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愛されてはいけない理由  作者: ねここ


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一緒に見た景色


 「え!?エリゼ様?驚いちゃう!なぜここに??」


「ここはソフィの好きな場所だろう?時々時計台にこっそり入ってゆくお前を見かけていたんだ」


 エリゼの言葉に胸が高鳴る。好きな人が自分を見てくれていた現実が奇跡のように思えた。

 (気にかけてくれていた、私を気にしてくれた。どうしよう、泣けるほど嬉しい)


 マリアは海に反射する光を遮るように目を細めエリゼに言った。


「バレていたのですね。あはは」

 マリアの瞳は潤み始める。けれどそんな顔を見せたくないと眩く光る水平線を見つめた。

 

「……ソフィ、今日の夕日は本当に美しいな」


 エリゼはマリアの隣に腰掛け同じように水平線を見つめた。


 「……はい。一人で見るのが……勿体無いと、思っていました」


 マリアは同じ景色を見て美しいと言ったエリゼの答えに息が止まるほどの喜びを感じた。泣き出しそうな気持ちを押し込め、言葉に詰まりながら答えた。


 エリゼは隣で毛布を被り海を見つめるマリアを見つめ聞いた。


「ここで寝るつもり?」

 マリアは黙って頷き、少し間を置いて話し出した。

 

「夕日と朝日を見ると決めて、本日決行することにいたしました。明日の朝までここに籠城?しますよ」 


「どうして?いつでも見られるじゃないか?」


 エリゼは俯くマリアを見つめ言った。

 

「だからです。いつでも出来る、いつでも見れる、それで何度後悔したか。その言葉は危険です」

 

マリアはここから去ると決めている。この景色は二度と見る事ができないのだ。

 

「ハハハ!ソフィ、お前はいつも俺を驚かしたり、笑わせたり、自分にこんな感情があるなど……知らななかった。お前に会うまで」


 エリゼのその言葉を聞き、マリアは喜びに鳥肌が立った。まさかそんな風に思ってくれているなど考えもしなかったからだ。しかし現実を思い出す。どんなに喜んでもエリゼが愛する人はソフィ姫だけ。 


「エリゼ様はいつも戦っていたから、ソフィ姫様を助ける方法が見つかって安心したからではないでしょうか?私にそんな力ありません。きっとタイミングが重なっただけです」

 

 マリアは両手を握りしめ、冷静さを全面に出すような話し方でエリゼに言った。 


「……そう言われても、そんな言われ方をしても仕方がないと、思っている。だけど、それだけじゃない」

 

エリゼは語尾を強めマリアに言う。その言葉にマリアの胸は締め付けられる。それだけではなくとも、エリゼがソフィを選ぶことは変わらない。変わらないのならそんな言葉を言ってほしくはない、聞きたくもない。

 

「エリゼ様、この話しはやめましょう。それより見てください。夕焼け、オレンジ、ピンク、ブルー、そして、星と月……」

 

 マリアは大空を見つめ言った。どんなに悲しくてもこの景色を見ればこの世界の美しさに心が洗われる。この圧倒的な景色を前にマリアの恋心などちっぽけなものだと感じさせてくれる。そんなことでしかマリアの気持ちは救われない。


「ああ、素晴らしいな。こんな景色が見れるなど、幸せだ」


「そうですね。この一瞬はもう二度とない一瞬で、でもこうして分かち合える事も素晴らしいですね」 


 二人はそれぞれの思いを胸に、夕日が沈んで行く様子を静かに見つめていた。

 



 「ソフィ、本当に朝までここに?」


 夕日が沈み星が瞬き始めた頃エリゼが口を開いた。


「はい。朝まで籠城します」


 マリアは笑顔を浮かべエリゼに返事する。


「……俺は今から仕事がある、だが、そのあとに戻って来るから一緒に見よう」


「え?一緒に?」


 エリゼの言葉に驚き目を見開く。想像もしていなかった。ここでの最後の景色をエリゼと共に見る事ができるなど、信じられないオファーなのだ。だが冷静に考える。エリゼと美しい景気を見る相手はマリアではない。その現実を思い出しマリアは口ごもる。 


「ああ、美しいものは一人で見るよりも二人で見たほうが良い」


 エリゼは口籠るマリアを見つめ優しく語りかける。その優しさがマリアの心に突き刺さる。どんなに優しくしてくれても、エリゼの相手は自分ではない。沈んでゆく気持ちを見せぬよう、エリゼに答える。


 

「エリゼ様……その役目は私ではありません。美しい景色を一緒に見る方はソフィ姫様です。私ではなく、ソフィ姫様と一緒にご覧になってください」


マリアの言葉にエリゼは眉間にシワを寄せる。ハァ、と大きくため息を吐き、エリゼは言った。 


「……わからぬのか?俺はお前と見たいと言っているんだ」


 エリゼの言葉にマリアは混乱する。だがすぐに気がついた。生粋のお姫様がこんな狭く高い場所に来るはずがない。

 

「あ、すみません。配慮が足りなかったですね。こんなところ、ソフィ姫様は無理ですね。っというか、真面目に考えるとここすごく怖い場所ですね」


 マリアは戯けた口調でエリゼに言う。しかしエリゼは口を結び、マリアを見つめ立ち上がった。

 マリアも立ち上がるとエリゼは首を左右に振り、呟くように言った。

 

「ソフィ……後で」

 

 エリゼは悲しげな瞳をマリアに向け、仕事に戻って行った。



 

 (エリゼ様、一体何?泣きたいのは、泣きたいのはこっちよ)


 そう思いながらもマリアは後悔をし始める。

 なぜあんな事を言ってしまったのか、素直に嬉しい!と、言えばよかった、頭の中は後悔で埋め尽くされる。


(折角一緒に見ようと言ってくれたのにソフィ姫の事を言ってしまうだなんて)


 マリアは握りしめた両手をさらに強く握る。


 (嫉妬をしている。ソフィ姫に嫉妬をしているのだわ。自分が嫌な人間になってる。本当に馬鹿だ、あんな言葉言わなきゃよかった)

 

 マリアは悶々とした気持ちを抱き、頭の中で行ったり来たりを繰り返し、とうとうそのまま寝てしまった。


 そんな嫌な事を考え眠ったせいなのか、久しぶりに悪夢を見た。

 

 元いた世界での出来事。十三歳の夏、母親の恋人に襲われかけたあの日の出来事だ。


 夢の中の母もあの人同様に怖い顔をし、襲われそうになるマリアを見つめていた。

 襲われそうになる娘を助ける気力は無いのだとわかるほど、精神的に、肉体的にあの男に支配されていた。必死で抵抗し……逃げ、あの日以来、家には帰っていない。


 夢のほとんどが現実に起きたことだ。

 

 幼い頃から母親の顔色を見て育ったせいか人の小さな変化に敏感になった。その小さな変化を見落とせば急激に世界が変わってしまう。変化さえわかっていれば対応ができる。怒らせないように、気づかれないように、幼いマリアは小さな変化を探し続けた。

 

 無力で非力な自分が唯一出来る生き残る方法だった。


 これは夢だと、わかっているのに、怖くて、辛くて、そして消えたかった。



 マリアは眠りながら涙を流し続けた。


 だが、頬に温かいものが触れた。冷えて硬くなった体を大きな手が包み込む。


(暖かい)


「あ!」


 マリアは目が覚め我にかえり起き上がる。目の前にエリゼがいた。現状を飲み込めないマリアの両目から涙がこぼれ落ちていく。


「あ、夢、……エリゼ様……」


 隠しようのない涙がマリアの瞳からこぼれ落ちる。


 (どうしよう、どうしよう……何か言ったかもしれない。どうしよう)


「こ、怖い夢を、怖い夢を見て……」


 マリアは涙を拭いながら取り繕うように笑顔を浮かべ言った。エリゼは何も答えずマリアを見つめている。


「怖い夢を見て、ハハハ。泣くだなんて、まだ子供ですね……」


 マリアはエリゼから視線を逸らし、力なく笑った。


「ソフィ、泣きたかったら泣け、それくらい受け止めてやる」


 エリゼはそう言ってマリアの返事も聞かず抱きしめた。マリアは力強いエリゼの抱擁に戸惑いながらも声を震わせ、しばり出すように話し出す。


「エリゼ様、私は、こんな顔を……誰にも見せたくありません。エリゼ様にも……見せたくありません。いつも元気で明るく笑う自分だけを……うっ……」


 マリアはそれだけ言うと堰を切ったように泣き出した。エリぜは抱きしめる腕の力を入れる。


「ご、ごめんなさい、今だけ、今だけお許しください」


 エリゼは何も答えずマリアを抱きしめた。

マリアはエリゼの胸の中で泣きながら思っていた。


(許されるならここにいたい。一分でも一秒でも長くエリゼの近くに居たい。だけどこの場所は私の居場所では無い。これまでも、この先もずっと)


 マリアは目に力を入れ涙を止め、同時に呼吸も止めた。溢れ出る想いと嗚咽を必死に堪えた。


(ちゃんと返さなきゃ……この場所は私のものだけではないのだから)

 マリアは歯を食いしばり、溢れる思いを押し殺し、大きく深呼吸をした。

 

「エリゼ様、ありがとうございました。落ち着きました、もう、もう大丈夫です」


「ソフィ、このままで」


 離れようとするマリアを離さないよう、抱きしめる手を強めエリゼは黙った。

マリアも何も答えず、そのままエリゼの暖かい胸の中で目を閉じた。


(この瞬間が永遠に続けば良いと思うけれど、終わりがあるからこそ、この瞬間が尊いのだわ)


 マリアはエリゼの鼓動を聞きながらその胸の中で眠った。

 


 二人はそのまま夜明けを迎えた。

エリゼの胸の中で見る朝日は、人生で一番美しく、切ないものだった。


(一生忘れない)

 

「エリゼ様。あ、ありがとうございました。昨夜からお付き合い下さって。本当に嬉しかったです。今日からまた元気な私に……戻ります。心配おかけしました」

  

 マリアはエリゼから離れ、頭を下げた。

 

「ソフィ……手を」

 エリゼは言った。


「手を?」

マリアは自分の手を見つめながらエリゼをみた。


「あ、いや、何でもない。そろそろ戻ろうか」


 その言葉に二人は立ち上がり、並んでもう一度輝く朝日を見つめた。

清々しい空気と眩い朝の光。暗闇が晴れ光輝く世界を二人は見つめていた。

 

(この日を忘れない)

 


 

 

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