表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

出会い

 

「反乱軍が!救世主が来たぞ!!」

 

 城に仕える貴族や使用人は大声をあげ反乱軍率いるエリゼを歓迎した。暴君の元、苦しめられた人々は嬉々として反乱軍を迎え入れる。エリゼは顔にかかるベージュブラウンの髪を片手でかき上げ、声をかける人々の前を駆け抜けた。


 眉目秀麗、高貴な顔立ち、感情を表さないクールな性格のエリゼは王政に対抗する反乱軍の総司令官だ。軍神と呼ばれるエリゼは敵に対する情は一切持ち合わせていない。敵をバサバサと倒してゆくエリゼの姿はその名に相応しく、そんなエリゼの戦いを人々は支持している。


  *


 城の二階にあるバルコニーで優雅にお茶を飲んでいたマリアは、庭園を横切り城に進行してきた反乱軍を見て手に持ったカップを床に落とした。

ガッシャーン

陶器のカップが粉々にわれる。だがその音は兵士の雄叫びにかき消された。


「王を探し出せ!ソフィ姫を探せ!」


 マリアはその声を聞き息を呑んだ。


(何?何が起きたの?ソフィ姫を探せ?逃げなきゃ……殺される!?)

 マリアは立ち上がり静止しようとするメイドを押し除け走り出した。ドレスが足に絡まり思うように走れない。マリアは両手でドレスを持ち上げ裏階段に向かって全力疾走した。


 ヒールで走ることは慣れている。この世界に来る前はピンヒールを履いて街を走ったこともある。それに比べたらこのヒールは高さも幅も大したことはない。


(とにかく、ここから脱出しなきゃ)


 マリアは息を切らしながら裏階段に続く扉を開けた。


  *


 マリアは転生者だ。ある日突然この世界に迷い込んだ。最初こそ戸惑ったがそれなりに適応し、バイト(何でも屋)をしながら食い繋いできた。

 しかしある日、街で声をかけられ、一日だけこの国の姫として過ごす『身代わりバイト』を頼まれた。どうやらこの国の姫ソフィとマリアは瓜二つらしい。


 重要な謁見があるのだが、ソフィ姫はその日大事な用事があり出られない。だからマリアにソフィ姫に扮し謁見に参加してほしいと依頼してきたのだ。

(謁見よりも大事な用事って?)

 マリアはこの世界の事も、作法も、何一つ知らない。怪しいと思いつつもそういうものかもしれないと受け止めた。そして提示された報酬は、この先この世界で一生遊んで暮らせる破格の料金だ。ソフィ姫に扮して黙っているだけで良いという条件もマリアの背中を押した。

(黙っているだけなら問題ないかも)

 こうして身代わりを安易に引き受けてしまったのだ。


 約束の日の朝、マリアは城の裏階段から城内に入った。

 そして依頼主の指示を受けたメイドがマリアを着替えさせ、ここに連れてきたのだ。

 綺麗なドレスを着て、優雅にお茶を嗜み美味しいお菓子を食べる。案外悪くないと思っていた矢先、反乱軍が城に攻め込んできたのだ。



(このまま階段を降りれば庭園の裏に出られる!)

 マリアは両手でドレスを握り階段を降りた。だが、そこは庭園に続く裏階段ではなく、大聖堂につながる階段だった。

(え?ここはどこ!?大聖堂?)

 マリアは戸惑った。だが外からは反乱軍の声が聞こえ逃げられない。

(隠れるしかない。どうか見つかりませんように)


 シーンとした、誰もいない大聖堂の片隅に身を隠すように座り、息を殺した。

 恐怖に心臓が波打ち、冷や汗が噴き出る。

(どうしよう、どうしよう、人違いだと言った方がいいかもしれない。正直に身代わりバイトしていますと、反乱軍に言えば、わかってもらえるかも、でも今日だけの約束だからなんとかソフィとして生き残ろうか、そうしたらお金がもらえる!)


 マリアは考えた。今日だけはどうにか生き残り、明日になれば本物のソフィ姫が戻り入れ替わる。そしたらお役御免だ。

「うん、どうにかソフィとして生き残ろう!」

 マリアはそう言って立ち上がった。


「ソフィー!!見つけた!!」

 大聖堂のドアが開きエリゼ達が入ってきた。


  *


「さてと、残るはあの生意気で我儘なソフィ姫だな」


 クロードはエリゼが殺したこの国の王ダミアンの首を切り落とし、袋に入れながら言った。クロードは反乱軍総司令官のエリゼと共に戦う仲間だ。長身で黒髪に金色の瞳のクロードはそのハードな見た目と違い明るい性格だ。

「ああ、あとはソフィだけだ」


 エリゼは謁見の間を見回しながらクロードに言った。クロードもエリゼと共に歩き出す。


「エリゼ様!姫は大聖堂に入って行きました!」

 この城に仕える使用人たちはソフィを探すエリゼ達に声をかけてきた。エリゼは礼を言うように片手を上げ、そのまま聖堂に向かって走った。


 大聖堂に着くとエリゼと共に行動する女騎士のタチアナが重いドアに両手をかけた。

ソフィを殺せば全てが終わる。タチアナはドアを開けると、静かな聖堂の中でこちらを睨みつけるソフィを見つけた。


「ソフィ姫!みつけた!!」


タチアナが叫び、全員がソフィを見て立ち止まる。


 ソフィは金色の髪を無造作におろし、薄いピンクのドレスを着ていた。そのドレスは贅沢にも宝石を散りばめられておりキラキラと輝いている。そこに光が当たっているかのように浮かび上がるソフィ姫。その姿は神々しささえ感じた。しかしソフィは憎き敵だ。

