全てを手にするために
「エリゼ様」
ソフィがエリゼを訪ねてきた。エリゼはソフィに椅子を勧め、エリゼもテーブルを挟んで向かいに腰をかける。ソフィは俯きながら上目遣いにエリゼを見る。何か言いたげな瞳を見てエリゼはソフィに優しく声をかけた。
「ソフィ?どうした?」
ソフィは思い詰めたような表情を浮かべ突然立ち上がりエリゼの胸に飛び込んできた。エリゼはソフィの行動に驚いたが、すぐにその両肩に手を置き何気なく引き離す。マリアがいなくなって自覚したマリアへの愛。その感情を知ったエリゼはソフィを抱きしめることができなくなった。
「ソフィ、一体どうしたのだ?」
エリゼはソフィの顔を見つめる。ソフィとマリア。似ている二人、しかしエリゼにとってソフィはソフィでしかない。ソフィの中にマリアの面影を見ることができないのだ。
「私はエリゼ様と離れたくありません。どうか私を置いてゆかないで。やっと堂々と愛し合えるようになったのに」
ソフィは早口でエリゼに訴えかけた。この国を出ることにソフィは一旦は同意したがやはり耐えられなくなったのだ。
「ソフィ、以前言った通り、俺はまだやらなければならない事がある。ここに留まることはできない」
エリゼははっきりとソフィに言った。その口調は揺るがない気持ちを表しているような重みがある。
「わかっています。けれど、あれからまだ一週間も経っていないのです。もう少し一緒にいたいのです」
ソフィの言葉にエリゼの心が凍る。一週間、マリアが居なくなって一週間近く経ってしまった。
「ソフィ、俺は……」
「エリゼ様、強く抱きしめて離さないで!!」
ソフィはそう言ってエリゼの言葉を遮り胸の中で寂しいと言って泣き出した。エリゼは黙ってソフィを見つめる。マリアに出会う前のエリゼならソフィを受け入れている。だが、もうエリゼの心にソフィはいない。
エリゼは胸の中で泣くソフィを抱きしめることはせず、そのまま黙ってソフィを見つめた。
(ソフィはようやく一人の人間として立ち始めたばかりだ。ソフィの気持ちが落ち着くまでは、俺がここを去るまではソフィには何も言えない)
程なくし、泣いていたソフィは落ち着きを取り戻した。ハンカチで涙を拭いながら寂しげな表情を浮かべエリゼを見つめる。
「ソフィ、落ち着いたようで良かった」
エリゼはソフィに笑いかけゆっくりと離れる。ソフィは名残惜しそうな表情を浮かべたが、エリゼは何も言わない。ソフィはエリゼの変化を察した。ただ、それが何を意味するのかはまだわからない。
「エリゼ様がお帰りになるのを、ずっとお待ちしております」
ソフィはそう言って唇を結び、静かに部屋を出ていった。
「……ふう」
エリゼは外を眺めながらため息を吐く。本当はソフィに自分の気持ちを伝えたかった。だが、今のソフィに話すことはできないと判断した。なぜならソフィはエリゼしか見ていない。この国の唯一の指導者であるソフィは、その立場に自覚がないのだ。長い間ダミアンの道具として生きてきたソフィに指導者の自覚など無い。だが、それでもやらなければならない。なぜならば、国民がソフィを認めたからだ。
その責任感を時間をかけて教えてゆかねばならない。この国の重鎮がソフィを導く。それが彼らの役割なのだ。幸いなことに、クロード、タチアナ、サンドラがいる。信頼できる仲間にソフィをまかせ、近々エリゼはこの国を去る。そしてソフィの気持ちが落ち着いたら改めて話をすることに決めた。
それから、エリゼは今自分が置かれている状況を冷静に見つめた。
エリゼの家門ザノッティ公爵家は今、帝国内で冷遇を受けている。それは敵対する公爵家が若き皇帝を丸め込み実権を握ったからだ。窮地に追い込まれているザノッティ公爵家当主、これが今のエリゼの立場だ。
そしてそれとは別に、世界中がエリゼとソフィに注目している。エリゼ・ザノッティが愛している女性はソフィ姫だと誰もが信じている。だがそれは違う。エリゼが愛している女性はマリアだ。
この現状でマリアを探し出し、マリアを選べば間違いなくソフィ姫からエリゼを奪ったとマリアが責められる。違うと言ってもあれだけの演出をした以上覆すのは難しい。
そしてエリゼが力を持ってマリアを庇っても今のザノッティ公爵家の影響力は限定的だ。噂を鎮めることはできない。それに一族もこの状況では一国の王であるソフィを推しマリアを認めないだろう。
だが、それらを阻止する方法が一つだけある。その方法は帝国、世界を手に入ること。
エリゼ・ザノッティが正しい方法で力を得て全ての民が安心して暮らせる世界を作れば、エリゼが選択することを批判する者は出ない。なぜなら世間を味方につけることが何よりも効果的だからだ。これはマリアが実際に見せてくれた民衆の力だ。
それと同時にソフィを独り立ちさせ、国王としての意識を持たせる。それによりソフィ自身が自覚するものもあるだろう。クロード達の力量が問われるがエリゼは仲間を信じている。本当の幸せは与えられるものではなく、自分で掴み取るもの、それをソフィに知って欲しい。
(その全てを叶えるためには圧倒的な存在にならなければならない)
エリゼはネックレスに触れた。
(そして姿を消したマリアがどこにいても俺の名前を耳にし、忘れたくても忘れさせないようにこの名を轟かせなければならない)
エリゼは机の上の世界地図を見て瞼を閉じた。
(マリア、不満の吐口がマリアに行かないほどの国を作ってみせる。長くて二年、二年の間に全てを実行してみせる。また二人で美しい夜明けを見る為に……)
それから数日後、エリゼは国に戻った。




