エリゼに言った。
「エリゼ様にはソフィ様がいらっしゃると伺っておりますが、どうぞこの娘達もお見知り置きを……」
エリゼはその言葉を聞き、ふとマリアの言葉を思い出した。
『私は無理だわ私だけを愛してくれる人じゃないと……』
エリゼはフッと笑い、ダニロの言葉に頷いた。
(そうだなマリア。お前のいう通りだよ。今の俺も一度に多くは愛せない。愛する人は一人だけだ)
「……さあ、ダニロ王、早速部屋に案内させよう」
エリゼはそう言って一行をレオネに案内させた。




