真実を知り
少し前のこと。
マリアはソフィ姫に関する情報を整理していた。ミケーラのお陰で多くの情報が集まり、城で働く使用人達もマリアの人柄に安心し、管理室に訪ねてきてくれるようになった。
その結果、情報量が爆発的に増えたのだ。整理する為一つ一つ目を通していると一枚のメモに目が止まる。そのメモには衝撃的な一文が書かれていた。
エリゼ様とソフィ様は恋仲。
(まさか……)
マリアはそのメモを手に取る。そんな訳あるはずがないと息を呑む。きっと噂を聞いたと語尾に書いてあるはずだと最後まで読むが、そこには噂で聞いた、とは書いていなかった。
ショックを受ける心とは裏腹に、全ての辻褄が合う感覚を得る。
確信はないが、それが真実だと直感で分かった。
『エリゼはソフィ姫を愛している』
マリアの手が震える。嘘だと思いたい。だが、それが嘘である証拠もない。
衝撃の中、マリアはその紙を胸にしまった。
そして覚悟を決め、本格的にエリゼを調べ始めた。
多くの人間がマリアに協力してくれ、エリゼの正体が分かった。
エリゼはこの国の人間ではなかった。
隣接するアルドロ帝国一の公爵家、ザノッティ公爵家の若き当主。今は弟がエリゼの代理を務めている。
エリゼとソフィ姫の接点、ソフィ姫が初めて嫁いだ先はアルドロ帝国だった。
そこで出会った二人が禁断の恋を始めたかと考えたが、そうではなかった。
エリゼとソフィ姫はもっともっと前に出会っていた。
十歳の頃から王族や貴族は文武を学ぶ為、特別な学園に入学する。二人もその学園に入学し、共に学ぶ中で次第に愛し合うようになった。
だが十五の時、ソフィ姫は父王ダミアンによって無理矢理結婚させられた。その嫁ぎ先がエリゼが仕える帝国の皇太子だった。しかし数年後皇太子は心臓発作で死んだ。
まだ十八だったソフィ姫は皇太子の死がきっかけで国に戻される。その理由は皇女が即位し、アロルド帝国を治めることになったからだ。兄嫁のソフィ姫は邪魔な存在になった訳だ。
だが、それをきっかけにダミアンは娘を小国の王に再び嫁がせた。
どちらかが先に死んだら残った方が国をまとめ治めるという誓約書を作ったのだ。半強引だったが、ダミアン治めるこの国よりも小国だったがゆえ、その条件を呑んだのだ。そして、半年後、嫁ぎ先の王も死んだ。それ以来、結婚と死別を繰り返したソフィは悪女として嫌われるようになった。だがソフィ姫は何もしていない。ただ父王の言う通り結婚を繰り返していただけで、夫を殺してはいない。その真相はわからない。だがおそらく父王ダミアンの仕業だ。
真の悪はダミアンだ。ソフィ姫は被害者だったのだ。そしてエリゼは愛するソフィ姫を助ける為立ち上がったのだ。
しかしソフィ姫は国民から誤解されたままだ。ソフィ姫は被害者だが、国民はそう思っていない。ダミアンの手先だと思っている。そんなソフィをエリゼが助けたとなると国民の反発も起こる。
だから、マリアが替え玉になった。
最初の計画ではマリアは殺され、その後ソフィ姫が別人としてエリゼの妻となる計画だ。
しかしダミアン王を殺した日、エリゼはなぜかマリアを生かしてしまった。あのままマリアを殺せば、ソフィ姫は別人としてエリゼと共に生きることができたのだが、計画が狂ったのだ。
結局裁判が始まりマリアはソフィ姫として判決を受け一年後処刑される事になった。
そこで、エリゼは計画を変えた。
マリアを、国に戻ってきたソフィ姫として処刑し、ソフィ姫をマリアとして生かす。要するにソフィ姫がマリアになるのだ。
しかし、ソフィ姫とマリアは性格が全く違う。国民は騙せても、使用人やメイドを騙すことはできない。その為、自由にさせていたマリアを近いうちに監禁し、外部との接触をさせないようにし、ソフィ姫がマリアに扮し、マリアは逃げていたソフィ姫として捕え、声帯を切り声を出せないようにして、最終的にソフィ姫として処刑する。
エリゼはソフィ姫演じるマリアと結ばれる。
それがマリアが掴んだ真実だった。
そして北側の幽霊の出る部屋。あれはソフィ姫だ。
なぜか幽霊が出る日、必ずエリゼが現れる。
午前二時は人が熟睡する時間。
あの時マリアが見た白い影はソフィ姫だ。エリゼはあの日マリアを騙しソフィ姫に会ったのだ。
マリアがあの部屋に行こうとし、止められたのもマリアが心配だからではない。
ソフィ姫とエリゼが会っていたからだ。
あの花の香り、あれはソフィ姫の香りだ。二人は密会を繰り返していたのだ。
タチアナ、サンドラ、クロードの三人はマリアを生かす方法がないかと、エリゼに進言してくれていた。だが、エリゼは黙ったままだ。
真実を知って以来マリアは行き場のない気持ちをどうすることも出来ないでいた。だからエリゼを避けていた。エリゼに会ったらどんな顔をして良いのかわからない。優しい笑顔を見ても、実際はマリアを騙している。殺そうとしている。そんな状態で会うなど精神力が持ちそうになかったのだ。
だが今日、エリゼがマリアを訪ねてきた。悲しみに沈む気持ちを堪えエリゼとたわいのない話をした。心のどこかで真実を話してほしいと願った。けれどエリゼは話してくれなかった。
なぜエリゼがマリアに会いにきたのかわからない。そんな中でのあのキス。思い出すだけで叫びたくなる。
(私を捨て駒にしようとしているエリゼ。なぜ私にキスをしたの?愛するソフィがいるのに!!)
いつの間にか涙が溢れ出ている。
(ソフィを思い出したから?意味なんか考えたくない。意味なんてない。エリゼは愛するソフィの為に自分の人生を捧げた人。他がどうでも良くなる程ソフィ姫を愛する人。私など眼中にないのだわ)
マリアはその日バイトを休んだ。我慢していた気持ちがエリゼのキスによって崩れてしまった。
エリゼの気持ちを考えればマリアを殺すしかない、そうせざるを得ないと頭では理解できるが、心は違う。深く傷つき悲しみに心が押し潰される。
(どうしてエリゼは私を生かしたの?なぜキスをしたの?殺そうと思っている相手になぜ?)
その夜マリアは眠れなかった。エリゼのことを考え、涙し、一週間部屋にこもった。
繰り返す悲しみのループ。行ったり来たりの心。だが六日目に気がついた。どれだけ泣き、悲しんでも何一つ解決しない。ただ時間だけが過ぎて行く。
七日目の朝、悶々とする中で、ソフィ姫も、自分も生きる道があるのではないかと考え始めた。ようやくマリアらしい、前向きな発想に辿り着いたのだ。
悲しいと泣き殺されるよりも、皆が幸せになれる道を探したい。
マリアは切り替えた。
(みんなが幸せになる道を探したい。この世界に迷い込んだのはこの世界の誰かを救うためだわ)
そして、一番救いたい人はエリゼだ。エリゼは幸せじゃないと言った。その深い理由はわからない。けれどずっとずっと辛い恋をし、ずっと一人を愛し続けた人。
(私が代わりに死んじゃったら、エリゼはきっと気にする。闇を抱えていると言った彼の暗い瞳、あんな顔をさせてはいけない。それに彼は、なんだかんだ私を気にしてくれるから)
全員が納得できる方法を探そう。マリアは前を向き再び行動を始めた。




