【第一章最終話】さよならの時
運命の日が目の前に迫った。
マリアは全てが滞りなく上手く行くよう手配を進めていた。
城の使用人やメイドなど最低限の人間は城に残ってもらい、手が離せる人達を劇団員の後ろに配備した。刑の執行は取りやめになるだろう。ただ、ソフィ姫は多くの人の前に立たされる。知った顔が近くにある事でソフィ姫を安心させてあげたいとマリアは考えたのだ。
そして、マリアはここを去る前に、エリゼに借りたマントのお礼を用意した。
この国で一番の金細工の店で、全財産を注ぎ込みネックレスを作った。そのデザインはユーカリの葉をイメージしたものだ。花言葉は『永遠の幸せ』。エリゼには誰よりも幸せになってほしいと願いを込めた。
(あの日、一緒に見たあの景色を一生の思い出にしここから去ろう)
エリゼとソフィが結ばれた姿を目に焼き付け、そのままここから去ろううとマリアは決めた。
運命の朝、マリアはマリアとして処刑会場にいた。壇上にはギロチンが置いてある。
だが、それを使うことはない。
処刑会場の最前列には劇団長率いる劇団員、その背後には城の使用人やメイド達とその家族、そしてその向こうには演劇を見て集まった多くの人々がいた。
人々は死刑反対を連呼しており会場は異様な熱気に包まれていた。
時間になり本物のソフィ姫が現れた。皆その姿に息を呑む。
ソフィ姫を案内するのはクロードだ。そしてその後ろにはサンドラとタチアナも控えている。
エリゼは王として裁判官達が座る上段に腰をかけている。
ソフィ姫は薄いピンクのシンプルなドレスに裸足、髪は下ろしておりその髪が歩くたびに柔らかく揺れる。目線は下に、けれど美しい姿勢で会場に入ってきた。
民衆はソフィ姫のその高貴な姿を見て感動のあまり言葉を失った。その様子を見ていた団長が「ソフィ姫は冤罪だ!」と叫ぶ。その叫につられ人々は同じように叫び出し、それが大きなうねりになり地鳴りのように響き渡った。
ソフィ姫はその声を聞き、まるで天使のような柔らかく清らかな微笑みを浮かべ立ち止まる。そして人々に向かいドレスを持ち上げ感謝の意を伝えた。その美しさに人々は熱狂する。会場は皆ソフィ姫に夢中になった。
エリゼは黙ったままソフィ姫を見つめていた。ソフィ姫はエリゼを見上げ、愛を込め微笑んだ。エリゼも目を細めソフィ姫に微笑む。ますます会場の熱が上がる。
団長は今だ!と立ち上がり大声で叫んだ。
「この物語のラストは今からだ!」
人々はその声を聞き、一斉に叫び出す。
「ソフィ姫は無罪だ!!」
刑を執行する役人は仕事を放棄し、民衆達と共に無罪と叫び始めた。
裁判官も優しい笑みを浮かべ、エリゼに一礼し立ち上がった。
もうすでにソフィの無罪は決まっている。心配は何一つない。マリアはその様子を見て息を呑んだ。
「ソフィ姫様は無罪、王権を復活させます!」
「うおー!!!」
人々は大きな歓声を上げ共に抱き合い喜びを爆発させる。クロードもタチアナもサンドラも共に抱き合い喜び、ソフィ姫は両手で顔を多い泣き始めた。
その様子を見ていたエリゼは立ち上がり、マリアの姿を探した。舞台の袖にいると行ったマリアを探すが、人々が喜び乱入しごった返している。エリゼは王座から降り歩き出す。人々をかき分けマリアを探すエリゼ、だが人々が突然エリゼの周りから離れた。ソフィ姫がエリゼの前に現れたのだ。ソフィ姫は喜びの涙を流し、そのままエリゼの胸に飛び込んだ。
エリゼは一瞬驚いた表情を浮かべたが、そのままソフィ姫を抱きしめた。
その様子を見た人々は拍手と歓声、そして涙を流して物語のハッピーエンドを見つめた。
マリアはその様子を少し離れた場所で見つめていた。
「終わった……」
マリアはため息を吐き瞼を閉じた。抱き合う二人の姿が瞼に焼き付く。
この一年この日の為に生きてきた。ようやく全てが終わったのだ。
フーっと息を吐き、覚悟を決め、瞼を開けた。
ごった返す人混みの中心、ソフィと抱き合うエリゼの姿が再び目に映る。
込み上げる感情は喜びではなく、息が詰まるほどの切なさだ。
エリゼを諦める時が来たのだ。
エリゼはソフィ姫を抱きしめながらマリアを見つけ見つめた。
二人の視線が交差する。
その眼差しは多くの言葉が込められているように感じた。
だが、それもマリアの気のせいだ。
なぜならエリゼは、愛するソフィ姫の為にソフィ姫と瓜二つのマリアを身代わりにし、殺そうとした。
そんな人がマリアに対し特別な感情など持っているはずもない。
もし何らかの感情があるとするならば、友情のような感情だろう。
そして今、その胸の中には最愛の人がいる。十年にも及ぶエリゼの願いがようやく叶った日なのだ。
マリアは万感の思いを込めエリゼに微笑んだ。
エリゼはその腕にソフィ姫を抱きしめながらマリアの笑顔に応えるように目を細める。
時々見せてくれたあの優しい眼差しに、マリアの胸はズキンと傷んだ。
この一年、ソフィ姫の身代わりとして生きてきた。その間共に過ごしたエリゼとの日々が走馬灯のように駆け巡る。溢れ出しそうな感情と涙を明るい笑顔に変え笑いかける。
エリゼはそんなマリアを優しく見つめ続ける。だがその胸の中にはソフィ姫ががいる。
目の奥が熱くなる。喉が締め付けられるように苦しく込み上げる感情が息を止める。
(これ以上ここにはいられない)
マリアは唇を結び、覚悟を決めた。
涙を堪えエリゼに明るく手を振る。マリアらしい行動にエリゼの口角が上がる。
そんなエリゼを見つめ、呟くように言った。
「さよなら」
エリゼとソフィの周りに人が押し寄せ、マリアの姿が見えなくなった。
その瞬間エリゼは全身の血が引いて行くような感覚に陥った。
マリアが、さよならと言った?
