エリゼの覚悟
エリゼは初めてマリアに会った時のことを思い出していた。
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ソフィにそっくりなマリアを街で見かけた時、この作戦を思いついた。ソフィの父親であるダミアンの首を取り、マリア扮するソフィを殺す。
長い間ダミアンの政治道具として生きるしかなかったソフィ。彼女を救うため、あの日作戦を決行した。
大聖堂の中にいたマリアは驚くほどソフィにそっくりだった。けれどソフィの穏やかな瞳と違い、マリアの瞳は強く強く輝いていた。まるで『あなたに屈することは無い』と言うように。
あれほど強い瞳を持っている女性に出会ったのは初めてだった。
あの瞳を見た時に心が乱され、本当に屈しないのか?と疑問に思い剣を握った。大抵は剣をみせると涙を流し命乞いをする。だがマリアは違った。剣を首に当て引いても、あの燃えるような瞳は変わらなかった。
あの瞳をもっと見てみたい。
その結果、予定と違う行動をとってしまい、エリゼらしくないと言われても、マリアに対する興味を止められなかった。
ソフィはマリアのような瞳をしていない。穏やかで、全てを受け入れる受け身の瞳。マリアと真逆だ。
二人を比べる訳ではないが、あまりに対極にあるマリアとソフィ。
自らの力で生きようとするマリアの姿を見るたびに不動だったこの心は揺り動かされた。
マリアを犠牲にするこの選択でいいのか、、迷うたびに、自分ではどうしようも出来ない感情の答えを探すために夜中にマリアの部屋へ忍び込みその寝顔を見つめた。マリアを見つめていると心が穏やかになり、ずっとこの寝顔を見つめていたい、そんな思いが湧き上がる。
けれど心とは裏腹に、ソフィを救うためにマリアを犠牲にしなければならない現実が目の前にある。それに、マリアは異世界の人間だ。彼女がいなくなっても探す人も、悲しむ人もいない。
これほど好都合な人間はいない。マリアに惹かれる気持ちを抑えるために、マリアに対する情がわかないように、マリアをソフィ呼び続け、これは一時の感情だと自分に言い聞かせた。だがそれでも自分の行動を止めることが出来ず、マリアの寝顔を見続けていた。
時々、マリアは眠りながら泣いていた。いつも明るく笑っている彼女の悲しそうな涙を見た時に、あの明るさの裏に隠された感情に気がついた。流れ落ちる涙を指で拭うたびに彼女の心を深い悲しみから救いたいと思いながらも、どうすることもできない現実。
行ったり来たりの感情、迷うことのなく生きてきたはずなのに、刻々と近づく執行日に身動きが取れないこの状況。そんな時、全てを知ったマリアがソフィの前に現れ、光を与えてくれた。
真実を知っても責めることをせず、ソフィを救う方法を考え実現してくれたマリア。
それも、誰一人傷つかない方法で……
あの日、時計台で彼女が堰を切ったように泣き出した時、彼女の心の深い傷に触れたような気がして、その手を離したくないと思った。このままこの胸にずっと抱きしめていたい、一分一秒でも長くこうして彼女の全てを受け止めてあげたい。そのためならなんでも出来ると。
あの日、最後に見たマリアの姿が頭から離れない。
居なくなったマリアの姿を探しながら、思い出に押しつぶされそうになるたびに、沈んでゆく心。
後悔し、思い直し、また後悔し、その度に心が揺れ呼吸することさえ苦痛に感じる。愛とはこれほどにもコントロールが出来ない感情なのかと、ソフィに対する思いとはこれほど異なる感情なのかと愕然とした。
何気ない瞬間にも幸せがあるのだと知ってほしい、そう言ったマリアの言葉は、今身を切られるほどに実感している。マリアと過ごした全ての瞬間は俺にとって幸せな瞬間だった。
あの日、さよならと言い、目の前から消えたマリア。
失くして初めて知る強い想い。この世界にいるならば、必ず見つけ出す。
そのために俺は俺のやり方でマリアを探してみせる。
マリアが俺を忘れないように。
エリゼはマリアが残したネックレスを見つめ覚悟を決めた。




