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愛されてはいけない理由  作者: ねここ


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お気に入りの場所で




 マリアは街にいた。


 芝居小屋の劇団長をミケーラから紹介してもらったのだ。


 ミケーラには四人の子供がいる。全員が男の子で長男はご主人の鍛冶屋を手伝っている。二番目と三番目の息子は芝居小屋の看板役者、四番目は吟遊詩人をしており今はどこかの国にいるらしい。

 

「それで、これを公演して欲しいのです。いかがでしょう?」


 マリアは書き上げた台本を劇団長のイラーリオに見せた。


「これは今までにない演劇です。間違いなく大ヒットどころか、歴史に残るものになります」

 

 台本に目を通すイラーリオに声を掛ける。イラーリオも台本を読みながらタバコに火をつけ大きく頷き答えた。

「うーん、面白いかも、な」

 

「わ、そう思いますか?面白いどころか、社会現象起こす問題作だと思っています。イラーリオさん、約束します。私を信じてくださったらお屋敷建てられますよ」


 マリアは立ち上がりイラーリオの手を握り言った。

 

「いや、あんたすごい人だな。これ、結末は誰も知らないだろ?」


「ええ、私にもわかりません」


「しかし、最終回を決める権利が観客にもあるとは、あんた天才だな、スカウトしたい」


「アハハハありがとうございます!ではイラーリオさん、やっていただけるのですね?」


「ああ、明日から稽古して、二週間後から開演だ!」


「ありがとうございます。楽しみにしています」


 マリアは芝居小屋を出て空を見上げた。

(これで全ての舞台は整った。あとはひたすらその日を待つだけだわ)


 マリアはそのまま海に向かった。海辺に腰をかけ、穏やかな波を見つめながら考えていた。


(刑の執行まで残り二ヶ月。やれる事はやったわ)


 これが成功すれば世間は自分の犯した小さな罪を振り返り、でもそれを償う事も出来ると気がつく。

何気ない小さな嘘や確証のない噂は人を追い詰める事も救うこともできる。それに気がつき自分自身を見直す人や、そのまままた同じ過ちを犯す人、色々な人がいるだろう。


 だけどそれもまた、確証のなさが人の面白さなのだ。



 寄せては返す波を見つめながら引き際を考えた。


(物語の一番輝かしいところで、私はここから去ろう。私が愛した人は私を愛することは永遠にないのだから)


 


 それからマリアは時が満ちるのを待つ間、管理棟のバイトの他に洗濯見習い、厨房で皮剥きなど幾つものバイトを掛け持ちし忙しい毎日を送っていた。


 時々見かけるエリゼは穏やかな表情を見せることが多くなってきた。

 マリアを見かけると目を細め優しく微笑むようになった。その微笑みを見ると生きていてよかったと思えた。エリゼの役に立つ事ができたと自分を初めて褒めたくなった。

  

 クロードやタチアナ、サンドラは時々食事に誘ってくれるようになった。三人はマリアを妹のように可愛がるようになったが、未だにソフィと呼ぶ。けれど、その中にも愛情を感じられ、マリアは幸せだった。


 ミケーラはマリアを五番目の娘と言うようになっていた。いつもマリアの心配してくれるこの世界のお母さんだ。ミケーラはマリアが何を考えているのかわかっていた。


 けれど何も言わず「あんたは私の娘だ、どこにいっても会えなくても変わらない」そう言って抱きしめる。

 マリアはその暖かさに何度も救われ、何度も泣いた。マリアもいつからか彼女をお母さんと呼ぶ様になっていた。


「お母さん!全て上手くいきそう。本当にありがとうございます」


「そうかそうか、マリア、大丈夫?」


「何が?えへへ、お母さんには嘘つけないね。でもね、彼に幸せになってもらいたいの。それが希望よ」


「マリア、あんた自分のこともっと大事にして欲しいよ」


「ありがとう!お母さん、大好きよ」


 マリアとミケーラはそんなやり取りをなん度も繰り返した。マリアにとってミケーラは実母よりも大きな存在になった。


 

 忙しい日々の中、マリアはお気に入りの時計台で過ごす時間も多くなった。

 あの日の記憶は未だに思い出せない。どのようにしてエリゼに部屋に行ったのか謎のままだった。

 

「……ここで美しい夕日と眩しい朝日を見る。これは絶対に押さえておきたいことだわ」


 ある日のこと、マリアは日が暮れる前に時計台に登りそこで夜を過ごすことに決めた。

 夕日と朝日を見るためだ。こっそり毛布も持ってきた。あとは夕日を見て、眠り、朝日を見るだけ。

 

 ここからの景色を見る度、生きる力をもらっていた。眼下に広がる壮大な景色は折れそうなマリアの心を支えた。何があってもこの景色は変わらない。変わらない何かを感じられる唯一の場所だ。

 

 程なくすると日が傾き、黄金色の海が輝き出した。キラキラと輝く海を見ていると、全てが儚く感じる。儚いからこそ美しいのだと教えてくれているように思えた。一秒ごとに変わる美しさを誰かに見せたい、共有したいと思う。この刹那の瞬間を分かち合いたい。美しいものは一人で見るよりも誰かと見たほうがもっともっと輝く。マリアはそんなことを考えながら目の前に広がる景色を見つめていた。

 

(この景色を誰かと、エリゼと共有できたら、そんな事を考えてしまう。だけどそれは無理だから、しっかりと心に留めておこう。一人でもこの美しさをちゃんと思い出せるように)


「ソフィ、海が輝いて美しいな」


 エリゼが小さな扉を開け、輝く海を見つめながらマリアに声をかけてきた。


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