一人になり
「エリゼ!殺さないのか?」
クロードは驚きの表情を浮かべエリゼに聞いた。非情なエリゼがソフィを生かすとは考えられない。今までエリゼの手にかかって生き延びた人間は誰一人いない。クロードはエリゼを見つめる。
「あなたね、ここでエリゼが死ねといえばあなたは殺されるの。黙っていないで何か言いなさいよ」
剣を納めたエリゼに苛立ちながらタチアナが言った。
それでもソフィは黙っている。
「この女!!」
ソフィの堂々とした態度に飲み込まれそうになったタチアナが剣を抜きソフィに向けた。
「タチアナ!やめろ!」
エリゼは怒るタチアナに向かって強い口調で牽制し、言った。
「ソフィを生捕にする。殺すな」
エリゼの言葉を聞いたタチアナは驚いた。エリゼが敵を生け捕りにするなど未だかつてない。だがエリゼには考えがあるのだろう、タチアナはソフィを捕まえ動けないように床に組み敷いた。
ソフィは突然床に倒され驚いたような表情を浮かべ、上から押さえつけようとするタチアナから逃げようともがき始めた。その激しい動きにタチアナはとうとうキレてしまいソフィーをうつ伏せにし片手を掴んだ。
「この女!!」
タチアナはソフィの肩を外そうと体勢を変え、「それ以上暴れると肩を外すわよ!」
と腕に力を入れる。
しかしその言葉にソフィは動じていない。頭をあげタチアナを見る。
まるで『やれるものならやってみなさい』と言うような表情だ。
「この女!!外すわ!!」
煽られたタチアナは両手に力を込めた。
「タチアナ、やめろ」
エリゼはタチアナの肩をグッと掴みその動きを止めた。
「エリゼ!なぜ止めるの?この女本当にむかつくわ!!」
タチアナは止められたことが腹立たしくエリゼに向かって怒りをぶつける。
「タチアナ、ソフィを傷つける事は許さない」
エリゼは怒るタチアナを見てため息を吐き、笑顔を浮かべた。
「エリゼ、なんでよ?」
タチアナは不意に笑顔を見せたエリゼに首を傾げ言った。
「そうだな、いつまでこの強さを保てるか、ここまで自分をつらぬく女は初めて見たから……」
「なにそれ、エリゼ、」
サンドラが不愉快そうにソフィをみた。ソフィは床に押し付けられているが、その燃えるような瞳は屈していない。それがタチアナの神経を逆撫でする。
「エリゼ!この女諦めていないわ!やっぱり殺しましょう!!」
タチアナはソフィを抑えながら腰の剣に触った。
「タチアナ、何度もいわせるな。やめろ」
エリゼはそう言ってソフィの前に立った。ソフィはエリゼを見上げた。恐怖に顔を歪ませることはなく、燃えるように強い光を放つ瞳は煌々とし美しい。エリゼはそんなソフィを見つめ片膝をつき言った。
「ソフィ、お前のその瞳、気に入った。今は殺さない」
エリゼはソフィを生け捕りにし城内の一室に監禁した。
*
ガチャ
部屋の外から鍵をかける音が聞こえ、先ほどの喧騒と打って変わって静寂が訪れる。
(ようやく一人になった)
マリアは大きなため息を吐いた。
「はぁー。死ぬところだった。本当に本当に怖かった。それにしても反乱軍、エリゼには……命を奪われるところだったけど……」
先ほどのエリゼを思い出した。片膝をつき見つめてきたエリゼ。不意に胸が波打つ。
エリゼは覇王のような強烈な魅力があった。
「……かっこよかったのは認める。だけど」
マリアは首の傷を触った。
「痛い、血も出てる」
手で血を拭い、徐にドレスを脱ぎ捨てた。
「これが一番楽だわ!」
そう言いながらタンクトップとホットパンツ姿になり、金色のウィッグを外し、肩までのピンクに染めた髪をゴムで無造作に縛り、ため息を吐いた。
「今日だけ身代わりになる約束だったけど。……危うく死ぬところだった……」
昂っていた気持がおさまり、恐怖に体が震え出した。
死ぬところだった、と両手で体を抱きしめるように覆う。足は体を支えられなくなるほど震え出し、そのまま床にぺたんと座り込んだ。
「何が何だかわからない展開。でもなんとか生き延びることができただけ良いか」
両足を抱えそのまま顔を埋め瞼を閉じた。自分の呼吸音だけが聞こえ、次第に心が落ち着き始める。顔をあげ大きく深呼吸し、胸の動悸を抑えるようにトントンと拳で胸を叩く。すると不思議なほど心が落ち着いた。
(エリゼ、反乱軍の総司令官と聞いたけど平民ではなさそう……)
落ち着いたマリアはエリゼを思い出した。堂々とした立ち振る舞いに美しい顔立ち、つい心を奪われそうになったが、この命を手の上で転がされているような悔しい気持ちも湧き上がる。それに、マリアはこの騒動に全く関係がない。それなのに命を狙われるとは怖いを通り過ぎ腹立たしくなった。
(あの人が殺さないって言ってくれたおかげで生き延びたけど、これからどうなるんだろう?)
マリアは部屋の中を見回した。頑丈な城の作りを見て逃げ場がないことだけはわかる。
(とんでもない騒動に巻き込まれてしまったわ)
マリアはそのまま床に寝転び天井を見つめた。
真っ白な天井は不安をより一層煽る。だが、どんなに不安になってもなるようにしかならない。だったら何も考えないことが最善だとマリアは思った。
「でもさっきは本当に危なかった。黙ってるだけでいいと言われてその通りにしたけど、本当に怖かった……はぁ。明日本物のソフィ、戻ってくるよね?お金、もらえるのかな……」
マリアはため息を吐きながら体を起こし、備え付けてあるソファーに座った。