エリゼはソフィ姫を抱きしめる腕を緩め、すぐに戻ると伝え、ソフィ姫から離れた。
そして側近に「マリアを探せ」と伝え、エリゼもマリアを探す。姿が見えないマリアを探しながらエリゼはマリアと過ごした日々を思い出し、ゆっくりと海に溺れて行くような苦しさに顔を歪めた。
その夜、城内外はお祭り騒ぎ、どこも人で溢れていた。
皆が喜びを爆発させ、エリゼとソフィ姫の愛物語に酔いしれている。
だがエリゼはパーティーに参加しながらもマリアを探し続けていた。多くの人がエリゼとソフィ姫を囲む。エリゼはマリアを探したいが、思うように動くことが出来ない。
クロードやタチアナ、サンドラもマリアを探していた。しかしごった返す人々の中でマリアを探すのは困難を極めた。
だが、心のどこかでマリアのことだから、みんなとワイワイやっているだろうとそう願う気持ちがある。この物語を作った本人がいなくなるなど考えられなかった。
その夜、エリゼは夜通しでマリアを探した。だが、結局見つけることが出来なかった。
翌朝になり、ようやく城で働く人間達もマリアがいなくなったと気がついた。皆総出でマリアを探し始める。
エリゼはマリアの部屋に行った。だが帰ってきた様子もない。整理整頓された部屋はマリアの痕跡さえ無かった。まるでマリアという存在が夢だったように感じ始めエリゼは誰のいないその部屋で立ち尽くした。
「マリアがいなくなった!」
クロードがエリゼの執務室に飛び込んできた。エリゼは何も答えない。
「エリゼ!マリアがいなくなってしまった」
クロードは厳しい表情を浮かべ、もう一度エリゼに言った。
「わかっている。昨日から探している」
エリゼは淡々と答える。
「あの子、俺はこの件が終わったらちゃんと、本当の名前で呼んであげようと思っていたのに。マリアと呼んでいるのにマリアが……いないんだ」
クロードは肩を落とし言った。
エリゼはテーブルに肘を付き、目の前で左右の指を交差させ黙っている。
「エリゼ!お前はなぜそんな冷静なんだ?マリアがお前を救ってくれたんだ!冷たくないか!?」
クロードは怒りを露わにしエリゼを責める。だがエリゼは何も答えない。
「エリゼ!お前は何も答えないのか!!」
クロードは部屋から出ていった。
エリゼはその様子を見つめ交差する両手を握る。
(俺が冷静だと?マリアがいなくなったのに俺が?冷静だと……自分の感情を抑えられないほど動揺している俺のどこが冷静なんだ?)
エリゼは奥歯をかみ瞼を閉じる。
(なぜマリアは去ってしまった?あの時マリアは、さよならと……)
エリゼは突然立ち上がり執務室を出た。向かった先はあの時計台。
エリゼは城の中央にある時計台に駆け上がりマリアのお気に入りの場所に行った。
小さなドアを開けて外壁に出ると、マリアがいつも座っていた場所にエリゼのマントと金のネックレスが置いてあった。
その上にはメッセージが置かれている。エリゼは感情に震える指先でそのメッセージを取る。
「遅くなってごめんなさい。マントのお礼です。エリゼ様の幸せをずっと願っています。マリア」
エリゼは金色に輝く美しいネックレスを手に取り握りしめ目を閉じた。
(マリア……)
そのネックレスを唇に当て溢れる思いを吐き出すように息を吐く。
もう一度そのネックレスを見つめゆっくりと首にかけた。光を浴びキラキラと輝くネックレスはあの日みた海の様だ。
マリアが愛した景色。
「マリア、この景色はやっぱり、二人で見たいんだ……」
愛されてはいけない理由
手直しにお付き合いくださっている読者様、本当にありがとうございます。
この物語をご存知の方はこの先の展開をご存知だと思いますが、知らない読者様にお知らせしたいと思います。
この先のお話の中で、性暴力に近い話が出て参ります。事前にお知らせいたしますが、
その話を飛ばしても読めるように作ってありますので、苦手な方(私も苦手です)は
お読みにならないようお気をつけください。
次話も手直し次第アップいたします。
時間は少々かかるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
大きな感謝を込めて
ねここ




