【第二章】マリアのいない日々
「この国はソフィに返す」
マリアが居なくなった二日後、エリゼはクロード達に言った。
「は?意味わからないけど?」
タチアナはエリゼの言葉に戸惑いながらサンドラを見る。
「エリゼ、私も意味がわからないわ」
サンドラもタチアナに頷きながらエリゼに聞く。クロードはマリアの件でエリゼに対し怒っている。だから一切口を開かない。
「この国の王族はソフィだ。俺ではない。俺が王としてこの国にいて、ソフィが王族としてこの国にいることがおかしいのだ」
「え?結婚すればいいじゃない?そんなの誰も気にしないわ」
タチアナは首を傾げエリゼに言った。エリゼはタチアナの言葉に答えず、率直な意見を述べる。
「俺はこの国が欲しくてここまで来たわけじゃない、一度正常な状態に戻すと言っているんだ」
タチアナはさらに首を傾げる。ソフィを助けるためにこの国に来たのだから何が問題なのかわからない。
「ソフィ様はそのことについて何か仰っているの?」
サンドラがタチアナの疑問を察し、にエリゼに聞く。
「彼女は何も言わない、俺に従うと言った」
その言葉を聞き、タチアナは目を見開く。
「エリゼ?一体どうしたの?そんな回りくどいことしなくてもいいじゃない?」
「エリゼの好きにさせてやれよ」
黙っていたクロードが口を開く。
「クロード、やっと喋ったわね……声を無くしたかと思ったわ」
タチアナはそう言いながら心配するような眼差しをクロードに向ける。
「だってさ、マリアが未だにどこにいったのか誰にもわからないっておかしくないか?元の世界に戻ったのかもしれないと思ったら俺は……もっとあの子の名前ちゃんと呼んであげたかったと毎日後悔しているんだ。だから声も出ないよ」
クロードは唇を噛む。
「クロード、マリアが好きだったの?」
サンドラが聞いた。クロードはその言葉を聞き顔をあげ言った。
「好き?あの子嫌いな人間っているか?逆に聞きたいよ」
「そうね、確かに。私も好きだったわ」
「私も……エリゼは?」
三人はマリアを思い出し涙ぐむ。
「……その話はもういい、それでさっきのことだがそれで良いか?」
エリゼは淡々とした様子で三人に念を押す。
「うわ、エリゼって冷たくない?あんなマリア頑張ってくれたのに!」
タチアナはエリゼの冷たい態度に腹を立てる。
「タチアナ、もうやめよ、悲しくなっちゃう」
サンドラはエリゼの態度に呆れたような表情を向け、涙声でタチアナに言った。
「じゃあ俺は一旦帝国へ帰る。公爵家もそのままだから」
エリゼはそう言って立ち上がった。
「え?帰るの?ここはどうするの?」
エリゼの言葉にタチアナが慌てる。エリゼは上着を羽織りながら三人に向かって言った。
「クロード、お前がソフィの片腕になって助けてやってくれ。あとサンドラ、タチアナは今まで通りだ」
「本気か?」
クロードは目を見開き立ち上がる。エリゼはボタンを止めながらクロード達に言う。
「もともとお前達の国だろ?俺だけがよそ者だからな、実際」
クロード、タチアナ、サンドラはこの国の貴族だ。エリゼだけが違う。
「じゃあ、エリゼが戻ってくる間やればいいのね!いい国にしておくわ!」
タチアナは今まで通りという言葉を聞き安心した表情を浮かべエリゼに言う。
「まあ、エリゼの言う通りだな、俺たちの国だもんな。姫を助けてエリゼを待つか!」
クロードも同じように納得する。
「そうね!エリゼ任せて!」
サンドラも二人の言葉に賛同しエリゼに言った。そんな三人を見てエリゼは頷く。
「で、エリゼ、いつ帝国に帰る?」
クロードはエリゼの机に広げてあった世界地図を眺めながら聞いた。
「三日後」
「え?三日後って?あの日から一週間も経ってないのよ?もっとゆっくりソフィ様と愛を育めばいいのに」
タチアナは驚き目を丸くしエリゼを見る。
「そうよ、ちょっと急すぎるわ。」
サンドラも驚きエリゼを見る。
エリゼは驚く三人を横目に机の上の書類を整え言った。
「公爵家から連絡があって、俺の家門ザノッティ公爵家と対立する勢力が帝国を掌握し、俺の家門を排除しようとしていると情報が入ってな。今の俺の立場で介入したら国と国の争いになるから。そんな意味でもあるんだ」
