タチアナの恋
あの日以来マリアはエリゼを避けていた。マリアの心にエリゼに対する理由のわからない不信感のような感情が生まれているのだ。
できるだけ冷静にその理由のわからない不信感を見つめるため、距離を取ることにしたのだ。それと共に、エリゼの周りの人間も観察することにした。エリゼは隙がない。本当のエリゼを知るためには周りから調べようと行動を始めた。
そんなある日、マリアはタチアナがある男性を見つめていることに気がついた。その瞳は情熱に溢れている。
マリアの調べでは、タチアナは元々この国の貴族の令嬢だった。が、騎士になりたくて国を飛び出し、他国で厳しい訓練を耐え騎士になった。そこでエリゼに出会い、国を取り戻すため共に戦うようになり、今、エリゼと共に国づくりの重鎮として働いている。
この情報も城で働く仲間達から聞いた。
マリアは木陰からタチアナを見つめる。タチアナはどうやらその気持ちを相手に伝える事ができず見つめているだけだ。その相手は国で一番の公爵家の次期当主アランだ。
ダミアンが王だった頃、この国の貴族たちも強い圧力に屈していた。基本的にダミアンと少数の貴族がこの国を牛耳っていた。だからエリゼはそれらを排除し、元々のこの国の貴族を尊重した。だからアランも国を追われる事なくタチアナたちと国作りをしている。
タチアナの想い人アランは生真面目な好青年で、令嬢達から人気がある。タチアナは幼い頃から彼が好きだったようだが、関係は幼なじみのまま。
お互い年頃になり、親が結婚相手を探してくるようになったらしく、アランは毎週のように様々な令嬢に会っている。それをタチアナはどうすることも出来ず見ているのだった。
「タチアナ様、見ているだけで良いのでしょうか?」
マリアはアランを見つめていたタチアナに声をかけた。
「な、何を!?」
タチアナは耳まで赤くなり慌ててマリアから顔を背けた。
「……アラン様のこと、好きですよね?」
マリアは顔を背け俯くタチアナに優しく話しかける。
「な、何であなたに!?」
タチアナは図星を突かれ、怒ったような口調でマリアに答える。そんなタチアナを見てマリアは優しく微笑み言った。
「タチアナ様、落ち着いてください。私は今人間観察しているんですが、あの、タチアナ様が気になって」
「な、何言っているの?放っておいて」
タチアナはそう言って立ち去ろうとする。けれどその表情は悲しみを隠しきれていない。
「……アラン様が他の人と結婚しても、タチアナ様はそれを見続ける人生で良いのですか?」
マリアは諭すような柔らかい口調を使いタチアナに話しかける。
「ソフィに……何がわかるの……」
タチアナは泣き出しそうな表情を浮かべ唇を結ぶ。
「タチアナ様、もし一年後自分が死ぬかもって思ったら、その気持ちを伝えたいって思いませんか?」
「……ソフィ。そうね……」
タチアナはマリアを見つめ言った。執行猶予の中で懸命に生きているマリアの言葉は重い。
「では、一緒にアラン様を追いかけませんか?お手伝いします!!」
マリアは言った。
「どうやって?アランが、誰を好きなのかわからないわ。それに私が好きだと言っても困るだけだよ」
タチアナはそう言って俯く。初めて会った時の勝気さは全くない。恋をする乙女そのものだ。
「私が見る中でアラン様の目線が追っている女性は一人だけいます」
マリアは笑顔を浮かべタチアナに言った。
「……やっぱり。そんな人いるのね。うっ、ソフィ……悲しいわ」
マリアの言葉を聞きタチアナが泣き出した。マリアは目を見開き慌ててタチアナの両手を握りしめる。
「タチアナ様、それはあなたです」
マリアはそう言ってハンカチを取り出しタチアナの涙を拭った。
「うそ!そんな訳ない、私は彼に合う女じゃないわ。彼は優しくて可愛い令嬢が似合うの。私は、か、かけ離れているから」
タチアナはそう言ってポロポロと涙を流す。マリアはタチアナの手をぎゅっと握り優しく話しかける。
「いいえ、タチアナ様は十分優しく可愛い方です。大丈夫、私を信じて。タチアナ様は幸せになれる人」
タチアナはその言葉を聞き顔をあげマリアに聞く。
「ソフィ、こんな私だけどアランのそばに行っていいの?」
マリアはその言葉に頷き、言った。
「タチアナ様、タチアナ様がアラン様をお好きなら」
「好き?好きじゃない!アランを愛しているの!!」
「俺も、愛しているよ。タチアナ!」
その言葉にタチアナは目を開く。目の前にはアランがいたのだ。
アランはタチアナを抱きしめた。
「タチアナ、ずっとずっと君を見ていた。君はエリゼを愛していると思っていた。だから諦めようと思っていたんだ。だけどそれができなくて……そんな時ソフィが声をかけてくれて、それで……」
「アラン、ずっと好きだったの!でも、あなたにはもっと違う人が、そう思って……」
「タチアナ、愛しているよ」
「私も愛しています」
タチアナとアランは長年の想いを成就させた。
マリアはそっとその場を離れ歩き出す。
幸せは周りも幸せにするというが、本当はそうとも限らない。
二人の幸せそうな姿を見て嬉しいと思うと同時に羨ましくなる。純粋な愛。そんな愛があるのなら不純な愛だって存在する。
マリアは胸の片隅で燻る過去を思い出す。けれど今はそれにとらわれている場合ではない。一つ一つ絡まった糸を解き、この先のことを考えなくてはならない。
だが、そう思いつつも前に進めない。
マリアは現実から目を背け、ソフィ姫を探す活動を停止している。
あの夜の花の香り。
マリアはエリゼの秘密を知ってしまった。