 

「エリゼ!!さっさと殺して終わりましょう!!」

 仲間の女戦士、サンドラはエリゼに向かって力強く声をかけた。


 エリゼはその言葉に頷き、剣を抜き、ゆっくりとソフィの目の前に立った。

エリゼのグリーンの瞳は冷酷に光り、獲物を狩る捕食者の輝きに見える。

 ソフィと呼ばれるマリアは突然のことに対処できず呆然とエリゼを見つめた。


(怖い!でも、でも、どうにかして生き残ろう。これさえ乗り越えれば働かなくても生きて行ける)

マリアは恐怖と戦いタイミングを見極めようとする。だが目の前のエリゼの瞳はその隙すら与えない。


(この人本気で私を殺そうとしている!!)

 エリゼの瞳を見たマリアは恐怖に息を呑む。

(私はソフィじゃない。だけど今はソフィとしてここにいる。生き残るためには一国の姫として敵に屈してはダメだわ)

 マリアは両手を握り目の前のエリゼを睨みつけた。


(ふーん、この女……)

 目の前のソフィを見てエリゼは感心した。殺されるかもしれない恐怖を目の前に、ソフィは堂々としている。それに、一国の姫としての威厳もある。

(だが……)

「ソフィ姫、死んでもらおう」

 エリゼはソフィに剣を向けた。


 ソフィはその言葉を聞いても黙ってエリゼを睨み続けている。その瞳は強く、恐怖の片鱗さえ見えない。体の前で握られているソフィの手は震える事なく、背筋をピンと伸ばし佇む姿に感動すら覚える。


「あなたそんな顔で睨んでもね、あなたの負けなの。パパはこの袋に入っているのよ。わかる?お姫様?」

 タチアナは微動だにせず睨みつけるソフィを見て苛立ちを覚える。怖がって震えてくれたら気分も晴れるが、そんなそぶりを見せない。


「あなたもすぐにそこに入れるわよ」

 サンドラもソフィの態度に苛立ちを感じ、小馬鹿にするように言った。しかしソフィは動じていない。

 

 マリアは目の前で苛立つ女二人を見て驚いた。この二人は驚くほど可愛い顔をしている。赤い髪にグリーンの瞳の女騎士と茶色の髪にベージュの瞳の女戦士、きっと身分の高い令嬢だ。肌のキメも細かく、荒っぽい言葉と裏腹に動きが洗練されている。


 けれどこの二人もマリアを殺そうとしている。

(ソフィ姫って一体何した人なの?)

 背筋に冷たいものが走る。

 こんなに憎まれている姫の身代わりになってしまうとは、と後悔の念が心に広がる。

 絶体絶命。

 マリアは奥歯を噛んだ。だが、その視線は逸らす事なくエリゼを睨み続けた。捕食動物が目の前にいるのなら視線を下げることも、和らげることもできない。そんなことをしたら隙が生まれ殺されてしまう。それに、本気でマリアを殺したいのならもう殺されているはずだ。だが、なんだかんだ言ってエリゼはその剣を向けてこない。


(生き残るためには絶対に屈したらだめだ!)

 マリアはそう本能で感じ、エリゼを睨み続けた。


 一方エリゼは、ソフィを見て徐に口角を上げた。このような絶体絶命であってもその瞳は屈していない。その様子は高潔で美しい。


 四人は黙ってソフィを見つめている。


 大聖堂は物音一つしない。完全な静寂に包まれた。だが張り詰めた緊張が続いている。

この均衡が崩れる時、何かが起こる。


 マリアは覚悟を決め張り詰めた緊張感に身を委ねた。



「ソフィよ、お前は父親のように命乞いをしないのか?」

 エリゼは緊張の糸を切るようにソフィに優しく声をかけた。


 先ほど死んだダミアン王は往生際が悪かった。王としての威厳もなく見ているエリゼが恥ずかしくなるほどの最後だった。

(だが、)

 目の前のソフィは黙ってエリゼを睨みつけ、微動だにしない。

 (肝が座っているのか、それとも恐ろしさに感覚がなくなったのか?)

 エリゼはソフィに興味が湧き、無言のまま立っているソフィの首に剣を当てた。

(恐怖に涙するか、それとも後ずさるか)


 エリゼの予想とは違い、ソフィは燃えるような強い眼差しをエリゼに向けた。

まるで『殺せるならやってみなさい』と言うような屈しない強い眼差しだ。


 エリゼはその眼差しを見て目を細め、当てた剣を少しだけ動かした。

(これならどうする?)

 ソフィの細い首に一本の赤い線が浮かび上がり血が滲んでくる。しかしソフィは表情を変えずエリゼを睨んだままだ。程なくし、ソフィの首筋から血が滴り落ちて来た。


「お前は……父親より腹が座ってるな」

 エリゼはそう言ってニヤリと笑い、ソフィの首に当てた剣を腰の鞘に戻した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