「そういうことか。わかった。何かあれば手伝うよ」
クロードは納得しながらその地図から目を離した。
「私たちも協力するからね。エリゼ!」
「ああ、ありがとう」
クロード達はエリゼのいない間、この国を、ソフィ姫を支えるため動き出した。
エリゼは国に戻る用意をしながらマリアの事を考えていた。
「レオネ、ミケーラという使用人がいる。呼んできてくれないか?」
エリゼは執事のレオネにミケーラを呼ぶように言った。
一時間後、レオネはミケーラを連れエリゼの執務室に戻ってきた。
「ミケーラ、お前はマリアと仲が良かったな」
「エリゼ様、私はマリアを自分の娘だと思っています」
ミケーラはマリアのことを思い出し涙ぐんだ。その様子を見たエリゼはマリアが愛されていたのだとわかり両手を握る。ここにもマリアが居なくなって悲しむ人間がいる。
「ミケーラ、マリアは……」
エリゼはその先の言葉が出なかった。
(マリアは、俺の前からいなくなった。なぜなんだと、聞きたい)
だが、その言葉を飲み込みエリゼはもう一度ミケーラに話しかける。
「マリアは、どんな子だった?」
エリゼはマリアという名前を口にするたび、胸に矢を突き刺したような痛みを感じている。ミケーラはエリゼの言葉を聞き、息が詰まる。エリゼも悲しんでいるのだとわかったからだ。
「エリゼ様、マリアはとても不器用な子でした。明るく振る舞う事で自分の本心を誰にも見せないように、必死に、前を向こうとする、強くて弱い繊細な心を持った娘でした」
その言葉にエリゼの記憶が蘇る。マリアが泣いたあの夜のこと。エリゼは重い口を開く。
「……マリアは、元の世界にいた時は、どんな生活を?」
あの日、マリアが言った言葉は元いた世界に関係があると感じたからだ。『怖い夢を見た』あの言葉がいつもエリゼの頭の中に残っている。
「エリゼ様、もし興味本位でお聞きになるなら私はお話しできません。マリアは壮絶な人生を歩んできた子です。マリアは私だけに話してくれました。それをエリゼ様に話すことはマリアも望んでいないと思います。本気であの子を大切に出来る人にしか。とても話すことが出来ません」
ミケーラは真っ直ぐにエリゼを見てハッキリと言った。
「……そうか」
エリゼはそれだけを言って黙ってしまった。
マリアが抱えている闇、何度か触れそうになった。だけどマリアはそれをうまくかわし笑っていた。
「マリアは、どうして、いなくなった?」
エリゼは溢れそうになる感情を押し殺しながら聞いた。ミケーラはその質問に涙を浮かべた。
唇を結びエリゼを見つめ、意を決したように話しだした。
「……マリアは、マリアはエリゼ様を、マリアはエリゼ様を愛していました。だから去るしかなかったのです。マリアは笑っている自分だけをエリゼ様に見せたいと言っていました。だけど、こんな事を言うのは、失礼だとわかっていますが、ソフィ様と一緒にいるエリゼ様を見て、マリアは笑えなくなった。エリゼ様の幸せを願いながら、笑えなくなったから去るしかなかったのです」
「……」
エリゼは黙って拳を握り締めた。あの日最後に見た笑顔が、あの夜の涙がエリゼの心を掻き乱す。どうして去ってしまったんだと考えながらも、去るしかなかった選択をさせた自分を許せなくなる。息が詰まるような答えに、エリゼは奥歯を噛んだ。
ミケーラはそんなエリゼを黙って見つめていた。
(マリア、エリゼ様はあんたを大切に思っているよ)
「……ありがとう、ミケーラ。また呼んでもいいか?」
エリゼは優しい笑顔をミケーラに向け言った。
「はい、エリゼ様、私はマリアの母親ですから、娘の事で聞きたいことがあればいつでも」
その言葉にミケーラも涙を拭いながらエリゼに頭を下げた。
「あ、最後に、マリアはこの世界にいると思う、か?」
エリゼはミケーラに聞いた。その返事次第でエリゼは自分がどうすべきか決めたいと思っている。
「はい。いると思います。マリアはエリゼ様のいるこの世界のどこかでエリゼ様の幸せを願っています。マリアはそんな娘です」
「……ありがとう」
エリゼはほっとしたような表情を浮かべミケーラに礼を言った。




