捨て駒
マリアはその答えを聞き、胸が潰されそうなほどの痛みを感じた。
思った通りエリゼは幸せじゃなかった。いつも飄々とし、どこか自分勝手なところがあるエリゼ。本当は大きな苦しみを抱えている。その理由にマリアは気がついている。しかし、何も聞かず、知らないフリをしている。マリア自身どうして良いかわからない。
マリアは空を見上げエリゼに言葉をかける。
「……幸せってそれぞれ基準が違うからわからないけど、ちょっとのことで幸せが感じられるようになると良いですね。私が星に願いますね」
「星に願う?」
エリゼは柔らかい笑を浮かべマリアに聞く。
「はい、元いた世界では流れ星を見ると願うんです。消える前に願えば願が叶うのですよ」
「そうか、この世界では流れ星は人が死ぬと忌み嫌われている」
「そうなのですね。ではなおさら願います。競争相手がいないからすぐに叶いますよ!」
そう言ってマリアは笑った。その言葉を聞いたエリゼはマリアを抱き寄せた。
「……エリゼ様」
マリアはエリゼの行動に体が固まる。嬉しい気持ちと悲しい気持ちが入り混じる。
「ソフィ、ありがとう、お前に会うたびにお前は俺を明るく照らしてくれる。その光は強くて知らず知らずに引っ張られて行くんだ。だけど俺が抱えているものは真反対のものなんだ。どんなに光が強くてもその影が、その濃い影が俺を飲み込んでゆく、でもそれを選んだのは自分なんだ」
その言葉はマリアの胸を突く。
「エリゼ様、難しい事わからないですが、私の属性は闇ですよ。光なんて訳がない。もしそれが光に見えるならその影の濃さが本当の姿かもしれません。あ、どうでも良いことですね」
「ソフィが闇?想像つかないな、お前は誰でもすぐ友達になる明るい子で、性格もよくて、元気で、楽しくて……」
「そして、嘘つきです!」
マリアは笑いながら言った。
「嘘つき?」
エリゼは意外そうな顔で聞いた。
「ハイ、嘘つきです。だってレオニダを騙しましたよ!!アハハハ思い出しても、いい気味!」
「ハハハ!あれは面白かった。良いものをみたな!」
「……エリゼ様、幸せになって下さい。幸せになって欲しいと願っています」
マリアはそう言ってエリゼの腕から抜け出し走り出した。これ以上あの腕の中にいたら気持ちが爆発しそうになる。だが、爆発しても何も起きない。ただ、虚しいだけ。
エリゼはマリアを追いかけ、マリアの腕を掴んだ。
「まて!」
「ハアハア、エリゼ様、足早いですね!」
「……」
エリゼは何も答えずマリアを見つめる。キラキラと輝くグリーンの瞳にマリアが映る。少し泣きそうな自分の顔。喉が詰まり言葉ができない。エリゼも何も言わずただマリアを見つめ続ける。
お互い何も言えず、何も言わず、ただ見つめあった。
「ソフィ、目を瞑れ」
エリゼが口を開く。
「あーまた、もう勘弁して下さい」
マリアは前回されたことを思い出す。
「王命だぞ」
エリゼは瞳を細め優しく言った。
「ハイハイ、優しくお願いしますね」
デコピンかそれとも頬をつねられるか、どちらかわからない妙な緊張で体に力が入る。
(痛かったら抗議しよう)
エリゼは固く瞼を閉じるマリアを見て口角をあげ、その頬を包み込むように手を当て優しくキスをした。
(!?え!!)
柔らかい唇の感触にマリアは目を開く。そんなマリアを優しく見つめエリゼはキスをする。
(なぜ……キスをするの?)
エリゼの顔が滲む。だが、それは嬉しいわけではなく、胸が潰れそうなほど悲しいのだ。だが、そんな心を見せたくない。唇を離し見つめ合うエリゼから瞳を逸らした。
(こんな顔を見られたくない)
マリアはエリゼから離れ背を向け深呼吸した。気持ちが落ち着く。エリゼは黙ってマリアを見ている。背中にエリゼの視線を感じたマリアは戯けたような声色を使い言った。
「エリゼ様、このキスは高いですよ」
そう言いながら溢れそうな涙を飲み込む。奥歯を噛み気持ちを整え、平気なフリをし振り返った。
「そうだろうな、覚悟してる」
エリゼはマリアを見つめ穏やかな口調で言った。
その言葉を聞きマリアは傷つく。エリゼはマリアを好きだと言わない。『このキスは高い』と言われそれを否定をしなかった。否定しないと言うことはマリアに対する気持ちがないからだ。
(だからハッキリさせたい)
マリアは両手を握りエリゼに聞いた。
「……このキスは感情がないですよね。そう思って良いですか?」
「感情がない?どう言う意味だ?」
エリゼは憮然とした表情を浮かべマリアに言う。
「そのままの意味です。そうですよね、特別な感情なんてある訳無い」
マリアは唇を噛み俯く。泣きたい気持ちを抑えるのに必死だ。早くここから去りたい。マリアはまたエリゼに背を向けた。
「ソフィ?」
エリゼはマリアの様子がおかしい事に気が付き、マリアの前に移動し覗き込む。
マリアは慌てて顔を上げ、笑顔を浮かべ言った。
「な、なんでもありません!エリゼ様、素敵な時間ありがとうございます。あの、私、今から仕事あるのでここで、お先です。あ、マント、今お返ししますね。お礼の品二つだと破産です。ありがとうございました」
マリアは踵を返し走り去った。追いかけてくれたら、と、そんな気持ちが浮かぶ。だがエリゼは追いかけて来ない。それもまたマリアを傷つける。
(追いかけてくれる訳がない。彼の心は違うところにあるのだから)
涙を堪え部屋に入る。そのままベッドに飛び込み顔を伏せる。
(深く考えたらダメ、あのキスは意味がないキス。挨拶の一種よ)
そう何度も自分に言い聞かせた。
愛のないキスがどれほど残酷なのか。
マリアはこのキスではっきりと自分の気持ちを知ってしまったのだ。
(どうしてキスなんかするの?!私を愛していないのに!あなたは愛するソフィ姫を助ける為に彼女にそっくりな私を捨て駒にした張本人なのに)




